選評
芸術・文学 1986年受賞
『近世芸能興行史の研究』
(弘文堂)
1943年、京都市生まれ。
立命館大学大学院文学研究科修士課程修了。
京都市史編纂所員、愛媛大学助教授などを経て、現在、国立民族学博物館助教授。
著書:『「かぶき」の時代』(角川書店)、『日本中世への視座』(日本放送出版会)など。
本書は、守屋氏が二十余年にわたって積み重ねてきた日本の芸能に関する数多くの研究に一つの区切りを付けるために、学位請求論文として、筑波大学に提出し、文学博士の学位を授与された研究の公刊である。豊富な資料の収集と処理、興行史の面から日本の芸能を捉える着眼点の鋭さ、諭旨の展開の明晰さ等、恐らく芸能史研究の分野でも出色の研究業績の一つであろう。
学位請求論文と言うと、専門外の人には近づき難い論述の難解さを予想させるが、本書には、その特殊専門的内容にもかかわらず、読者を魅了してやまない説得力と論述の巧みさがある。これまでに発表された日本の中世や近世の芸能に関する氏の書物においても、各種の資料を駆使しながら、中世の京の町の芸能や近世の動乱の世相を、今そこに起こっている事件のように鮮やかに描き出して見せてくれた。その論述の爽やかさは、学位請求論文である本書においても随所に伺うことができる。
芸能史の研究と言うととかく特定の芸能の形態、特色、由来等についての微に入り、細をうがった考証に終始するか、それともある時代の歴史や社会を説明するための格好の材料の一つとして扱われることが多かった。前者は考証の魅力に惹かれる余り、研究対象としての芸能そのものが研究者の手から滑り落ちてしまいがちである。後者では芸能は歴史研究の材料とはなり得ても、芸能そのものの特質や、問題点は必ずしも明らかにはならない。
芸能を単なる過去の歴史的現象と考えるのであれば、上記のような研究方法も有効であろう。しかしながら芸能を何らかの形で今もなお生き続けている日本の文化伝統として捉えようとする限りにおいては、上のいずれの方法も不充分である。それに変わるもの、ないしは両者をつなぐものとして守屋氏は興行史に狙いを定めようとするのである。氏に言わせれば、「芸能を政治・経済・風俗、ひいては社会的諸現象の一環としてとらえる立場に立つとき、はじめて興行という対象を設定する意味がみいだせるのであって、したがって、興行という領域は、社会一般の現象と芸能固有の課題とを接続する回路ともなりうるもの」なのである。
興行史という視点の導入は、芸能を静態としてではなく、動態として捉えようとするとき、極めて有効な方法を提供してくれるように思われる。と同時にこの新しい視点の導入は今後の芸能史研究に多くの新しい問題を提供することとなるであろう。蒔いた種は刈り取られなければならない。守屋氏の博識、構想力、情熱、そしてその優れた文章力をもってすれば、将来更に見事な収穫がこの分野で得られることは、間違いないであろう。
谷村 晃(大阪大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)