選評
政治・経済 1983年受賞
『財政改革の論理』
(日本経済新聞社)
1937年、東京都生まれ。
一橋大学経済学部卒業。
一橋大学経済学部助教授、ミシガン大学客員研究員、豪州ニュー・サウスウェールズ大学客員教授を経て、現在、一橋大学経済学部教授。
著書:『租税政策の効果』(東洋経済新報社)など。
1980年代の日本経済にとって、避けて通ることのできない最大の問題は財政改革である。国債残高はすでに百兆円を突破し、なお歳入の4分の1以上を国債に依存する状況が続いている。財政赤字を縮小するには政府支出を減らすか、税収を増やすかの途しかないことは自明であるが、そのいずれについても国民各層の利害対立が錯綜し、その間の調整をいかにしてもたらしうるかに民主政治の試練があるといっても過言ではない。この政治プロセスにおいて、政府・官僚の政策立案とそれに関与する各種の調査会や審議会の報告、国会における予算審議などが中心的な役割を果たすことはいうまでもないが、それらに加えて、世論の形成をできるだけインフォームドなものにするために、関連の学界人からの発言をも大いに期待したいところである。
当面の財政問題について、石教授は最も活発かつ着実に論策を発表しつづけている第一人者とみられる。ここに推薦する『財政改革の論理』は、「過去2〜3年の間に主として雑誌に発表した論文を再構成したもの」(同書「あとがき」より)であるが、それに先立つ同じ著者の時論集として『ケインズ政策の功罪』(1980年)があり、また専門的な研究書として『租税政策の効果―数量的接近』(1979年)がある。
『財政改革の論理』に収められている10篇の諸論文のうち、とりわけ興味をひくのは「課税所得捕捉率の業種間格差」と、「受益と負担の地域間偏在」であろう。前者は巷間にクロヨン(9・6・4)とかトーゴーサン(10・5・3)とか呼ばれている課税所得捕捉率の不公平の実態を、国民所得統計と税務統計との対比という方法を用いて明らかにしようとしたものである。また後者は、都市に住むか農村に住むかによって、租税負担と公共支出の受益との双方の面で、どのようなアンバランスが生じているかを実証的に分析している。これらは財政制度を通じての所得再分配の実態について、比較的閑却されていた側面の開拓に鋤を入れたものとして高く評価されよう。その他本書に収められている諸論文はいずれも、穏健で手堅い著者の学風をうかがわせるものであって、新奇な提案はないとしても、世論の啓発に資すること多大であろう。今後も著者のいっそうの健筆を期待したい。
熊谷 尚夫(大阪大学名誉教授)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)