選評
政治・経済 1985年受賞
『米国の日本占領政策』
(中央公論社)
1943年、兵庫県西宮市生まれ。
京都大学大学院法学研究科修士課程修了。
広島大学政経学部助教授、ハーバード大学客員研究員を経て、現在、神戸大学法学部教授。
著書:『日本政治外交史』(日本放送出版協会)など。
米国の対日占領政策の形成過程、あるいは戦時中の米国の戦後日本の処理計画の検討という問題については、ここ十数年来すぐれた研究成果が、日米双方において出されている。1972年、米政府が外交文書公開の30年ルールにふみきって、戦前から戦中にかけての機密外交文書の多くが研究者の目にふれるようになったことが、この点にあずかって力あったといえる。
五百旗頭氏の著作は、一面において、これらの研究成果を充分ふまえて、集大成を試みたものであるが、他面新しい一次史料の使用や、関係者とのインタビューにもとづいて、独白の解釈を随処にもりこむ、力量感に溢れるものとなっている。外交史研究として、近年にないスケールの大きさが、受賞理由の第一に上げられる。
著者は、本書について、「日本史家による『外への旅』の試みである」というが、たしかに石原莞爾という人物を中心に、日本の近代政治史を専攻した著者が、アメリカ現代史という新しい知的分野に足をふみいれて、対日戦後処理政策の形成というドラマに参加したアクターたちの動きに、好奇心に満ちた描写を行っている。そこには「外への旅」ならではの、新鮮な感覚と大胆な見方がある。 トップの政策決定者、とくにローズベルト大統領と国務省との間の対日政策の差異とその統合過程に、著者はとくに多くの筆をさくが、ここでしめした分析はすぐれており、また、大統領と国務長官ハルとの関係についての叙述も、中々に斬新で面白い。
本書を受賞に価するものとする第三の点は、本書全体の構成を、一般の読書にも読みやすいように、ドラマ風に仕上げ、登場する人物を背景や心理にまで入りこんで、生々と描きだしている点である。もとより歴史小説のような想像力の飛翔はないが、史料に足をすえながらも、登場人物を躍動させることで、読み物としての面白さをだしており、そこに著者の並々ならぬ文章力を窺える。
対外政策決定過程に関心をもつ著者は、《官僚政治》モデルによって、米政府内部で対日政策に関与した機構相互の対抗、協力の展開をとくに分析資格にいれるが、とかく無味乾燥になり勝ちな機構関係について、人物を多く配することで、叙述は生彩なものとなっている。
カサブランカ会議にはじまりポツダム宣言の成立に結晶する「無条件降伏」論も、本書を貫く赤い糸であり、とくに著者が力をいれている点である。ポツダム宣言の成立の最終段階は、グルー国務次官やスティムソン陸軍長官による「上からの革命」であると、著者はこれをとらえるが、「無条件降伏」論についての著者の見解は、従来のこの問題をめぐる論争に一石を投ずるものであろう。
若干の批判めいた感想をしるすと、この書物は、人物を多く登場させ、時代を「歴史の教訓」となった、第一次大戦とパリ講和会議に遡らせるという手法を多用し、ドラマとしての効果をあげているが、それは同時に緊密感を論稿から失わせる欠点になっているとの感も、時に抱かざるをえない。全体として、ページ数をもう少し圧縮した方が良かったのではないか。それに米国の日本占領政策という、本書のタイトルは些かミスリーディンクである。
細谷 千博(国際大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)