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サントリー学芸賞

選評

芸術・文学 1979年受賞

酒井 忠康(さかい ただやす)

『開化の浮世絵師 清親』を中心として

(せりか書房)

1941年、北海道生まれ。
慶応義塾大学文学部卒業。
現在、鎌倉近代美術館学芸員。
著書:『海の鎖――描かれた維新』(小沢書店)

『開化の浮世絵師 清親』を中心として

 おそらくあらゆる時代が多かれ少なかれそうであるが、特にわが国の明治初期は、美術作品も美術の枠のなかだけに収まるものではなく、政治や社会の変動と深いかかわりを持つ時代である。しかも、この時期の作品資科は、震災や戦災で失われたのみならず、多く時の彼方に忘れられつつある。酒井忠康氏は、鎌倉の神奈川県立近代美術館の学芸員として、この時期の珍しい貴重な資料を丹念に掘り起こすことに努める傍ら、それらの資料を存分に駆使して『海の鎖』『開化の浮世絵師 清親』の二著を世に問い、批評家として大きな成長を見せた。
 『海の鎖』は「描かれた維新」という副題にも示されている通り、幕末、維新の動乱の時代を画家たちの活動を通して描いたものであり、『清親』は一人の画家に焦点を絞ったものという違いはあるが、いずれも、絵画作品を通して時代の精神的な変動を追い、作品のなかにこの動乱の時代を生きた人々の心情をも読み取ろうとしている。特に、これまでしばしば明治期以降の近代美術をそれ以前の歴史と切り離して捉えようとする傾向が強かったのに対し、酒井氏は、維新期の創造活動を支えたものは幕末以来蓄積されてきたエネルギーであるという視点に立って、多くの忘れられた画家たちを見直し、彼らが新しい時代の波のなかでいかに古いものを受継ぎながら変貌して行ったかを、広い視野から論じ、時代の相貌を新しい光のなかに照らし出すことに成功した。その優れた問題意識とともに、日本の文学や海外、ことにイギリス文学に対する目配りの広さも、氏の評論に豊かな陰影を与えている。この二著にすでに示されている氏の力量と、今後いっそうの活躍が期待されることに対し、選考委員会は一致して酒井氏をサントリー学芸賞に推すことを決定した。

高階 秀爾(東京大学教授)評

(所属・役職等は受賞時のもの、敬称略)

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