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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1984年受賞

吉田 敦彦(よしだ あつひこ)

『ギリシァ文化の深層』を中心として

(国文社)

1934年、東京都生まれ。
東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(西洋古典学専攻)。フランス国立科学研究所研究員、成蹊大学文学部教授を経て、現在、学習院大学文学部教授。
著書:『神話と近親相姦』(青土社)など。

『ギリシァ文化の深層』を中心として

 神話学は、20世紀の目ざましい新学問であるらしい。とくに、ここ数十年来の発展の鮮やかさは、ぼくなど局外の素人の目にもはっきりうつる。吉田敦彦さんは、こうした新学間のかけ値なしのエース的存在といっていい。
 たまたまアメリカの学者が書いた『新しい比較神話学』(1973)という本をのぞいていたら、吉田さんの名前が、新進学者のトップに出てきて、その業績の見事さが詳しく紹介されている。こちらまで、肩身が広いようなうれしさを覚えた。
 吉田さんは、長らくパリの国立科学研究所研究員として研鑽を積まれ、その間、国際的に通用する数々の論文を発表されたのだが、60年の末に帰国されてからの日本神話論が、またすこぶる新鮮かつ啓発的であった。ぼくなど、その頃ようやく神話に心惹かれ始めて、『ギリシァ神話と日本神話』『ヤマトタケルと大国主』など吉田さんが相ついで刊行されたご本を手にした時の驚きと喜びは、いまだに忘れない。論じ方がまことに明晰、的確で、奇妙な勿体ぶりが全くなく、しかも提出される主題が、大胆率直にぐいぐいと展開されてゆく。素人読者にも苦労なしについてゆくことが出来、しかも思いがけなかった知的新地平が開かれるのだ。
 その後、レヴィ=ストロースの構造主義の神話論を、正面切って批判された論文なども、その大胆さと実証的な鋭利さに、目を見はる思いがした。派手なはったり、ショーマン性ではなく、着実重厚な学殖と論理によって、どんな舞台でも堂々と自己主張のやれるという、数少ない日本人学者の一人である。
 今回のご受賞の対象は、『ギリシァ文化の深層』を中心として、という訳だが、ギリシァ喜劇における、おどろくべく率直な「性表現」を引用たっぷりと跡づけ、説き明した論文など、思わず吹き出さずにいられないほどで、語り手としての吉田さんの腕前も、なかなか隅にはおけない。とにかく、学識にかけても、表現能力にかけても申し分のない第一級の学者であり、むしろご受賞は遅きに失するものといいたい。今後は、さらに日本文化における神話の位置と比重といったテーマについても、素人読者を大いに啓発するようなお仕事をどしどしなさって頂きたい。従来、日本の神話は、むやみにうやうやしく祭り上げられるか、さもなければ、安っぽい合理主義で浅薄に切り捨てられるかで、均衡を得た理解、評価こそ望ましいと思われる。

佐伯 彰一(中央大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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