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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1984年受賞

三浦 雅士(みうら まさし)

『メランコリーの水脈』を中心として

(福武書店)

1946年、青森県生まれ。
弘前高校卒業。
『ユリイカ』、『現代思想』の編集長を経て、現在、評論活動に携わる。コロンビア大学客員研究員としてアメリカに滞在中。
著書:『主体の変容』(中央公論社)、『夢の明るい鏡』(冬樹社)など。

『メランコリーの水脈』を中心として

 三浦雅士氏への賞は、氏の近作『メランコリーの水脈』を中心に、最近の仕事全般に対して贈られるものである。
 『メランコリーの水脈』は三島由紀夫・武田泰淳・大岡昇平・吉行淳之介・安岡章太郎・小島信夫・高橋和巳・井上光晴・大江健三郎・安部公房・筒井康隆という11人の現代小説家の作家論という形をとりながら、相互にきわめて異質なこれらの文学者が共通にかかえているモチーフを「メランコリー」にあるとして、その観点から戦後文学そして現代文学を透視しようとした評論集である。三浦氏は精神医学者木村敏氏が、メランコリー者にあっては「過去・現在・未来をまとめた歴史的展開の全体が『とりかえしのつかない』確定性において経験される」とのべていることを踏まえて、「未来までもがすでに終ってしまったもののように感じられる」このメランコリーの水脈が、50年代〜60年代戦後文学の中央部を貫流していると見て、上記の各作家をその観点から論じている。したがってこれは、作家論の形をとった戦後日本精神史への一つの試みといってもいい性格を持つ野心的な労作である。
 作者のモチーフがこのようなものであったため、個々の作家論それ自体としては、痛烈な掘り下げや斬新奇抜な見どころの提示に欠けるという厳しい批評もあった。また、「メランコリー」について語る以上、日本の戦後文学のみならず、西欧の近代文学・芸術や日本の大正文学などに表現されたメランコリーとの位相の異同についても論じてもらいたかったという批評もあった。それらの問題点については、当然三浦氏の今後の仕事において深められていくであろうことを期待する。
 三浦氏の労作の意味は、個々の作家論を通じて広く現代文明と思想の関係を追求している点で、文芸評論の世界に新風を吹きこんだところにあろうが、氏の文章が明快である点も称揚され、受賞の重要な理由の一つとなった。
 三浦氏は現在ニューヨークに一年間滞在し、主にコロンビア大学で研究生活を続けているというが、十数年にわたり「ユリイカ」「現代思想」の編集長を経験してきた氏の経歴は、情報多様化の現代社会において「編集」の仕事がますます重要かつ意味深いものになってきたことに照らしてみても、今後活躍が大いに期待されるのである。実際、三浦氏には編集の仕事に直接かかわる文章を集めた新著『夢の明るい鏡』もあり、文芸評論のみならず、思想・詩・美術・建築・音楽・演劇などから風俗現象やメディア批評の領域まで、広く見渡して明晰に語ることのできるすぐれたフットワークの持主たる気鋭の批評家の誕生をそこに感じとることができる。
 三浦氏の受賞はサントリー学芸賞の最初からの意図の一つである新進批評家への積極的支持という観点からも、喜ばしいことだと思う。

大岡 信(詩人)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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