選評
思想・歴史 1985年受賞
『中世武家儀礼の研究』
(吉川弘文館)
1940年、東京都生まれ。
国学院大学大学院博士課程修了(日本史学専攻)。
国学院大学文学部助手、同大学日本文化研究所研究員を経て、現在、国学院大学文学部教授。
著書:『関ヶ原合戦』(中央公論社)、『大坂の陣』(中央公論社)など。
今年の授賞作が武田佐知子さんの『古代国家の形成と衣服制』と共に、この二木謙一氏の『中世武家儀礼の研究』に決定したことは多くの暗合をもっているように思われる。
ここ数年間、歴史部門では、阿部謹也氏の『中世を旅する人びと』をはじめ、西洋中世史の分野から授賞作がでた。それには二つの意味があったと考えられる。一つは政治史、思想史、経済史といった問題関心から、社会史、風俗史、生活史といった領域への移行である。それにはヨーロッパ史学の最近の問題関心からの影響もあったろう。第二は、近代史から近代史以前への問題関心の移行である。戦後ながく近代化が圧倒的な問題関心であり、共通の出発点であった時期は、近代化が実現したことによって崩れたのである。
近代以前への関心は、ポスト・モダンといわれる脱近代としての現代への関心と照応する。ポスト・モダンの問題自体、前近代からむしろ多くの示唆を受けるはずである。
今回の受賞者 武田佐知子氏が古代の衣服制にテーマを設定したこと、二木謙一氏が中世の武家儀礼にテーマを設定したことも、こうした大きな流れのなかでの問題意識の現れであろう。
しかも衣服が単なる服飾としてでなく、その衣服をまとう人間の社会、国家的秩序との関連が注目されており、儀礼が単なる儀礼ではなく、そうした儀礼を必要とした武家社会の構造、生活秩序、格式づけとの関連に注目していることは、きわめて面白い現象である。
二木謙一氏はすでに『関ヶ原合戦』、『大坂の陣』を公刊され、一般読書人向けの書物で、その見事な歴史叙述、豊かな才筆を実証してみせた気鋭の歴史学徒である。そのイメージ豊かな構成力は作家と対抗できる文章表現といってよい。
その二木氏が専門分野で問うた本格的著作が本書である。
国学院大学出身の同氏は、桑田忠親、高柳光寿という先師に師事し、室町時代の年中行事から研究生活をスタートし、やがて武家儀礼の基本がすべて室町期にあることに気づき、さらに伊勢流、小笠原流といった武家故実に興味をもち、さらに中世神事の世界に関心を拡げていった。民俗学、宗教学、人類学、社会学といった学際的影響を受けながら、研究生活を進めた同氏は、最後に「室町幕府の格式と栄典授与」というテーマに、儀礼研究を収斂させて、本書を構成する研究業績をまとめたのであった。
日本史研究の新しい息吹きが、こうした方向で、また私学のなかから出てきたことは、今後の日本史を更新する豊かな可能性を期待させる。同氏の大成を祈りたい。
粕谷 一希(評論家)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)