サントリーの創業者である鳥井信治郎に日本ワインぶどうの父と呼ばれる川上善兵衛を引き合わせ、この登美の丘を紹介していただいた東京大学の坂口謹一郎先生は、「坂勤(さかきん)」という愛称で呼ばれ、発酵と醸造において日本では知らない人がいないとまで言われるくらい「お酒の博士」として知られていました。
赤玉ポートワイン(現:赤玉スイートワイン)の成功で日本での生産拠点を相談していた鳥井信治郎と、私財を投げ打ってまで日本でのワインづくりのために品種開発から取り組んだ川上善兵衛翁とともに、1935年にこの登美の丘に一緒に登られた坂口謹一郎先生は、この登美の丘のすばらしさに鳥井信治郎と川上善兵衛のふたりの悦びようは大変なものであり、お互いに手を取り合って涙をのんでいたと後世に語られています。
先日、倉庫スペースを整理していた際に、厳重に梱包された2枚の色紙が出てきました。
調べてみると、その坂口謹一郎先生が、1974年に登美の丘に来場された際に、この登美の丘のワインをテイスティングされて一対の短歌の色紙を残されたものとわかりました。
「やまなしの/とみのみ山に/とつくにの/カベルネフランも/住みつけるらし 坂」 |
「なき人に/みせたきか奈や/みどりなす/山一面の/フランス葡萄 謹」 |
ひとつめは、「山梨の登美の山に外国(とつくには外国を意味する古称)のカベルネ・フランが住み着いたようだ」と、登美の丘のカベルネ・フランを高く評価されたそうです。
そして、1944年に亡くなった川上善兵衛と1962年に世を去った鳥井信治郎を偲び、「亡き人に見せたいよ。緑に山一面に広がるフランスの葡萄」と詠まれました。
カベルネ・フランのワインをテイスティングされた坂口謹一郎先生のその時のお気持ちは、感無量だったのではないでしょうか。
そして今も、ここ登美の丘ワイナリーではカベルネ・フランを大切に育てています。
(現在のカベルネ・フランの畑を総合受付前の横からご覧いただくことが出来ます)
カベルネ・フランの畑 |
また、カベルネフラン100%の「登美の丘 カベルネ・フラン2012」も先月発売しましたので、ぜひお試しいただき、登美の丘の歴史に想いを馳せていただければと存じます。