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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1982年受賞

長尾 龍一(ながお りゅういち)

『日本国家思想史研究』

(創文社)

1938年、満州生まれ。
東京大学法学部卒業。
東京大学教養学部助教授、京都大学人文科学研究所助教授(併任)を経て、東京大学教養学部教授(法学専攻)。なお、現在はウッドロー・ウィルソン国際学術研究所にて研究中。
著書:『ケルゼンの周辺』(本鉾社)、『日本法思想史研究』(創文社)など。

『日本国家思想史研究』

 長尾龍一は、法哲学の世界で久しぶりに現れた気鋭の学徒である。新世代の特権で、戦前の学問にも、“戦後民主主義”にも拘束されることなく、まったくクールに日本の国家と社会、思想と学問を見つめている。
 また、当然のことながら、一方でケルゼンの旧哲学、カール・シュミットの政治理論といったヨーロッパのオーソドックスな学問に親しみながら、他方で早くから、日本の古典、中国の古典に親しみ、その素養が玄人はだしのことであろう。
 本書は、『日本法思想史研究』の姉妹篇であるが、両書を併せて、日本の社会科学の空白部分を埋めたといってよい。
 第一は、戦後日本の憲法論議が、いたずらに平和憲法の護教論的イデオロギーであったため、明治憲法と憲法理論の歴史的性格を冷静に見つめなおし、政治思想や政治状況との関連で、どのような役割と機能をもったかを検証していくことを怠った傾向がある。
 第二は、天皇制絶対主義や日本型ファシズム論が近代日本を理解する定型となり、明治憲法のもつ近代的性格と、日本型国家主義の背景を成した伝統的な“国体論”との相克を具体的に検証していなかったことである。
 第三は、太平洋戦争の破局に至る過程で、“満蒙の危機”から「東亜新秩序」「国防国家」の建設という、侵略と理想主義が両立した不思議な国家状況を、内側から批判的に理解する歴史叙述を欠いていたことである。
 本書は、第3章の「国家研究覚書き」という思想史研究を除くと、第1章 法思想における「国体論」三篇、第2章 政治のなかの憲法四篇、計七篇の論文から成り立っているが、そのなかの圧巻はそれぞれの巻頭、法思想における「国体論」、昭和前期の法と政治の二篇であろう。
 とくに神国思想、尊皇思想、大和魂論を三つの信仰内容とする国体論が、遠く日本神話に発し、江戸時代の水戸学と国学によって深化され、やがて復古の性格をも有した明治維新が顕在化する。帝国憲法は、こうした「国体論」の枠のなかにプロイセン型立憲君主制をはめこんだ形であったという。天皇機関説事件から一億玉砕思想に至る昭和思想史は、憲法学が「国体論」に従属する過程であった、という指摘は、近代日本国家の中核的命題を衝いたものといえよう。

粕谷 一希(評論家)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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