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『Hibiki』Vol.6 2019年1月10日発行

サントリーホールから広がる 音楽のよろこび

コンサートホールは、演奏家と聴衆が出会う場所。数百年前につくられたクラシック音楽も、生まれたばかりの作品も、今ここで演奏されることで、集った人々の耳に届きます。
よき音楽家がいて、よき聴き手がいて、よき演奏がホールに満ちたとき、いろいろな感情が渦巻いて、大きな幸福感がすべてを包み込みます。そんな音楽の持つ深いよろこびを分かち合える場であり続けるために、サントリーホールは、「ENJOY! MUSICプログラム」と称したさまざまな活動を行っています。
今号ではそのなかから、若きプロフェッショナルな音楽家を育むアカデミーと、未来を担うこどもたちを対象にしたプログラムをご紹介します。

「こども定期演奏会」2018年シーズンの最終回、こども奏者とオーケストラの共演

「オペラ・アカデミーコンサート」より

室内楽アカデミー出身の葵トリオ

音楽を創るよろこびを

音楽は時間の芸術と言われます。ある瞬間にひとつの音が発せられ、いくつもが重なって響きとなり、響きが重なりあって流れてゆきます。今生まれ、消えてゆく音楽。その時間を共有するのが、演奏家と聴き手です。まさに一期一会。
次代を担う演奏家たちと、より幅広い多くの聴衆との、より素敵な出会いのために――サントリーホールが力を注ぐ「ENJOY! MUSIC プログラム」は、〈音楽に出会うよろこびを〜未来を担うこどもたちへ〉〈音楽を創るよろこびを〜若きプロフェッショナルたちへ〉〈より開かれたホールをめざして〉の3本柱で、クラシック音楽のこれからを見据えて行う活動です。なかでも、若手音楽家を育む「サントリーホール アカデミー(オペラ・アカデミー/室内楽アカデミー)」は、サントリーホール館長の堤剛がディレクターを務め、音楽学校や特定の師弟関係とはまた別の、ユニークな学びの場として注目されています。
25年目を迎えたオペラ・アカデミーでは、プロフェッショナルを目指す声楽家やピアニストたちが、元世界的テノール歌手で指揮者としても活躍するジュゼッペ・サッバティーニら講師陣のもと、発声の基礎からイタリア歌曲、オペラと音楽表現を磨いています。毎年、ブルーローズ(小ホール)で研鑽の成果を披露。今年は2月に、モーツァルトの傑作オペラ『フィガロの結婚』を上演します。
室内楽アカデミーは、世界的チェリストでもある堤剛の提案で2010年に開講。昨年、嬉しいニュースに湧きました。アカデミーで学んだ修了生のピアノ∙トリオ「葵トリオ」が、権威ある「ミュンヘン国際音楽コンクール(第67回)」で、ピアノ三重奏部門第1位に輝いたからです。日本人トリオとして史上初の快挙! 12月には、彼らの本拠地ともいえるブルーローズで凱旋リサイタルが行われ、絶妙なバランスで絡み合う美しきアンサンブルに、称賛の拍手が鳴りやみませんでした。

左:「オープンハウス」にて、指揮者体験(2018年)
右:「こども定期演奏会」2019年シーズンのチラシに採用された絵

お互いの耳になる

世界に羽ばたく新星「葵トリオ」を生んだ室内楽アカデミーは、「室内楽は音楽の原点とも言える」という堤の音楽家としての思いから始まりました。プロを目指す若手奏者(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ)を公募し、2年間の研修のなかでアンサンブルに求められる演奏技術や感性を磨き、室内楽作品のレパートリーを増やして深めることを目標とします。アカデミー・ディレクターとして堤が最も大切にしているのは、「〝教える―教わる〟ではない、皆が対等な音楽家として向かい合う時間」だと言います。
「年齢や経験の違いを超え、一緒に音楽を創り、楽しみ、素晴らしいものを共有する。そういう楽しみを分かち合える人たちが、輪が広がるようにつながっていく場所、それがサントリーホール室内楽アカデミーです」
昨年9月から第5期が始まりました。今期のフェロー(受講生)は17歳から28歳まで26名。カルテットとトリオ合わせて7組の室内楽グループが、ファカルティ(講師)と共に、〝自分たちの音楽〟をじっくり探求していきます。毎月2日間行われるワークショップでは、グループごとに練習してきた曲を披露。ファカルティが皆で意見を出し合い、他のフェローたちもその様子を聴きます。1グループみっちり1時間。国際舞台での長い演奏経験を持つファカルティたちの、実践的で情熱に溢れたアドバイスや、フェロー同士が「お互いの耳になる」こと、演奏が着実に変化していきます。
そして、このアカデミーのいちばんの特徴は、聴衆を前に演奏する機会が数多く設けられていることです。なかでも、ブルーローズで毎年2週間にわたり開催される室内楽の祭典「チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」は、室内楽アカデミーの成果の聴かせどころ。選抜された現役フェローのアンサンブルによる演奏会や、世界の一流演奏家や修了生との共演機会もある、晴れ舞台です。研修期間中に2度のCMGを経験します。

「チェンバーミュージック・ガーデン2018」のENJOY ! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会。第4期生フェローの演奏。

現在のファカルティは6名。日本の室内楽史上に輝くレジェンド「東京クヮルテット」の元メンバー原田幸一郎、池田菊衛(ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)の3人に、毛利伯郎(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)、花田和加子(ヴァイオリン)。そして堤剛が加わった錚々たる指導陣です。
「このアカデミーでは、それぞれのグループで自分たちはこの音楽に何を感じているのか、音楽で何を言いたいのかを全員で議論し、突き詰め、個性溢れる演奏を目指してほしい」とファカルティの池田は言います。それは、「楽器同士が鳴り合った瞬間に、お互いの気持ちがわかりあえる」という室内楽の至上の歓びを知る演奏家ならではの言葉です。
今年のCMGでは皆さんもぜひ、これから音楽家として花開いていく若々しいアンサンブルを、お楽しみください。

年に数回は国内外の一流現役演奏家をゲスト・ファカルティに迎え、特別マスタークラスを開催。この日はフランスのヴォーチェ弦楽四重奏団が来日、第5期フェローの演奏に熱心にアドバイスをくれました。写真右手前は、オブザーバーとして見守るファカルティの池田菊衛。

第67回ミュンヘン国際音楽コンクール 
ピアノ三重奏部門第1位

葵トリオ

秋元孝介(ピアノ) 室内楽アカデミー第3期修了
小川響子(ヴァイオリン) 室内楽アカデミー第3期、4期修了
伊東 裕 (チェロ) 室内楽アカデミー第3期修了

©Daniel Delang
ミュンヘン国際音楽コンクール会場にて。

――コンクールで圧倒的1位、おめでとうございます。
秋元 ありがとうございます。最終ステージまで残り、準備した9曲すべてを演奏できたことが、何よりうれしくて。
伊東 審査員の方から「とても室内楽的で優れていた」という言葉をいただき、アカデミーの2年間で教わった
「緻密にアンサンブルをする」ということが実を結んだのだと思いました。
小川 私は第3期、4期とアカデミーに参加し、CMGなど、日本で最も素晴らしいこのホールで演奏する機会をたくさんいただいたことで、ステージ度胸もつきました。世界レベルで活動されている演奏家の方々とも一緒に弾かせていただき、本番から学んだたくさんのことが、今回のコンクールに活かせたかなと思います。
伊東 ぼくもCMGで池田先生、磯村先生、秋元くんとピアノ∙カルテットで演奏させていただき、長年組まれてきたお二人の阿吽の呼吸などを身近で体験できました。
秋元 音でなければ伝えられないことがあるんだと実感しました。1回の本番にこめるエネルギー、思い、集中力。その瞬間に降りてくるもの。先生方との演奏で、プロとして目指す心構えを目の当たりにしました。
伊東 ぼくと小川さんは3期でカルテットを組んで、弦楽のアンサンブルをしっかり身に付けられた。他のグループの演奏、ピアノ・トリオもよく聴いたことで、こうやってトリオを組むときに、すでに素地があった気がします。

12月14日、ブルーローズでの凱旋リサイタルの様子。

――凱旋リサイタルは、圧巻でしたね。
秋元 ぼくは室内楽のイロハからここで学び、自分で考えていた完成形とファカルティが求めるレベルの違いに、当初、愕然としました。室内楽を本気で学んだこの場でリサイタルさせていただき、ぼくら3人がピアノ・トリオとして、これから可能性を追求していく意志表示ができたのが、とてもうれしいです。
小川 幼い頃から憧れのサントリーホールで凱旋リサイタル、感謝の気持ちでいっぱいです。これから私たちが発展していく第一歩になりました。
伊東 4月から3人でミュンヘンの音楽大学へ入学し、さらに学びながらレパートリーを増やし、ドイツや日本を拠点に演奏活動をしていきます。

音楽に出会うよろこびを

舞台を囲むように客席が配置されたヴィンヤード形式のサントリーホール大ホールでは、ひときわ聴き手を近くに感じて演奏できるそうです。奏者と聴衆の呼吸や感情が、音楽を通じて一体となったときのめくるめく高揚感は、特別な体験です。新鮮な耳を持つこどもたちにこそ、その楽しさを味わってほしい。コンサートホールを身近な存在と感じ、音楽に出会うよろこびを知ってほしい。そんな思いから、「ENJOY! MUSICプログラム」では、年に4回の「こども定期演奏会」、こども向けオルガン企画「それいけ! オルガン探検隊」、サントリー美術館とコラボレートしたワークショップ&コンサート「サントリーアートキッズクラブ いろいろドレドレ」など、こどもたちを主人公とした企画や、サントリーホールを一日無料開放する「オープンハウス」など、さまざまな活動を行っています。

こども定期演奏会

「生まれて初めてコンサートホールで聴くオーケストラ」の記憶は、きっとその先の人生にずっと寄り添っていくはず。
だからこそ、最初から”一流”を体験してもらいたい。東京交響楽団とサントリーホールが共に築いてきた、日本初の試み「こども定期演奏会」は、2019年シーズンで18年目となります。69回目の演奏会となる初回は4月14日、日曜日の午前11時開演です。1回でも十分にお楽しみいただけますが、せっかくの定期演奏会、ぜひ年間4回通しで聴くことをお勧めします。「こどもたちのために、たくさんの大人が一生懸命考えた」楽しさ溢れる、オーケストラの魅力満載の演奏会なのです。4回それぞれ、指揮者もソリストも変わります。
「こどもたちのために、こどもをこども扱いしない」というのが当初からのコンセプト。モーツァルトやベートーヴェン、オペラの曲もあれば現代音楽の作品もあり、演奏機会の少ない隠れた名曲も。それぞれの指揮者がテーマに合わせて作品を選り抜き、集中して聴ける15分以内に1曲が収まるよう聴かせどころを揃えて、フルオーケストラで演奏します。
大人にとっても、バラエティ溢れる音楽のエッセンスを堪能できるプログラムです。今年の年間テーマは《音楽レシピ〜音楽は何でできている?》。『ハーモニー』『メロディー』『スタイル』『リズム』という音楽を構成する4つの要素をテーマに、数々の作品をお届けします。
初回『ハーモニー』を担当するのは、日本全国のオーケストラから引っ張りだこの人気若手指揮者、角田鋼亮。こども定期演奏会には初登場です。
「先入観や偏見なく聴いてくれるこどもたちは、自然で素直な反応を返してくれます。音楽には本能に訴える力があるんです。彼らの脳内のまっさらな画用紙に初めて絵を描くようで、責任も感じますが、とてもワクワクしています」
ご自身も一児の父で、どんな曲を聴かせても興味を持って反応する2歳の子の姿に、日々刺激されているそうです。

指揮者

角田鋼亮(つのだ こうすけ)

角田鋼亮(つのだ こうすけ)

© 大杉隼平

「『ハーモニー』は、音楽の中で私が最も好きな要素。楽しく選曲したので、音楽のなかの色、感情、緊張や解放、人の心を動かす力を体感してください」

輝く才能!

こども定期演奏会では、あらゆる場面でこどもたちの才能が光ります。
毎回幕開けに奏でられる各シーズンのテーマ曲は、こどもたちが作曲します。2018年シーズンで公募によって選ばれたのは、小学2年生の女の子が「はじめてつくった」という曲『小さなあさのコンサート』でした。プロの音楽家が編曲し、オーケストラが演奏します。今年のテーマ曲は現在募集中。小学1年生から中学3年生までが応募対象、締め切りは2月1日、ふるってご応募を!
演奏会のチラシにも、こどもたちが描いた絵がデザインされます。2019年シーズンのチラシには、小学5年生の女の子の絵が採用されました。
そして、シーズンの最終回にオーケストラメンバーとしてステージに上がる”こども奏者”たちのすばらしさ! 昨年12月の公演では、小学3年生から中学3年生までのヴァイオリン、チェロ、フルート、オーボエ、クラリネット、13名のこども奏者が、東京交響楽団と共にビゼー『アルルの女』を奏でてくれました。楽団員同様に堂々とした演奏姿は圧巻! 毎シーズン最終回を指揮し、こども奏者に接してきたマエストロ飯森範親は、
「オーディションから本番まで5カ月足らずの間の成長ぶりが、毎回楽しみなんです。リハーサルの2日間にも、ぐんと進歩します。舞台に立ったことで自信もつき、多くのものを得て、次のステップに進める。オーケストラの皆さんとの出会いも大きなエネルギーになると思います。音楽をやりたいと思っている子たちの目標となる、とても意義深い場だと実感しています」
実際、こども定期演奏会の舞台に立ったこども奏者のなかから、プロの演奏家が何人も生まれ、なんと東京交響楽団に入団された方もいます。こども奏者と元こども奏者が同じ舞台で演奏する素敵な光景は、長年の歴史の賜物です。

指揮者

飯森範親(いいもり のりちか)

飯森範親(いいもり のりちか)

撮影・森口奈々

東京交響楽団正指揮者。2019年シーズン最終回『リズム』を指揮。「こどもたちには元気で豊かな心持ちでいてほしい。音楽で心がほどけて、コンサートって楽しいなと思ってもらえたら」

「こども定期演奏会」では、坪井直樹アナウンサーが指揮者や奏者から、曲の解説や楽器の話などを楽しく聞き出してくれます。こども奏者たちも、オーケストラの一員として演奏したあと、1人ずつ堂々と感想を述べます。

東京交響楽団
第2ヴァイオリン奏者

河裾あずさ(かわすそ あずさ)

河裾あずさ(かわすそ あずさ)

撮影・森口奈々

2003年にこども奏者として舞台に立ちました。他の人と一緒に弾くこと自体が初めてで。100人近くの人たちと音楽を創っていく面白さを知り、楽団員さんが普段どんなことを考えて弾いているかを身近で教わり、すごく勉強になりました。本番は緊張しつつも、ものすごく楽しかった。コンサートマスターの役割がしたくて翌年もチャレンジし、具体的にオーケストラ奏者を目指すきっかけになりました。こども奏者で出会った友だちは、同じ目標をもった同志という感じで刺激になり、今でもつながっています。
東京交響楽団はみんな人柄が温かくて、「今年はどんなこども奏者が来てくれるのかな」って楽しみにしているんですよ。

2004年「こども定期演奏会」でコンサートマスターを務める中学1年生の河裾さん。いちばん右の黒いドレスの女の子です。

コンサートホールを楽しむ休日

「こども定期演奏会」は2019年シーズンより日曜朝の開催になります。開演は11時。少し早めにいらして、都心のサントリーホールをゆっくり楽しんでください。コンサート終了は12時半頃。ランチに繰り出すのにちょうどよい時間。カラヤン広場には、コンサート用にお洒落したママとお子さん、仲良くお茶を飲むパパとお嬢さんなど微笑ましい姿が。フリーアナウンサーの政井マヤさんも、お子さんと一緒にサントリーホールで休日を楽しんでいらっしゃいます。昨年12月、こども定期演奏会の帰りに、お話を伺いました。

政井マヤ

政井マヤ

メキシコ生まれ、神戸育ち。2007年結婚を機にフジテレビを退社、フリーアナウンサーに。TBS朝の情報番組『ビビット』コメンテーター、ニッポン放送『政井マヤ 世界ぐるっとカフェトーク』パーソナリティなど、多方面で活躍中。3児の母。

最初のきっかけは、オープンハウスでした。私自身、クラシック音楽に憧れはあるのになかなか近づけなくて。こどもたちには人生の楽しみとして何か機会を与えられたらと、当時小学3年生だった娘と一緒に遊びに来たんです。ブルーローズ(小ホール)でオペラの名曲コンサートがあり、その解説が面白かったのか、娘はすっかり『フィガロの結婚』にハマって。もともとミュージカル好きだったので、オペラの世界にもすんなり入れたのかもしれません。家でもDVDを何度も見て、口ずさんでいます。「また行きたい」と言うので、翌春(2016年)は「こども定期演奏会」へ。エントランスまで連れて行き、あとはお友達と2人でホールの中へ。「知っている曲もあったよ」なんて楽しそうに帰ってきました。
今日は息子も一緒に3人で。彼は、大河ドラマを見て「この曲を弾きたい」とヴァイオリンを習い始めたのですが、すぐやめてしまい……今日をきっかけに、また興味を持ってくれるといいのですが、サントリーホールの建物のほうに興味があったみたい。あの透明な板は何?(大ホールの音響反射板)とか、いろいろ質問されました。この年齢からサントリーホールに入ることができるだけでも、すごいことですよね。今の自分の感性を使って十分に楽しんでいるんだなあと思います。一番下はまだ1歳半なので、シッターさんに見てもらっていたのですが、カラヤン広場でご機嫌に遊んでいたみたいです。もう少ししたら彼も連れて、主人も一緒に家族みんなでサントリーホールのコンサートを楽しみたいと思います。(談)

政井さんのお嬢さんが友達と2人で聴いた、2016年の「こども定期演奏会」。指揮者の秋山和慶による、鉄道をテーマにした演奏会で会場も一体となって盛り上がりました。