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サントリー学芸賞

選評

政治・経済 1982年受賞

猪口 孝(いのぐち たかし)

『国際政治経済の構図 ―― 戦争と通商にみる覇権盛衰の軌跡』

(有斐閣)

1944年、新潟県生まれ。
東京大学教養学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。
上智大学国際関係研究所助教授、ジュネーブ国際関係高等研究所客員教授を経て、現在、東京大学東洋文化研究所教授(国際政治専攻)。
著書:『外交態様の比較研究』(巌南堂書店)など。

『国際政治経済の構図 ―― 戦争と通商にみる覇権盛衰の軌跡』

 まず本書のすぐれている点のいくつかを列挙する。
(1)国際関係論、ないし国際政治学のテキスト・ブックは、十数年前まで欧米の学者の書いたものが、圧倒的比重をしめており、70年代に入ってようやく、すぐれたテキスト・ブックがわが国の研究者によって作られるようになってきたが、その大半は共同執筆形式のものである。それは国際政治現象の複雑多岐さが、一段と加重され、個人の単独の力量をもってしては、全体像をとらえることが大変困難になってきたためである。まず本書は、単独執筆のテキスト・ブックであり、しかも水準の高い点が評価されるべきであろう。
(2)個人の単独作業であることもあり、組織の枠組がはっきりしており、統一的視点で全体が貫かれているため、読者に明確な像を提示する。それは著者の言葉を借りると、次のような視点である。(a)国家と国家の相互作用という意味での国際関係と、世界市場を中心に動く世界経済の二つを統一的に把握しながら国際政治経済をとらえる。(b)国際政治経済を国際的な現象としてみるだけでなく、国内のレベルにまで下りて、国内政治経済と国際政治経済を、その重要な接点のひとつである国家の政策に焦点をあてて、統一的に把握する。(c)現在の国際政治経済をできるだけ広い歴史的視野のなかでとらえる。
(3)国際政治経済をとくにとり上げ、国際問題と国内問題とのリンケージ面を分析する著者の発想や分析方法には、欧米の近時の研究動向や研究成果の影響が多く見られ、またそれらを利用した部分があるものの、著者のユニークさも存分に発揮されている。そして、かつてのわが国の国際政治研究にとかくあり勝ちだった、外国の最新研究の攝取、紹介の程度にとどまるといった域を超えている。
(4)とくにユニークさは、対外安全保障対策と対外経済政策を類型化し、豊富な歴史的事例を用いて、説明している点にあろう。
 ともかく、全体を通じて、今日われわれの直面している国際政治経済現象の解明に、肉迫しようとする著者の並々ならぬ意欲が感ぜられる。時に意欲の旺盛なあまり、類型化が強引にすぎるのではないかと思われる箇所も見られ、また歴史の事例の断定的な解釈に、専門の歴史家の拒否反応を生むであろうと思われる箇所も少なくない。
 また全体として荒削りの感は免れないが、これだけ大胆に、思いきって所論を展開しうることは、新進気鋭の士にしてよくなしうるところであろう。多大の知的刺激を学界にあたえることも充分期待される。
 本賞の趣旨によく該当する作品として、推薦する次第である。

細谷 千博(一橋大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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