<Vol. 8 ドラマティック・ロシア!>
福間洸太朗(ピアノ)インタビュー
サントリーホールと日本フィルハーモニー交響楽団が平日のマチネでお届けするシリーズ「日本フィル&サントリーホール とっておき アフタヌーン」。2018シーズン9月の公演にソリストとして登場するピアニスト・福間洸太朗さんにお話を伺いました。
福間洸太朗さんが、ピアニストとしてサントリーホールのステージに初めて立たれたのは、中学3年生のとき(1997年)。ジーナ・バックアゥワー国際ピアノコンクール(アメリカ)の入賞者記念演奏会で、ブルーローズ(小ホール)の舞台でした。
ドビュッシー『水の反映』、リスト『森のざわめき』、プーランク『ノヴェレッテ第1番』など、コンクールでも弾いた小品をいろいろ弾かせていただきました。その頃ぼくはフランス音楽、なかでもプーランクが大好きだったのですが、そのシンプルな曲をコンクールで演奏した時に、「ものすごくピュアな音楽性を感じた」と審査員の一人の先生が称賛してくださったんです。「あなたがもって生まれたその音楽性を大切にしていけば、きっとすばらしい音楽家になれますよ」と、当時の私には信じられないようなお言葉をいただいて。
ピアニストという漠然とした遠い夢だったものが、形となって見えてきた感じがして、そこから本格的にプロを目指しました。それまでは、いったいどうやってその道を開いていけばよいのかわかりませんでしたが、このコンクールがターニングポイントとなったのです。その曲を披露する場がサントリーホールだったので、とても思い出深いです。
その後、パリ国立高等音楽院に留学されます。やはりフランス音楽がお好きだったからですか?
そうですね。それに、コンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院)は、世界中から才能ある若い人たちが集まる国際色豊かな場で、年齢制限(下限)がないので、1年生と言っても12〜13歳から20歳までいるような、ものすごく刺激的な場所でした。
入学が決まった後、最初に師事した先生からたくさん課題曲をいただいたうちのひとつが、実は、ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番』だったのです。
9月の「とっておきアフタヌーン Vol.8」で演奏してくださる曲ですね!
その当時はまだ、弾いてみたいという憧れはあるけれど、自分に弾けるかどうかわからないというようなレベルだったので、入学までの半年間、みっちり勉強した覚えがあります。実際にオーケストラと演奏したのは、だいぶ経ってから⋯⋯2005年ぐらいにフロリダのコンサートホールで。それからはいろいろな場所で弾く機会がありました。
日本フィルハーモニー交響楽団さんとも、昨年3月に初めてこの曲で共演したのです。山田和樹さんの指揮で。初共演でしたが、最初のリハーサルからぜんぜん不安を感じることなく、オーケストラの海の中で、ぼくは船で安心して自分の行きたい方向に行かせてもらっているという感じで。盛り上がるところではもちろん、荒波になったりもするのですが、それが心地よくて、一緒にドラマをつくっているという感覚がありました。
では、9月14日の「とっておきアフタヌーン」は、同じ曲で日本フィルとの再演となりますね。
そうですね。でも、新しいアイディアを仕掛けてみたり、新鮮な気持ちで取り組みたいと思っています。昨年の日本フィルさんとのラフマニノフを聴いた方がいらしても、あ、なんかこの間とはまた変わったなと感じてもらえると思います。奇をてらうのではなく、自然体のなかで、楽譜からそのとき自分が感じるものを大切に弾きたいです。
演奏会ではその場その場でいろいろなことが起こるので、客席も含め、その場の空気を感じつつ、私はいつも演奏しています。
ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番』の魅力を教えてください。
ピアノコンチェルトとして、とてもよく書かれている曲だと思います。様々なドラマがあって、ロマンティックな情景も浮かび、苦悩の末に勝利を得る。暗闇から光へ。その栄冠を高らかに歌うように、最後は華やかに長調で終わる曲です。
ラフマニノフにとって、鐘の響きというのはとても大切なものだったのですが、このコンチェルトは、ピアノ独奏の鐘の音で始まります。そこからオーケストラによって波が引き出され、そのなかで揉まれていきます。第2楽章、ピアノが伴奏で、フルートやクラリネットがメロディを吹く場面があるのですが、そこは室内楽を奏でている気分になります。ピアノと、オーケストラの中のひとつの楽器とが対話するような。そのなかに、後から弦楽器がフワーッと入り込んできて、和声を奏でるところがあるのですが、すごい快感なんです。さざ波なのか風なのか、本当に視界の色が変わっていくような。大げさかもしれないですけれど、ピアニストとして弾いたことがある人しか味わえない、弾いて初めて知ることのできる、すばらしい感覚です。それを、お客様にもぜひ味わっていただきたいと思います。
ロシアの作曲家ラフマニノフならではの作品だと?
そうですね。ラフマニノフが天才ピアニストであり、すばらしい作曲家で、指揮もする、その3つができた人だからこそ、これだけの曲が書けたのだと思います。オーケストラの音をフルに引き出しながら、ピアノが自然に目立つようになっている。映画の中の主人公のように。ピアノ協奏曲として、不動の名曲と言えるでしょうね。
ラフマニノフ自身にとっても、この曲はターニングポイントとなる重要な曲だったんです。その前に発表した交響曲第1番が酷評され、自信を喪失して数年間スランプに陥っていた時期。精神科医の先生から、「君はピアニストとしてすばらしいのだし、オーケストラのこともよくわかっているのだから、ピアノ協奏曲を書きなさい。そうすれば道が開けるでしょう」と勧められて書いたのが、この曲なのです。それが爆発的に売れて、作曲家として認められた。そんな彼の人生のドラマも、この曲には反映されているような気がして、より感動をよぶのではないでしょうか。
もうひとつエピソードがあるんです。そのラフマニノフのコンチェルト初演を聴いて感極まった精神科医の先生が、楽屋を訪れ「あなたのこの曲は⋯⋯」と伝えようとすると、ラフマニノフはそれを制し、「いいえ先生、これは、あなたの曲です」と言い返したと。彼の人格を表すような話ですよね。
お話を聞いているだけで、ちょっとウルっときました。そんな曲が生まれた背景も知りながら聴くと、演奏や曲のすばらしさをより深く感じられそうですね。
この曲は、映画やフィギュアスケートなどでもよく使われていますし、それだけ人を魅了する要素がこの音楽にはあるんでしょうね。
9月14日の指揮は川瀬賢太郎さんです。
初共演で、ものすごく楽しみにしています。川瀬さんとはまだお会いしたこともないのですが、実は同郷なんです。国分寺市。たぶん隣の中学で、年も2つ違いぐらいなので、共通の友人もけっこういて、いろいろ話を聞いています。ですから、国分寺市民の方々にも楽しみなコンサートになるかもしれません(笑)
国分寺市民のみなさん、ぜひお集まりください(笑) テーマは、「ドラマティック・ロシア!」です。
後半に演奏される『白鳥の湖』(チャイコフスキー)も、個人的にとても楽しみにしています。私も昨年、この曲を友人のベルギー人の作曲家にピアノ用に編曲してもらって弾いたのですが、今回、オーケストラで聴けるのが楽しみです。
福間さんは、昨年のサントリーホールでのリサイタルでも、ラフマニノフやスクリャービン、ストラヴィンスキーなど、ロシアの作曲家の作品を多く演奏されました。お好きなジャンルですか?
そうですね、好きなジャンルのひとつです。ロシア音楽は、感情を包み隠さずにわーっと出せるんです。もちろん音色なども大切ですが、何より、魂を揺さぶるような力強いメッセージが必要とされる。ロシア文学もそうですよね、ドラマティックで、結構どんよりしていて、どんよりしているからこそ、良いことがあった時の喜びはとても大きい。
それと、サントリーホールで初めてリサイタルをさせていただくにあたり、何を弾こうかと色々考え、やはり壮大な世界を描きたくなったんです。それはやはりこの大ホールが持つ響きの良さや空間⋯⋯ぶどう畑のように広がっていく、本当に広い宇宙のような世界。その広がっていく感じが好きなので、それにつながる音楽をと考えたときに、ロシアの作品が多く浮かんだのです。
加耒徹さんのトークも楽しみのひとつです。ロシア民謡『黒い瞳』の歌声で幕が開きます。
ロシア語、難しいですよね。何度か挑戦したのですが、いまだに入門から抜け出せないです(笑)
演奏のために、作品背景だけでなく、言語まで勉強されるのですね。やはり作曲家が普段しゃべっている言語の語感は、曲に通じるものがありますか?
語学が結構好きなので、スペイン音楽にハマった時はスペイン語を、ロシア音楽の時にはロシア語を勉強しました。それに、昨年、カザフスタンとキルギスでツアーがあり、今年もウラル・フィルの方と共演予定があって、挨拶だけでもできたらと思って。
作曲家が話している言語はものすごく参考になります。フレーズのつくり方、リズムや抑揚など、関連性が高いと思います。
「とっておきアフタヌーン」は平日昼間のコンサートシリーズですが、演奏される側にとって、この企画はいかがですか?
僕は案外夜型なので、夜の公演の時は朝までゆっくり寝て、準備もゆっくりできるのですが、待ち時間で疲れてしまうこともあるんですね。昼間のコンサートだと、少し早起きにはなりますが、本番に向けてコンディションは持っていきやすいです。
名曲を取り上げ、その曲に関するトークを交えながらという企画も、すばらしいと思います。私も、自分のリサイタルの時は、演奏の間に短い解説をしたり、事前に曲解説の動画を作ってweb上にあげたりするのですが、結構喜んでいただけて。お客様の聴き方が変わるというか、もっと曲に入り込めて、アーティストとの距離も近づくのかなと思います。(ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」動画はこちら)
そうそう、僕が小さい頃に初めてプロのピアニストの演奏会に行ったのは、サントリーホールの大ホールだったんです。ピアニストの寺田悦子さんのリサイタル。ショパンの『24のプレリュード』を演奏されたこと、アンコールの中の1曲が『月の光』だったことを、覚えています。とにかくまず、ホールに圧倒されました。すごく大きな空間で、あんな大きな舞台に一人、ピアノの前に座って弾かれていて、すごいな〜と。楽屋にも入れていただいて、握手してもらったんです。寺田さんと手の大きさを比べたことも覚えています。
福間さんの人生最初のピアニストとの出会いですね。ピアニストとしてのデビューも、お客さんとしてのデビューもサントリーホールだなんて、いろいろ繋がっていて、なんだか嬉しいです。
ちょうど1年前の9月には、サントリーホールで毎夏行われる現代音楽の祭典『サマーフェスティバル』にご登場いただきましたね。ザ・プロデューサー・シリーズ「再発見 戦前のモダニズムー忘れられた作曲家、大澤壽人」で、大澤壽人のピアノ協奏曲を演奏されました。
はい、それも山田和樹さん指揮の日本フィルさんとの共演でした。大澤壽人という作曲家の作品には、私自身も初めて出会い、すごく勉強になりましたし、好評もいただいて、思っていた以上にたくさんの方から反応をいただいて、嬉しかったです。クラシック音楽は歴史がとても長いので、もう忘れられてしまった作曲家とか作品もたくさんあります。それを再発見して今の時代に演奏すれば、多くの人に受け入れられて、ブームがまたくることもあるのだと、実感しました。(大澤壽人「ピアノ協奏曲第3番」動画はこちら)