選評
芸術・文学 1984年受賞
『日本画 繚乱の季節』
(美術公論社)
1932年、岡山県生まれ。
立命館大学大学院文学部研究科修士課程修了(日本史専攻)。
株式会社龍村美術織物美術研究所、滋賀県教育委員会文化財保護課美術工芸担当主査を経て、現在、成城大学文芸学部教授。
著書:『日本美術の演出者』(駸々堂)、『巨匠たちの風景画』(新潮社)など。
京都における国画創作協会の活動は、これまで、必ずしも充分な歴史的位置づけがなされて来たとは言い難い。もちろん、村上華岳や土田麦僊の作品は、多くの熱心な愛好者を得ており、展覧会も何度か開かれているが、彼らが中心となった国画創作協会の多彩な活動の歴史を、丹念な資料の渉猟と実際の作品の調査によって詳細に跡づけ、日本近代美術史のなかにおけるその意義と役割を明らかにするということは、田中日佐夫氏の労作『日本画 繚乱の季節』によって、はじめて成し遂げられたと言ってよい。本書の何よりも大きな功績は、まずその点にある。
これまで、明治以降の近代日本画の歴史は、フェノロサ、岡倉天心を指導者とする東京美術学校、およびそれに続く日本美術院の歴史を中心として語られることが多かった。たしかに、大観や春草の活躍は、重要な歴史的意味を持っているが、それと同時に、京都における日本画革新の運動も、決して見逃されてはならない。特に、何もかも新しく始めなければならなかった東京と違って、千年におよぶ長い歴史の伝統を保ち続けて来た京都においては、明治期になって襲いかかって来た近代化の大波も、自ずから異なった絵模様を描き出さずにはいなかった。田中氏は、その長い文化的伝統に養われた京都画壇の幕末から明治期にかけての状況を概観した後、まず、京都府画学校の創設から説き起こし、その創設に中心的役割を果たした幸野楳嶺と、楳嶺門下の俊秀竹内栖鳳の画業を詳しく辿り、次いで、華岳、麦僊をはじめ、小野竹喬、榊原紫峰、入江波光等、国画創作協会の設立と、その仲間たちの事蹟を、丹念に跡づける。多くの資料に基づく周到な記述とともに、それぞれの画家の作品の評価においては、その特質を鋭くえぐり出して来る批評眼の確かさも特筆されるべきであろう。そこでは、厳密な歴史家の眼と、鋭敏な批評家の眼とが、見事にひとつに融け合って、重厚な歴史叙述に結晶しているのである。
さらにまた、野長瀬晩花、秦テルヲなど、これまでどちらかと言えば忘れられがちであった画家たちにも充分な頁をさいていることや、協会の仲間たちの活動に理論的支えを与えた美学者中井宗太郎の役割が、具体的な裏づけとともに指摘されていること等にうかがわれる著者の目配りの広さも、高く評価さるべきであろう。
この国画創作協会の画家たちの活動と業績が本書の中心主題であるが、それと同時に、現在の日本画の在り方に対する著者の厳しい批判が、本書全体のいわば裏の基本的モチーフとして鳴り続けていることも、注目すべきであろう。時に性急過ぎると思われるほどのその批判も、長い伝統を背負いながら近代化の潮流のなかで苦闘した先人たちの努力に対する深い愛情と情熱に発していることが、全巻を通じて強く感じられる。そしてそのことがまた、本書に清新な息遣いを与えてもいるのである。
高階 秀爾(東京大学教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)