選評
芸術・文学 1980年受賞
『寓意と象徴の女性像』を中心として
(集英社)
1935年、東京都生まれ。
東京芸術大学美術学部芸術学科専攻科修了。
イタリア政府給費留学生としてローマ大学に留学。現在、東京芸術大学助教授。
著書:『バロック彫刻』(小学館)、『ラファエルロ、神のごとき剽窃家』(新潮社)、『カラヴァッジオ』(集英社)など。
美術史を専門とする学者をはじめ、西洋美術史に多少とも関心を持つ人々のあいだでは、若桑みどりという名は、すでに何年も前から注意深く見守るべき名になっていたと思う。女性の美術史学者の数はまだ少ないという事もあって、この人の精力的でスケールの大きい研究は注目されずにはおかなかった。
若桑さんの専攻分野はルネサンスからバロックの時代にかけての西洋美術の図像解釈学ということになろう。この学問は20世紀になって大いに活気を呈し、私たちの芸術理解の幅と深さを飛躍的に増大させつつあるが、若桑さんはこの学問によって鍛えられた厳密な方法を駆使しつつ、芸術創造の根源に横たわる最も重要な諸問題をたえず新鮮な感動をもって掘りおこそうとしている。学者としての自分自身の創造意欲を常に大切にしている点が、いかにも清新な印象を与える。
「太陽を持つ女――寓意と象徴の女性像」という論文は女性像の描写に表われた豊富な寓意と象徴の体系を、主としてルネサンス、バロック時代の絵画のうちに探り出し、それが現代において持ちうる新たな意味の探究を試みたもので、若桑さんの従来の研究の、ひとつの集約と見ることもできるものである。この論文が、蓄積された知識の単なる披瀝にとどまらない力を感じさせるのは、彼女が次のような信念に基いて美術ならびに美術史に対しているからであろう。
「芸術に表わされた寓意を読み取ることは、知的で煩雑な仕事ではなく、人類が自己の存在の核心で納得している、幾つかの原初的なイメージに辿りつくことを意味する。……今日我々は、知的な19世紀が理解しなかったイメージの多義的な世界を再び理解している。近代的科学的自然観がどうであろうとも、我々は、自己の身体感覚において、宇宙のリズム――たとえば昼と夜、冬と春のめぐり――の中に生きているのであり、むしろこのような宇宙の身体的感覚を取り戻すことをこそ求めているのである。」
これは学者としての使命感の表明だろう。若桑さんが犀利で精力的な追求の歩みを現代芸術にまで及ぼし、歴史の大きな流れの中から、ある種の根源的な、いつの時代にとっても共通な芸術上の問題をえぐり出してゆくことを期待する。それのできる人だと信ずるからである。
大岡 信(詩人)評
(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)