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サントリー地域文化賞

活動詳細

関東

埼玉県 川越市 1991年受賞

川越いも友の会
いもを愛する人々による、川越いもの保存と復権運動

代表:ベーリ・ドゥエル 氏

1999年11月更新

写真
サツマイモ栽培農場でのイモ掘り

 関東ローム層が厚く堆積し、雑木林が林立する武蔵野台地に位置する川越。水はけと通気性のよい火山灰土と大量の落葉がつくる堆肥により、この地は古くから良質のサツマイモを産してきた。コッペパンのような形で鮮やかな紅色の皮を持つ「川越いも」(通称べニアカ)は、「サツマイモの女王」といわれ、天保の諸国名物番付『天保時代名物競』に「サツマイモといえば川越」と記されたほどであった。しかし、戦後、その生産量は激減し、いもの町の面影はほとんど残されていなかった。

 この一世を風靡した「おいもの地位復権」と「川越いもの保存」を目指し、1984年3月に、公民館講座「さつまいも大学」の参加者と、学術的研究会「川越いも研究会」の有志40名により「川越いも友の会」が生まれた。以来、品種・栽培・加工・流通・料理・文化・歴史など様々な視点からいもの研究を重ねる一方、「体験栽培」や「さつまいもシンポジウム」、「いも料理講習会」といったイベントや、ベニアカ焼酎の企画、120種類のサツマイモ料理を紹介した『昭和甘藷百珍』や『甘藷百句集』などの出版を通じ、川越いもの啓蒙、保存に努めている。1987年には、「くりよりうまい十三里」という言いまわしにひっかけ、サツマイモの旬にあたる10月の13日を「さつまいもの日」と定め、川越駅近くの妙善寺に祀られた川越さつまいも地蔵での「いも供養」や、いもクイズを始めとするイベントを行い、いものまち川越の面目躍如である。

 こうした活動に刺激されて、市内には、いも焼酎のカクテルによる食前酒から、いもソバ、いもアイスのデザートまで、いもづくしのコース料理「いも懐石」を出すいも専門料理店や、いもセンベイをはじめとする様々ないも菓子の専門店も生まれ、1988年には「サツマイモ資料館『いも倶楽部』」が完成。国内外のサツマイモや、川越いもの歴史・文化などの展示と、加工食品と関連グッズなどの販売が行われ、「はとバス」の観光コースにも加えられるほど大きな注目を集めている。

 また、海外との交流も盛んで、会長のドゥエル氏をはじめ会所属の料理研究家などが世界各地の学会に毎年出席。1990年には、「中国サツマイモ調査団」を派遣。91年アメリカでの「国際サツマイモシンポジウム」では、日本のいも文化に関する研究報告に加え、いも料理を披露、好評を得た。

 最盛期には100名をこえた会員数は現在、80余名。一時に比べ規模は小さくなったものの、97年に『ベニイモ百年史』、99年にも『米国サツマイモ事情』を出版するなど、活動は堅実に続けられている。いもづくり50年以上というお百姓さんから栽培技術研究者、いもの歴史・文化研究者、料理研究家、教師、焼酎博士、サラリーマン、主婦、学生、大学教授、外国人など、20代から80代までバラエティに富んだいも好きの会員は、地元川越はもちろん埼玉県内や九州、沖縄にまで広がっている。「戦後の代用食に利用されるなどマイナスイメージがありますが、伝統ある川越いもは、私たちのふるさとの誇りです」と話す会の面々。その笑顔は、熱々の焼きいものようにホクホクとしている。

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