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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1984年受賞

吉川 洋(よしかわ ひろし)

『マクロ経済学研究』

(東京大学出版会)

1951年、東京都生まれ。
東京大学経済学部卒業。イェール大学Ph.D取得。
ニューヨーク州立大学助教授を経て、現在、大阪大学社会経済研究所助教授。

『マクロ経済学研究』

 マクロ経済学とは、国民経済全体の活動状況を大づかみに表わす集計量、わけても国民総生産・雇用・物価、等々の決定と変動の仕組を明らかにしようとするものである。経済学のこの領域の発展に大きく貢献したのはケインズ『一般理論』(1936年)であるが、1950~60年代にはケインズ派マクロ経済学の全盛時代が現出して、金融・財政政策の運用にも大きな影響をあたえた。
 しかし1970年代になると多くの国々はスタグフレーションに悩まされ、これに有効な処方箋を書けなかったケインズ派に対する幻滅が生じた。その反面、古典派思想の孤塁を守って反ケインズ主義の論陣を張ってきたマネタリストは、すくなくともインフレ鎮圧の決め手を有するとみられる点で支持者をあつめた。これはかつて「ケインズ革命」によって打倒されたかに見えた古典派マクロ経済学の「反革命」の機運が到来したともいえるのであって、「合理的期待形成」等の新しい古典派もこの流れに乗って登場してきた。
 こうして戦前・戦後の現実の推移に照応して展開されてきた経済思想の対立・抗争は、それを革命や反革命の名で語ることの当否はともかく、ひとつの壮大なドラマとして、世人の関心をそそるに足るものである。吉川洋氏の、『マクロ経済学研究』は、この思想的ドラマの論理構造を研究対象とするものであり、一見類書の多い中にあっても、内外の学界を通じて近来出色の好著であるといえよう。経済理論の専門書であるには違いないが、この本では煩雑な数式のジャングルに出会うことはまれであり、最近のマクロ経済学の難解な争点についても、著者はつとめて経済学的に意味のわかる言葉で、事柄の核心を直截につたえようとしている。
 本書ではマクロ経済学の基本的なテーマが「古典派対ケインズ」にあるとみる立場から、第・部で「古典派マクロ」、第・部で「ケインズ的アプローチ」が対比的に扱われる。ここでいう古典派にはリカードウやピグウ等々はもちろん、現代のミルトン・フリードマンやルーカスほかの新鋭も含まれる。市場経済の自動調整に対する全幅の信頼が新旧を問わず、この派の思想の核心をなしていることがあらわにされる。とりわけ合理的期待モデルを詳細に論評している第3章は白眉で、王様はやはり裸なのだということを納得させずにはおかない。
 しかし本書の積極的な狙いはむしろ、第・部でくわだてられているように、ケインズ的アプローチのいっそうの拡充によって賃金の決定、企業の生産調整、設備投資行動、金融市場等の分析を進め、それを通じて景気循環を解明しようとすることである。この研究計画は共感を呼ぶが、そうであるだけに、「景気循環」と題する第8章がたんに過去の断片的エピソードヘの注釈にとどまっているのは物足りない。需給両サイドの相互作用を含めた中長期分析の理論を今後に期待したいものである。

熊谷 尚夫(大阪大学名誉教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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