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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1985年受賞

玉泉 八州男(たまいずみ やすお)

『女王陛下の興行師たち』

(芸立出版)

1936年、新潟県高田市生まれ。
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(英語英文学専攻)。
東京工業大学工学部助教授を経て、現在、東京工業大学工学部教授。

『女王陛下の興行師たち』

 演劇というものには、いつの時代でも民衆の生活と深く結びついている。特に、日本の歌舞伎や、イギリスのエリザベス朝演劇のように、その背後に庶民の大きな支持があった場合はそうである。時に猥雑野卑な側面まで含めて、舞台は文字通り「社会の鏡」であったと言ってよいであろう。しかし、その実体についての情報は、意外に少ない。エリザベス朝演劇について言えば、シェイクスピアの劇場として知られる「地球座」の規模や構造など、たしかなことはほとんどわかっていないのである。
 玉泉八州男氏の『女王陛下の興行師たち』は、16世紀後半、すなわち、エリザベス一世の時代に急速に発展したイギリス演劇の仕組みと歴史を、社会史的視点から丹念に跡づけた労作である。
 事実、この時期に、イギリスの演劇は、旅館の中庭で旅廻りの芸人によって行われる一時的な余興、ないしは見世物から、常設の専門劇場と組織された劇団を持つ近代的興行へと成長した。本書は、その発展をうながした政治的、宗教的、社会的背景を探ると同時に、芝居の上演の具体的な形態について、例えば入場料の徴収がどのように行われたかとか、トイレの施設がどうなっていたかなどという劇場生活の実体や、特に建物としての劇場の構造、設備などを、さまざまの資料をこまかく調査することによって、生き生きと甦らせている点において、きわめて優れている。もちろん、充分な資料が残っていない領域のことであるので、推測に頼らざるを得ない部分も当然見られるが、しかし、可能なかぎり資料を博捜し、慎重な手続きによって、少しずつ失われた歴史を再構成して行こうとするその叙述は、当時の社会のなまなましい雰囲気のなかにわれわれを引き入れてくれるとともに、豊かな知的刺戟をも与えてくれる。特に、その結果、「地球座」の構造について、それが当時の「世界劇場」の思想の反映であったとする故フランセス・イエイツの仮説に鋭い疑問を提出している点は、本書の重要な主題のひとつであり、学問的に貴重な寄与と言ってよいであろう。自説の提出に際して、著者の態度はきわめて謙虚であるが、多くの事実に支えられたその実証的論理は、強い説得力を持つ。あの壮大なシェイクスピアの世界を生み出した時代と社会の背景を、たしかな手応えを持つ日常生活の次元から明らかにしようとした試みとして、本書は、読物として興味深いばかりでなく、優れた価値を持つものである。

高階 秀爾(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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