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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1981年受賞

芳賀 徹(はが とおる)

『平賀源内』

(朝日新聞社)

1931年、山形県生まれ。
東京大学大学院比較文学比較文化課程修了。
東京大学教養学部助教授を経て、現在、東京大学教養学部教授。この間、フランス政府給費留学生としてパリ大学留学。プリンストン大学客員研究員、米国ウッドロー・ウイルソン国際学術研究所員などを歴任。
著書:『明治維新と日本人』(講談社)、『みだれ髪の系譜』(美術公論社)など。

『平賀源内』

 この本の美質の一つは、勿体ぶった堅苦しさのないことで、いかにものびのびと楽しげに扱われています。しかも、中味はじつにぎっちり詰まっていて、著者の芳賀氏の年来の学問的な蓄積のゆたかさを感じさせます。ただそれが、いささかも重苦しくない。いわゆる学問的な武装の物々しさが、ちっともない。読者は、くつろいだ気楽さのまま、江戸18世紀の奇人学者、平賀源内のまことに目まぐるしい変転に富んだ生涯のただ中にひきこまれてゆくのです。
 もちろん、源内に注目したのは、芳賀氏がはじめてという訳ではなく、明治時代の水谷不倒以来かずかずの研究が積み重ねられてきています。その意味で、この源内評伝には、かくべつ斬新な文献上の発見、伝記的事実の訂正は見出しにくいでしょうが、そのかわり、芳賀氏は、後から来たものの特権を十二分に生かし、利用しています。つまり、一種の集大成、総合の仕事を見事にやりとげています。しかも、生ぬるい折衷的な立場での取りまとめではなく、著者の立場は読んでゆくうちに、はっきりと浮かんできます。
 その特色の一つは、史的展望の広やかさであり、比較文化、比較文学の方法の的確な適用といえるでしょう。源内のいわゆる本草学は、芳賀氏の手にかかると、「博物学の世紀」ともいうべき18世紀的な時代思潮の中に融かしこまれて、たんに薬物の利用といった実用面からの従来の解釈の狭さが、おのずと批判されるのです。また、源内による戯作のテキストにも、独特な読みを加えて、綿密柔軟な作品分析をやりとげ、江戸戯作の味わいを、一般読者にも身近に伝えてくれます。
 本書は、芳賀氏の年来の研究がおのずと熟して、生み出した、おいしい果実で、一般読者に比較文化の学問的手続きを説き明かしてくれながら、江戸時代の内側へと誘いこむ魅力的なガイド役ともなっています。

佐伯 彰一(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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