サントリーと日本推理作家協会とのコラボレーションイベント「シングルモルト&ミステリー」。毎年、日本を代表する推理作家がウイスキーづくりを競い「サントリーオリジナルウイスキー謎」として発売してきました。今年はイベント10周年であるとともに、「日本推理作家協会60周年」の区切りの年です。それを記念して、「シングルモルト歴代チャンピオン大会」が、5月29日に品川インターシティホール(東京都港区)において開催されました。ウイスキーづくりに挑戦したのは、日本推理作家協会理事長であり初代チャンピオンの大沢在昌氏をはじめとする歴代チャンピオンの皆さん、そして無冠ながら、このイベントに欠かせない大御所の逢坂剛氏と北方謙三氏の合計9名。いずれも日本を代表するミステリー作家たちです。当日は、午前中に各人がヴァッティング(モルト原酒どうしを混ぜ合わせること)したシングルモルトウイスキーを、作家9名とサントリー関係者3名の計12名でブラインドテイスティングし、その場でグランドチャンピオンが決まるというスリリングな趣向。
テイスティング中に酔いがまわってきた作家たちの、自慢あり、悲嘆ありの迷トークに会場は大爆笑。招待されたミステリー&ウイスキーファンの皆さんは、途中で振舞われたシングルモルトウイスキーに心地よく酔いながら、ドラマチックな展開を見せた極上の一夜を楽しみました。
皆さんようこそいらっしゃいました。日本推理作家協会は、江戸川乱歩さんが前身の探偵作家クラブを設立してから、今年で60周年を迎えました。11月11日には立教大学で大々的な記念イベントを行いますが、それに先立って、本日開催されるのが、恒例となったサントリーさんとのコラボレーションイベント、「シングルモルト&ミステリー」です。しかも今年は10周年ということで、歴代ブレンダーが総登場する豪華なチャンピオン大会となりました。何を隠そう、私、大沢は初代ブレンダー。このブレンダーという栄誉を手に入れることは、文学賞をひとつもらうより重い価値があるといわれるほど、名誉なことです(笑) 。私もぜひこの栄誉に浴したいと思いますが、今年はチャンピオン大会ですから、例年に増して強力なライバルが揃っています。では、午前中にヴァッティングを済ませて、結果発表を待つばかりのライバルから一言ずつ、今年の意気込みを聞いてみましょう。最初は、小池真理子さんです。
このところの不摂生がたたりまして、先週、発熱して倒れてしまいました。しかし、なぜか昨日から驚異的に回復し、利かなかった鼻も今日は大丈夫。いい結果が出るといいなと期待しています。
推理作家協会の女性作家としてはダントツの酒豪が小池さん、そして次は、この前、深夜までバーで飲んでいて、店を出たと思ったら近くの蕎麦屋に入って「熱燗!」と叫んだ桐野さんです。
そんなことは半年に1回あるかないかの話です。近頃は忙しくてあまりお酒を飲む機会がなく、ウイスキーの味を忘れたのではないかと不安でしたが、ヴァッティングを始めるとすぐに思い出して、楽しく原酒を混ぜ合わせました。乞うご期待です。
近頃すっかりカメラ小僧になり、先ほどからプロのカメラマンに混じって写真を撮りまくっていた馳さんです。
去年から軽井沢に住んでいて、夜12時前に寝て、朝7時に起きる生活をしています。すっかり田舎生活者になってしまい、今日は久しぶりに都会のイベントに出て緊張しています。嘘ですけど(笑)。とにかく都会のイベントの気分を楽しみたいと思っています。
続いて、このところテレビで見ることが多い石田さんです。
朝からチビチビ飲んでいて、いますごく気持ちいいんです。私は、男が孤独に飲むウイスキーではなく、二人で楽しめる甘いウイスキーを目指しました。たぶん昭和にデビューした3人の方(大沢、逢坂、北方各氏のこと)にはウケないと思いますけれど‥‥(笑)。
昭和デビュートリオって誰のこと?今野さん、馳さん、福井さんかなあ(爆笑)。次は、昨年子供が生まれた福井さんです。
いいところを見せようと、カミさんとちょうど上京していたカミさんのお母さんにも会場に来てもらいました。すると、なんと9ヶ月の息子まで連れてきているのがわかって、なんだか妙に動揺しています(笑)。ヴァッティングは頑張ってやりました。自信ありです。
さて、家族にいいところが見せられるでしょうか。続いては昨年の覇者、今野敏さんです。
なぜだかウチの奥さんがこのイベントに入れ込んでいて、ミニチュアボトルを大量に買い込んで「研究しなさい」と並べられたのですが、研究どころか、全部美味しく飲んでしまい叱られました(笑)。さて、今日はどうなることでしょうか。
えー、あとはご存知のおふたり。1回目から参加しているのにまだ無冠で、近頃はスネジイとグレケンと呼ばれています(笑)。まずはスネジイ、こと逢坂さん。今日は、お昼前から一緒にいるのですが、どことなく全身から哀愁が漂ってくる雰囲気です。
風邪が尾を引いているための哀愁かなあ。ともあれ、のど飴をなめすぎてウイスキーの味がよくわからなかったのですが、そこはベテランですから大丈夫。まあ、どれにしようかな、だるまさん‥で選んだのですけど(笑)。今回は、ついに北方か私かが獲る予感がしますが、たぶん私でしょう、期待してください。
では、次のコーナーへ‥。(「コラ!大沢」と北方氏)。あ、グレケンを忘れていました(笑)。
俺は、おかしなものは作っていない。だのになぜ勝てないんだ(笑)。俺の酒はすぐわかる。8年間ずっと作っていて、なぜ俺が「謎」のブレンダーになれないのか。普通なら8年もやっていたら、選ばれますよ。でも、そこが俺の酒なんだよ。選ばれなくてもいいんですよ。ただ、俺のウイスキーを作ったという境地を、断固守り通したことは確かです。
北方さんは、もうグレはじめているようです(笑)。ともあれ、みんな気合を入れてヴァッティングしました。それぞれ文学賞の選考委員になったりもして、落としたり落とされたりすることもあるのですが、この勝負はブラインドで選びますから、先輩も後輩もなくまったく平等です。さてどうなることか。
モルトウイスキーどうしを混ぜ合わせることを、ヴァッティングといいます。今回は、サントリー山崎蒸溜所のモルトウイスキーのなかから厳選された10種類の原酒を、作家の皆様の目の前に並べ、香り、味、雰囲気、そして原酒が語りかけるストーリーを舌で確かめながら、ヴァッティングをしていただきました。テイスティングを行う前に、それぞれのヴァッティングに秘めたテーマを語ってもらいましょう。
私のテーマは「夜風」です。花粉症なので春に風にあたるのは禁物なのですが、そのぶん花粉が治まった初夏の夜の気持ち良さは格別。ウイスキーで酔った頬を、優しい夜風が撫でていく。そんなイメージで作りました。夜風のイメージにぴったりの華やかで軽やかな作品ができたと思っています。世間的にはいい大人の年齢なんですが、ウイスキー作りでも大人になりたいとの思いを込めて、大人の味を作りました。ただ投票では、私が私のウイスキーを飲み分けることができて投票できるかどうか、これに自信がないのが問題です(笑)。ところでヴァッティングをしている最中に、チーフブレンダーの輿水さんが、試験監督の教官よろしくウロウロと歩き回られるので、非常に緊張してしまいました。
それは失礼しました。私も自分がヴァッティングしているところを人に見られるのは嫌です。作家の方が執筆中に邪魔されたくないという気持ちと、たぶん同じです。では小池先生お願いします。
いま週刊誌で「望みは何と訊かれたら」というタイトルの小説を連載しています。若い頃だったら気恥ずかしくなるような希望という言葉が、気になるこのごろです。ですからテーマは「希望」にしました。今回の原酒は、前の時に比べて全体的にスモーキーさが強いものが少ない感じがしました。そのなかで希望のテーマに合うように、軽やかな華やかなキャラメルテイストのものを主に選びました。いろいろと大変なことや嫌なこともある人生ですが、そんな心を癒して希望を与えてくれるウイスキーです。
5年前に受賞した時のタイトルは「ダークエンジェル」でした。これはその時の新刊のタイトル。これで受賞したので、今回はゲンを担いでやはり本のタイトルから「メタボラ」にしました。もともとウイスキーは男の人のお酒のイメージが強いのですが、そんなかたくなさを離れて、食事の時に飲めるウイスキーがあってもいいのじゃないか、という思いでヴァッティングしました。フルーティがメインでちょっとスモーキー、ヴァッティング直後はいまいちの感じでしたが、少し時間を置いて先ほど味見したら、華やかでまろやかで本当に美味しいんです。ブレンダーに選ばれ、「謎2007」として製品になり、ぜひ皆さんに飲んでいただきたいと思います。
女性のおふたりが以前ヴァッティングされた時には、なんと男らしい味だろうと感服したのですが(笑)、今回はガラッと方向転換して、柔らかな優しい味わいです。次は馳さんです。
前にも言ったように、いまは軽井沢に住んでいます。4月に萌え出た新緑が、5月そして6月とどんどん美しくなっています。雨が降った後、僕は犬と一緒に森の中に入ります。そうすると新緑の匂い、花の匂い、土の匂い、虫の匂いなど地面から湧き上がった匂いに包まれて細胞が活性化する気がします。今回はウイスキーでも、いろんな香りが混ざり合って立ち上がってくるものを目指して「雨の森」。口に含むと濃厚だけど喉ごしはなめらかです。そして断言しますが、ここにいる中で、毎晩ウイスキーをストレートで味わっているのは私だけです。その私のベロが作ったものですから、これは間違いありません。
ひとりよりふたり、ということでテーマは「ふたり」。いまレシピ帳を見ると、自分で「甘くて深くて後を引く」とメモっていました。食事の後にふたりで飲んでおいしいものを、という感じですね。同じ山崎蒸溜所の原酒でも、10種すべてに個性があります。皆さんも、もしヴァッティングをする機会があったらやってみてください。とっても楽しいですよ。今回の作品は、ちょっとスイートになり過ぎたかな、と反省しています。テイスティングでは9種のウイスキーを飲みくらべるわけですが、実際は2、3種飲むと酔っ払ってしまって、みんな美味しく思えるものです。だから私は傲慢なことは言わずに、まぐれ当たりに期待しようと思ってます。
モルトウイスキーの原料は麦芽だけなのに、使っている樽の違いなどで味わいは様々。これが不思議で、面白いところです。では、福井先生お願いします。
「ユニコーン」とは一角獣のことなのですが、いま僕は機動戦士ガンダム最新作の原作を書いていて、それにユニコーンというタイトルがついています。はっきり言って、その宣伝のためのテーマです(笑)。一昨年は、「イージス」というテーマでしたが、その時は映画が公開中でした。売らなくてはならないという切迫感は、とても力を持つもので、今回もこのタイトルを付けて、サントリーさんと一緒にガーッといけたらな、と願っています。ものごとの勝敗を決めるのは、技術とかセンスとかいわれますが、もっとも大切なのは実は勢いです。そして勢いなら、私は負けません。万が一、選ばれなかったら、ここで運を使わなくて良かったな、と自分を慰めるだけです。
追い詰められることは大事ですね。切迫感が生んだウイスキーに期待しましょう。次は昨年のチャンピオン、今野先生です。
テーマは「華」です。昨年が「忍」でしたから、テーマだけはかなり変わりました。前回がかなり甘めだったので、今度は大人の深みある味に挑戦したのですが、これが難しい。僕には大人の味は無理なのかなあ、などと悲観もしたのですが、完成したものは悪くない。結局、この味こそ僕が作りたい味なんだと納得しました。しかし、みんなの強気なアピールを聞いていると、だんだん自信がなくなりました。そして今年はついに北方さんかなあ、という気がしてきました(北方氏がジロリと意味深長な視線を飛ばして、会場大爆笑)。
このイベントも10回を迎えて、そろそろ終わりかなと思い、「あでやかな終章」というタイトルで、静かに消えていくときに飲む美味しいお酒という意味です。まあ、あまり深刻なわけでもないのですが、とにかく一生懸命作りました。選ばれるかどうかは、もうあまり欲はないのですが、こんな欲を捨てた時には、結構選ばれたりするんですよね。
どうせ今年もダメなんだ‥‥(笑)。みんな春の香りだの、花のイメージだのいいますが、俺にはまったくわかりません。作るとき、目の前に並んだ原酒ボトルに数字を付けました。82・52・80なんてね。つまり女性の理想的なスリーサイズを求めたわけです。そして、俺が丸々使ったボトルは95・50・95です(会場爆笑)。つまりちゃんと俺のルールにのっとって理想的な酒を作ったんです。しかし、誰もそれを認めてくれない。男らしくて、一口で俺の酒とわかるから誰も票を入れないんだ。だから、勝ちに行こう、皆に認められようなんて小賢しい思いをどっちも断つために、タイトルは「両断」というわけだ。投票は北方謙三を認めるかどうかということに尽きるのだから、みんな覚悟して投票するように。もし選ばれなかったら、もう来年は来ないからな(大沢氏から「だいぶグレてますねえ」との声に、「うるさいんだよ大沢!」と一喝して、会場は再び大爆笑)
ここでひとつ裏話を暴露しましょうか。今年はチャンピオン大会にしようという話になった時、無冠のスネジイとグレケンは、サントリーの関係者にすごい勢いですり寄って「僕たちがいないとこのイベントは成り立たないよね」と繰り返し哀願し、無理やり参加を約束させたのです(笑)。
記憶が定かでないが、そんなこともあったような‥‥うん、あったな。
まあまあ。で、仮に今年が最後として、北方か私のどっちかが選ばれちゃうと困るんだよ(笑)。だからふたりとも獲っちゃうか、どっちもダメかがいいんだよ。片方が取ると、付き合いは長いし、これから長生きもしたいし、複雑なものがあります。この際、北方に譲ることにしようかと。
長生きといえば、逢坂先輩は文壇の森繁久弥を目指していて、我々の葬式の弔辞は一手に引き受けてくれることになっているのです。
そう、先輩は、私の弔辞も既に書いてくれているんです(笑)。じゃあ、譲ってもらうことにしようか(笑)。
[ここで会場から質問が飛びました]
北方先生は、小説を書くときに飲んでいたほうが良い文が書けるのでしょうか。それともやっぱりシラフで書いているのでしょうか?
質問ありがとうございます。期待に反するようですが、私は飲みながらは書きません。書き終わってから飲む。だからうまいんです。
ふつう、飲みながら書く作家は非常に少ないです。私が知っている限りでは、高村薫さんだけです。彼女は大きなグラスに氷を入れて、ウイスキーをなみなみと注いで、いつもワープロの横に置いて飲んでいます。あの長い文章をお酒飲みながら書いて、よく主語と述語がつながるなあと感心します。
楽しいお話をありがとうございました。さて、皆さんがおつくりになるレシピは、常識を超越して、まず私が想像もできないレシピです。北方先生のはブレがないですから、ブラインドテイスティングでもすぐわかります。そして「おまえはこのウイスキーの良さがわからないのか」と言われているようで辛いんです(笑)。しかしその意外性が、実はブレンダーとしてとっても勉強になります。さて、それではこれからテイスティングと審査に入ります。皆さんがお作りになったモルトウイスキーを、公平になるようにアルコール度数を20度にして、テイスティングしていただきます。
※壇上の各人の席には、誰がブレンドしたのかわからないように9種類のウイスキーが並べられ、目を閉じて味わったり、香りをかいだり、首をかしげたりしながらブラインドテイスティングによる厳正な審査が行われました。
おめでとうございます。大沢先生のウイスキーは、スモーキーなのですが透明感がありました。ピートの利いた原酒も使っているのですが、バニラ系の甘い香りも見え隠れして、非常にバランスがいいウイスキーです。私もこれに一票を投じました。
他の皆さんのウイスキーもなかなか素敵でした。
石田先生のは、クリーミーかつフルーティーで、狙い通りのソフトな味わいでした。馳先生のはゴツゴツした男っぽさの底に甘さもあり、スモーキーファンに喜んでもらえそうな味です。北方先生のは、まさに軸がぶれないスモーキーでパンチ力があるお酒です。ストレートが似合います。福井先生のは、ピートが利いた原酒とシェリー樽の原酒をうまく使っていて、後熟すれば、さらに美味しくなるでしょう。逢坂先生のは、スモーキーをほんの少し使うというプロはだしのお酒です。重厚感があります。桐野先生のお酒は、濃厚系。華やかでかつ力強い味わいです。今野先生のは、ピートの利いた原酒を使わずに、軽やかで華やか、シングルモルトの初心者には最適です。小池先生のは、軽やかで伸びのある華やかさが魅力。メリハリのあるいいウイスキーです。
わたくしは初代チャンピオンで、謎2000のブレンダーです。ただあの時は市販されずに非売品でした。2000年の大晦日に、私の家で友人たちに飲んでもらったのですが、非売品ゆえに飲んだ方が少ないのが残念でした。それでいつかはもう一度と密かに思っていました。しかし馳さんはじめ、強力なライバルが多くて、なかなか勝てませんでした。もちろんライバルとはいえない人もいなくはないのですが(笑)、ともあれ勝ててとってもうれしいです。勝因は、いつも極力少ししか使わなかった北方さん好みのピーティな原酒を、いつもよりはやや多めにしてながらも、そのスモーキーさをほどよく殺せたことでしょう。それにしても、うれしい。どうもありがとうございました。
ウイスキーの原酒には、大きく分けて2種類あります。大麦を原料とする「モルトウイスキー」と、とうもろこしや雑穀を原料とする「グレーンウイスキー」です。モルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドさせるのが「響」「オールド」などの「ブレンデッドウイスキー」です。一方、大麦原料のモルトウイスキーだけを使ったのが「山崎」「白州」やスコッチの「ザ・マッカラン」「ボウモア」などの「モルトウイスキー」です。さらにこの「モルトウイスキー」にはひとつの蒸溜所だけで作られた原酒のみを使った「シングルモルトウイスキー」と、異なる蒸溜所の原酒を混ぜ合わせる「ピュアモルトウイスキー」があります。今回、推理作家の皆さんが作ったのは、山崎蒸溜所のみで作られたモルトウイスキーの原酒をヴァッティングする「シングルモルトウイスキー」です。
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