日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 13
<覇者たちの「今」を聴く>
沖澤のどか(指揮)インタビュー
日本フィルハーモニー交響楽団とサントリーホールが贈るエレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。2020-21シーズンは、注目の気鋭指揮者とソリストによる「今こそ聴きたい」演奏をお届けします。
シーズン最初の指揮台にあがるのは沖澤のどかさん。昨年9月に若手指揮者の登竜門たるブザンソン国際指揮者コンクール(フランス)で見事優勝、ヨーロッパを中心に活躍の場を広げている指揮者です。現在はドイツ・ベルリンに暮らしていらっしゃいます。
ブザンソンのコンクール優勝、おめでとうございます。その後、様々な土地で演奏会が開かれ、今後も予定されていると思いますが、最近の様子を教えてください。
コンクールで優勝したと言っても現場での経験は圧倒的に足りないため、“実践”に一番興味があります。その場が、コロナウイルスの影響でしばらくなくなってしまったのは非常に残念ですが、その分準備に時間をかけられるのはある意味幸運なことなのかもしれません。
6月10日の演奏会を、日本の皆さんも心待ちにしていると思います。<覇者たちの「今」を聴く>ということで、昨年ミュンヘン国際コンクールチェロ部門で日本人初の優勝を成し遂げたチェリスト・佐藤晴真さんとの初共演になります。
佐藤晴真さんの演奏はベルリンで一度聴いて、音色の豊かさと自然な歌心に感動しました。自分の世界に入り込むというよりは、共演者と親密にアンサンブルをする印象を受けたので、オーケストラと混じり合うように進むドヴォルジャークのチェロ協奏曲は、きっと素晴らしい演奏になるだろうと今から楽しみです。
ご自身もチェロを弾かれていたことがあるそうですね?
趣味でチェロを弾いていた伯父の影響で、子どもの頃に姉と一緒にチェロを習っていました。あまり上達はしませんでしたが、愛着があります。温かみのある音色が何より魅力だと思います。
演奏会後半はブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73です。この曲は沖澤さんご自身が選ばれたそうですが、ドヴォルジャークのチェロ協奏曲 と組み合わせた意図を教えてください。
ドヴォルジャークの才能を見出して支援したのがブラームスなのです。交響曲5番、6番を始めドヴォルジャークの作品には、ブラームスの影響がはっきりと現れています。一方、ブラームスは、「ドヴォルジャークがゴミ箱に捨てた旋律で交響曲を1曲書ける」と言ったそうです。このようなエピソードから、ドヴォルジャークのチェロ協奏曲と合う交響曲ということで真っ先にブラームスが思い浮かびました。協奏曲がロ短調ということもあり、ニ長調の交響曲第2番がぴったりだろうと考えました。ブラームスが長年苦労して作曲した交響曲第1番とは対照的に、避暑地で一気に書き上げた第2番は美しい旋律に溢れ、のびやかで喜ばしい気分に満ちています。全体的には穏やかですが、第2楽章は深い苦しみと祈り、ドイツ語で「sehnsucht」と表されるような痛みを伴う強い憧れが連想されます。これも、ドヴォルジャークが故郷から遠く離れて作曲したチェロ協奏曲に漂う哀愁と通ずるものがあると感じます。
「とっておきアフタヌーン」は、クラシックのコンサートに初めてご来場されるという方も多いシリーズです。ブラームスのどんなところを聴いてほしいですか?
音楽は抽象的なものを言葉にせずにそのまま伝えられることが魅力だと思うのですが、あえて言葉にするなら「生きる悲しみと喜び」を感じながら聴いていただけたら嬉しいです。
日本フィルハーモニー交響楽団とも、今回が初共演ですね。
プロオーケストラのない青森で育った私にとって、日本フィルの演奏会は生演奏に触れられる数少ない機会のひとつで、子どもの頃から憧れのオーケストラです。高校3年生の時に、演奏会後に指揮をされた小林研一郎先生のサイン会に並び、指揮者を目指していると伝えると、「頑張ってね。何か困ったらいつでも僕を訪ねなさい」と言ってくださり、感激したことを覚えています。
サントリーホールとの最初の出会いについて教えてください。
サントリーホールとの最初の出会いは、岩城宏之先生の本の中だったと思います。世界有数の優れたホールということで、いつか訪れる日を子どもの頃から夢見ていました。大学に入学して初めてサントリーホールを訪れた時は、演奏が始まる前の拍手があまりにも心地よく響いて驚いたことを良く覚えています。素晴らしいホールで、素晴らしいオーケストラと演奏できることは最高の喜びです。
指揮を振られている時に見せる楽しそうな表情が印象的です。常に音楽を心から楽しみ、その楽しさをオーケストラと共有されているように思われますが、指揮台に立つ前はやはり緊張されますか?
リハーサル初日はとても緊張します。始まってしまえば緊張している暇はありませんし、実際に演奏している時は他のことでは味わえない喜びを感じます。経験したことのある方はわかると思うのですが、「合奏の楽しさ」というのは本当に特別なもので、これが自分の音楽体験の原点であるように思います。
音楽をしている時が一番自由で、生きている実感が湧いてきます。音楽そのものが私の人生の「とっておき」です。
東京藝術大学を卒業された後、留学先として「演奏会の多い街」ということでベルリンを選ばれたとのこと。現在もベルリンを拠点に活動されています。実際、ベルリンではどのような音楽体験をされましたか?
ベルリンでは毎晩たくさんの演奏会やオペラ、バレエの公演があり、事前にお願いすればリハーサルを見学することもできます。30歳以下は当日券が約1,000円で買えるシステムがあり、2日連続で同じ演奏会へ行ったこともありますし、目的のオペラが直前で売り切れになってしまって、そのまま別のオペラへ出掛けたこともあります。
「とっておきアフタヌーン」は平日14時からの昼公演(マチネ)ですが、夜公演とは違うマチネならではの魅力がありますか?
公演後にゆっくりとお茶をしながら、聴いたばかりの演奏について語り合うのもマチネ公演ならではの素敵な時間です。外光の入るホールなどでは、いつもと違ったホールの雰囲気を楽しめますね。ベルリンのフィルハーモニーホールでは、無料のランチタイムコンサートがとても人気です。
サントリーホールでも、ホワイエの雰囲気やホール前のアーク・カラヤン広場の様子が、夜と昼ではだいぶ変わります。6月は木々の緑も美しい季節ですから、公演前後もたっぷり楽しんでいただきたいです。ヨーロッパでマチネ公演をされる機会もありますか?
ドイツでは来年6月にザールブリュッケンのオーケストラとマチネ公演の予定があります。これは通常の定期公演に先駆けて、プログラムの一部を解説付きで行うもので、子ども向けの公開リハーサルも予定しています。
昨春の「東京・春・音楽祭」リッカルド・ムーティ氏によるイタリア・オペラ・アカデミーで、4人の受講生の中に選ばれ、唯一の日本人として受講されていました。巨匠の教えはいかがでしたか? また、目指す指揮者像などありますか?
ムーティ氏からは音楽の劇場性と、言語と音楽の密接な関係、そしてそこから読み取るべき音色などを学びました。彼の存在感と尽きることのないエネルギーに圧倒されました。最近ではウラディーミル・ユロフスキ氏から近いものを感じました。完璧主義でカリスマ性があり、有無を言わせない指揮。自分には少ない要素だからこそ憧れるのかもしれません。
指揮者としての来シーズンからの活動は、ベルリン・フィルでの常任指揮者キリル・ペトレンコ氏のアシスタントが軸になりますが、同時にオペラのレパートリーを少しずつ広げていきたいと思っています。
先ほど音楽そのものが人生の「とっておき」とおっしゃっていましたが、音楽以外でのとっておきの時間はありますか? ここ数カ月は家の中で過ごす時間が多いと思いますが……
もともと人と会わずにじっとしているのが好きなので、1カ月以上の引きこもり生活も、そこまで苦ではありません。気分転換に散歩やジョギングをしています。自宅から1時間くらい歩いたところに湖があり、白鳥が巣を作って卵を産んだので、いつ産まれるのか楽しみで時々見に出掛けています。自宅では最近はドイツ語の勉強に力を入れていますが、やる気のでない日は一日中猫とゴロゴロしながら本を読んでいます。あとは壁面収納を自作したり、マフィア映画を片っ端から観たり、柄にもなくお菓子作りをしたり、なんだかんだこの時間を楽しんでいます。