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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 1986年受賞

今田 高俊(いまだ たかとし)

『自己組織性 ―― 社会理論の復活』

(創文社)

1948年、神戸市生まれ。
東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。
東京大学文学部社会学科助手を経て、現在、東京工業大学工学部教授。ウィスコンシン大学社会学部Honorary Fellowとしてアメリカに滞在中。

『自己組織性 ―― 社会理論の復活』

 きわめて複雑多様な構造と激烈な変動の様相を見せる現代社会を理論的に把握しようとする、深刻な「現実」と「思想」との厳しい戦いのなかで、多くの良心的な知性が強いられた苦悩が社会理論に関するかずかずのパラダイムを産出した。まさに「パラダイムの多極構造」が社会科学の現状を象徴している。本書の著者も「認識の存続接続」を社会科学の課題とし、現実の統一的理論化を目指す、そういう良心的な知性のひとりとして、ともすれば学問の矮小化に傾きがちな社会科学の「学問的」趨勢を向うに廻して、「来たるべき社会を大胆に構想し」、独自の社会理論を構築しようとする。その理論のキーワードが「自己組織性」である。
 もともと社会科学には方法論的に見て一種の両義性がつきまとっている。それは一方では自然科学に固有の方法である法則的「説明」に強く惹かれ、そこに自己の模範を見ながらも、社会科学の対象に特徴的な人間的性格とその方法に固有の自己言及性のために、二値論理的で没主観的な自然科学の方法をそのまま用いることはできないし、他方で研究者の主体性に強く依存する人文科学において主導的な「解釈」や「了解」という方法にも充分な学問的意義を見いだし、それに一種の類縁性と親近性を抱きながら、この方法を無条件で採用するには理論上の客観性に対する要請と志向が強過ぎるというディレンマに陥っている。いささか極言すれば、社会科学の生産性も不毛性も、また社会科学者の学問的な悩みもすべてこの問題にかかっていると言ってよい。本書の著者は社会科学にとっていわば宿命的なこの両義性を徹底的に自覚するところから出発し、むしろこれを正面から見すえ、これを積極的に自分の方法論のなかにとりこもうとするのである。
 著者はこういう仕方で新しい社会理論を構築する現代的な学問主体として、事象の対象的把握の可能性を無条件に信頼するダイコトミカルな近代理性に代わって、演繹・帰納・解釈という三つの手続きを相互に変換する「変換理性」を考え、それにもとづいて、形式論理上はパラドキシカルな「自己言及」や「自省作用」を組みこみ、システムと環境との相互作用と未来に向かって開かれたダイナミズムを含む「自己組織性」を核とする新しい機能主義的社会理論を展開するのであるが、その最も適切な表現が本書の末尾に近いところで論ぜられる「行為とシステムの複合螺線運動」であろう。
 本書は鋭敏な現実感覚と論理的に明晰な頭脳によって産み出され、充分な方法論的反省を踏まえた独創的な社会科学基礎論であり、その大胆な問題提起によって斯界に強い刺激を与えるものとして高く評価される。ただ著者がしばしば用いる「理論モデル」にひそむ根本的な問題性への理論的究明が今後ますます深められるであろうことを期待したい。またデカルトやカントに関する記述にも若干の疑問があるが、これは瑕瑾と称すべきであろう。

中埜 肇(放送大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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