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サントリー学芸賞

選評

思想・歴史 1983年受賞

有泉 貞夫(ありいずみ さだお)

『星亨』

(朝日新聞社)

1932年、山梨県生まれ。
京都大学大学院博士課程修了(史学専攻)。
国立国会図書館司書、山梨県立女子短期大学図書館副館長を経て、現在、東京商船大学教授。
著書:『明治政治史の基礎過程』(吉川弘文館)など。

『星亨』

 日本の政党の原形を創ったのは星亨である。田中角栄ももちろん星亨の延長線にある人物であって、彼が特異な存在だと言うわけではない。そこでこの二人に、ある種の共通点があって不思議でない。この、一種系統的ともいえる共通点を探ることは、見落とされているというより見まいとしている日本の政治史の一面を明白にする。そして長い牢固とした歴史をもつこの構造的な一面は、新聞の角栄糾弾や政治倫理の大合唱で清算できるような単純なものではない。それは星亨以来の歴史を踏まえた解決法の腰をすえた探究を要請する。そんなことを思わせるという点で、本書は、著者はそれを意図したわけではないであろうが、まことに今日的な本である。
 貧困の中から身を起こしたとはいえ、星亨はイギリスに留学し、日本で最初の国際的に通用する弁護士となり、駐米公使としてもある種の功績をあげ、またベンサムを愛読しただけでなく、英書の読書が趣味であったという点では、決して田中角栄と同じではない。だがしかし、政党をいかにして存立させていくかという原則を確立して実行に移した点では、元祖田中角栄であろう。彼の東北における演説について有泉貞夫氏は次のように述べている。
 「この決議と星の演説は、日本政党史の画期をなす出来事だったといえる。地方の治水事業への国庫補助の増額、道路・港湾改修、官公立学校新設・誘致などの地方的・局地的利益実現を政府に要請するのに、地元選出代議士の活動を期待する声は、議会開設以来次第に強まっていた」しかし「政党領袖にとって、地方的利益欲求は田舎代議士たちの機嫌をとるために無視する訳にはいかぬ厄介物としか考えられていなかった」。そして星もはじめはそうであったが「明治32年の東北遊説では、地方的利益欲求は利用すべき資源として把えなおされ、むしろ、これを積極的に喚起し、この実現を政府と提携する我党に期待させることで憲政党党勢を拡張するという戦略を、星は開発したのである」と。そして以後政党はそれを基盤として存立する。ここに長い歴史をもつ問題がある。
 本書は評伝であるから、以上はその内容の一部にすぎない。この、死後莫大な借金を残しながら強欲・私欲の人と見られ、使用人・車夫も呼び捨てにしなかったのに傲慢不遜と見られ、壮士や身近な人には信望がありながら知識人やマスコミには徹底的に嫌われ叩かれた人物、日本の実行力ある政治家の一典型として、この興味深い人物を描き切ったという点で本書はまことにおもしろく、またさまざまな示唆を与えてくれる本である。

山本 七平(評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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