『Hibiki』Vol.3 2018年4月1日発行

春だから、コンサートへ!

コンサートを楽しみたいけれど、何を聴きに行ったらいいのかよくわからない……と、ホールデビューのきっかけがつかめずにいる方、意外と多くいらっしゃるのではないでしょうか。
コンサートホールの入口は、クラシック音楽への入口です。
生の音に一度でも触れたら、未知の扉がすっと開いて果てしなく広がる魅惑の世界が現れるはず。
サントリーホールならではのコンサートの楽しみ方をご紹介します。

世界トップの演奏家たちが日々集う大ホール。ヴィンヤード(ぶどう畑)形式の客席は、どの場所に座っても、音の響きを十分に堪能できます。

第1楽章 ふたつのホールを楽しむ

東京メトロの六本木一丁目駅か溜池山王駅。都心の喧噪が行き交う六本木通りから赤坂アークヒルズに向かい、エスカレーターを1階分上がると、目の前にぽっかりと広場が現れます。樹々の緑、涼やかな滝の音、風渡るアーク・カラヤン広場のその奥に、サントリーホールが静かに佇(たたず)んでいます。コンサート30分前には、ホールエントランスの扉が開かれます。広場の石畳を横切るうちに、今日はどんな音の瞬間に立ち会えるのだろうとワクワク感が高まります。なんとなく早足になって中へ入ると、ふたつのホールが迎えてくれます。
「大ホール」は約2000人の聴衆が集える大空間で、国内外の名だたるオーケストラ、指揮者、ソリストたちが、交響曲や協奏曲など豊かなハーモニーを響き渡らせます。サントリーホールといえば、世界一美しい響きをコンセプトに設計された、この華やかな大ホールを思い浮かべる方がほとんどでしょう。
一方、エントランスを入ってすぐ左側、彫刻の青いバラが壁に咲く「ブルーローズ」は、客席380あまりの小さなホール。演奏者と聴衆が間近で向かい合い、音の時間を共にする、親密な空間です。
ここで主に演奏されるのは室内楽。
「室内楽こそ音楽のエッセンス」と世界的チェリストでサントリーホール館長の堤剛は言います。
「とてもパーソナルで、人間味にあふれた音楽です。何かあたたかいもの、生きている歓びを感じられます」
音の美しさだけでなく、演奏家の表情や息遣いまで伝わってくる、まさに音楽が生まれる瞬間を見て聴いて味わえるのが、ブルーローズなのです。

ブルーローズ(小ホール)。英語で不可能の代名詞とされる“Blue Rose” ですが、サントリーがバイオ技術によって2004 年に新品種「青いバラ」を開発。不可能を可能にする、新たな挑戦の舞台として名づけられました。

第2楽章 室内楽(チェンバーミュージック)を楽しむ

ブルーローズデビューにおすすめなのが、6月に行われる室内楽の祭典『チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)』です。8年目を迎える今年は、6月2日から16日間にわたり、30名を超える演奏家たちが日替わりで20もの演奏会を行います。これほどバリエーション豊かな室内楽を聴けるのは、この時ここだけ。毎年楽しみにされているお客様も多く、近隣のホテルに泊まり毎日通っていらっしゃる方も。さまざまな演奏、さまざまなアーティストや音楽に出会える、聴き手にとっても演奏者にとっても特別な場です。
室内楽とはもともとヨーロッパの宮廷で奏でられたサロン音楽で、二重奏(デュオ)、三重奏(トリオ)、四重奏(カルテット)から十重奏ぐらいまでのアンサンブルのこと。今年のCMGは弦楽器とピアノが主ですが、木管や金管楽器の曲も室内楽にはあります。オーケストラと何が違うかといえば、1人(1楽器)1パート(1楽譜)であること。だからこそ奏者の個性が濃く表れ、演奏家の組み合わせによって、明らかに音楽が生まれ変わるのです。
一体感を持って音を重ね合わせるだけでなく、仕掛けたり仕掛けられたり、歩み寄ったりぶつかりあったり、楽器同士・演奏家同士の音による会話が、目の前で繰り広げられます。うっとりと心の襞(ひだ)に染み入るようなハーモニーもあれば、情熱的な激しい掛け合いも。楽器から発せられた音が空気を揺らし、振動が木の床を伝って客席まで届き、身体の中に響きます。想像以上に刺激的な体感です。
楽器に肉迫できるのも室内楽の楽しみ。ヴァイオリニストの指の動き(目にもとまらぬ速さ! )、ピアニストやハーピストのペダルを踏む足元(激しい動きも! )、チェリストの弓使い(力強い! )。目も耳も感覚もフル回転して聴き入れば、奏者と、音楽と、より一体化していきます。
2台のヴァイオリンとヴィオラ、チェロによる弦楽四重奏は、また特別な響き。今年のCMGは円熟のカルテットが勢揃い。ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めたライナー・キュッヒルと同楽団の弦楽セクション精鋭によるキュッヒル・クァルテットは、ブラームスの弦楽四重奏曲を全曲演奏する「ブラームス・ツィクルス」で、ウィーンの音色を届けてくれます。スペインからは結成20周年のカザルス弦楽四重奏団が。4日間6公演でベートーヴェン弦楽四重奏曲全16曲を演奏する「ベートーヴェン・サイクル」を、ヨーロッパツアーに続いて披露してくれます。そして、日本の室内楽史上に輝くレジェンド「東京クヮルテット」(2013年活動終了)の原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英に、チェロの毛利伯郎が加わった室内楽の超達人(マスター)たちによるカルテットは、CMG定番となりました。サントリーホール室内楽アカデミーの講師陣でもある彼らの、熟練かつエネルギッシュな音の対話に圧倒されます。

2017年の『チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)』
演奏風景。左から竹澤恭子、小山実稚恵、堤 剛。

室内楽アカデミー・フェロー。

左から原田幸一郎、池田菊衛、堤 剛、毛利伯郎、磯村和英、豊嶋泰嗣。

CMGの会場となるブルーローズ(小ホール)。ステージを中央に設置し、客席が演奏家たちを囲むようなスタイル。より一体感が増します。

今年の『ベートーヴェン・サイクル』は、スペインのカザルス弦楽四重奏団。

ウィーンから、キュッヒル・クァルテット。『ブラームス・ツィクルス』で登場。

CMGは6月2日、毎年恒例の『堤 剛プロデュース』でオープニング。初の組み合わせとなる3人の演奏家からのメッセージです。

成田達輝さん(ヴァイオリン)

成田達輝さん

©Marco Borggreve

森の中で世界中のいろいろな鳥が鳴いていて、それぞれ個性ある鳥たちの声を耳を澄まして聴いている人たちがいて、鳥同士も共感し合って、そこにしかない空間が生まれる。チェンバーミュージック・ガーデンはそんな場だと思います。
奏者の呼吸を感じ、音楽そのものを受け取ってくださっている皆さんの様子を、ぼくたちも感じながら演奏しています。その場に居合わせた人たちが共鳴し合い、響き合って、演奏が終わったときにはお互いに新しい世界にいる―豊かな大地や宇宙のような広さを感じたり、今までに感じたことのない感情や愛情を感じたり、より自分らしい自分になっている。それは、このうえない幸せだと思います。音楽はさまざまな記憶や感情を呼び覚ますスイッチ(装置)のようなもの。当日皆様と音楽を共有できることを楽しみにしています。

萩原麻未さん(ピアノ)

萩原麻未さん

©Akira Muto

私にとってサントリーホールは特別なホール。そこで、偉大な音楽家、堤剛先生と一緒に演奏させていただくのは大きな歓びです。いつも包み込むような存在感で、チェロからあたたかい問いかけを頂き、ピアノでお返事すると、また返ってきて……楽器を通して音楽の会話をしているようです。醸し出される空気を察知し、流れる波に乗るように、すーっと溶け込むことができたらと思います。
室内楽は、一緒に弾く相手によって生まれるものがまったく変わります。ヴァイオリンの成田達輝さんも加わっての三重奏は、初めて組む3人の感覚がどんな化学反応を起こすか、すごく楽しみです。そしてコンサート本番、聴いてくださるお客様の呼吸やオーラ、熱気があって初めて、音楽が生きてきます。音楽が喜んでいるのだと思います。特別な場です。
奏者同士のアイコンタクトや投げかける表情でも、臨場感を味わっていただけると思います。なにより、音楽を通して3人の対話から、皆様の心に何かメッセージを届けられたら幸いです。

堤 剛さん(チェロ)

堤 剛さん

©鍋島徳恭

「普段の演奏会ではなかなかできない特別なプログラムに挑戦する」のが、堤剛プロデュース。今年は、世界が注目する若き作曲家・酒井健治さんに、チェロ曲を書き下ろしていただき、世界初演となります。大変素晴らしい曲で、演奏するのはとても難しい曲なので、私にとって非常にフレッシュなチャレンジです。また、萩原麻未さん、成田達輝さんのような、自分にはないものを持っている若い演奏家の方々と共演することは、サプライズもありますし、とても勉強になります。センシティビティ豊かで、一緒に何かを創っていく歓びがあります。
演奏家との出会い、曲との出会いが綿々と続いているのがCMGです。サントリーホール室内楽アカデミー受講生たちが演奏する良き機会でもあります。伝統的な室内楽でありながら、初代館長・佐治敬三の口癖でもあった「エトヴァス・ノイエス=なにか新しいこと」が生まれる場。今までにないような何かを体験できる場です。楽しみにいらしてください。

堤 剛プロデュース2018

ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第4番 ハ長調
マルティヌー:ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲第1番
酒井健治:レミニサンス/ポリモノフォニー(世界初演)
ドヴォルジャーク:ピアノ三重奏曲第4番 ホ短調「ドゥムキー」

第3楽章 マチネ(昼公演)で楽しむ

コンサートの楽しみは、気持ち華やぐお出掛けの楽しみでもあります。ちょっとオシャレして、気の合う人と連れ立って音楽のただ中へ。コンサートの前後には、お茶したり食事したりお酒を飲んだり。夜のざわめきも素敵ですが、明るい陽射しを浴びてコンサートホールに向かうのも、とても開放的な気分です。昼間の音楽は夜までずっと、身体の中を心地よく巡ります。
マチネで大ホールデビュー。おすすめしたいのが『とっておきアフタヌーン』シリーズです。日本フィルハーモニー交響楽団と、クラシック音楽界でいま注目の指揮者、ソリストを迎え、協奏曲(=コンチェルト/独奏楽器とオーケストラによって演奏される曲)を中心に名曲をお届けする、平日14時からのコンサート。今シリーズ初回となるVOL・7はゴールデンウィーク期間の5月2日。気鋭のチェリスト宮田大が登場し、チャイコフスキー『ロココの主題による変奏曲』を演奏します。
「小編成のオーケストラとぼくのチェロで物語をつくっていく感じです。チェロは太い音がしたり、高くむせび泣くような音がしたり、人間の声にごく近い楽器。チェロが魅力的なアリア(独唱曲)を歌うような場面もあり、いろいろな楽器と絡み合う場面もあり。さまざまな人物が出てくるオペラを見ているような気持ちで聴いていただけたら、嬉しいです」
指揮は、鍵盤奏者(チェンバロ、オルガン、ピアノ)で音楽監督やプロデューサーなど多方面で活躍する鈴木優人。
「大勢で奏でるオーケストラひとりひとりの音楽への思いや解釈を、ひとつの流れにしていくのが指揮者の仕事。非常にライブな作業で、オルガンと同じように大きなものを動かす楽しさがあります」
ナビゲーター役の〝美しきバリトン歌手〟加耒徹の歌声で始まり、ヘンデル、チャイコフスキー、ベートーヴェンの、明るく躍動する曲が揃います。オーケストラの醍醐味、ソリストが紡ぎだす音色、曲の解説やトークもあり、クラシック音楽の魅力満載の約2時間。音楽を通してどんな情景、どんな物語が浮かぶでしょうか。ちなみに、VOL・8(9月14日)に登場するピアニスト福間洸太朗、VOL・9(2019年2月26日)のヴァイオリニスト成田達輝は、6月のCMGでも華麗な演奏を披露してくれます。好きな演奏家や指揮者、オーケストラを見つけられたら、コンサートホールはより身近な存在になるでしょう。
マチネのおすすめもうひとつは、毎月1回木曜日のお昼に行われる『オルガンプロムナード コンサート』(8月を除く)。12時15分から30分間という絶妙な時間帯で、入場無料というのですから、会社勤めの方もお昼休みを利用して気分リフレッシュ! 世界最大級、5898本のパイプを持つオルガンの響きを、ぜひ体感ください。前期は4月19日、5月17日、6月14日、7月12日、昼12時開場予定です。

5月2日、日本フィルハーモニー交響楽団、指揮:鈴木優人、チェロ:宮田 大で贈る『とっておきアフタヌーン』。テーマは、ロマンをめぐる物語――“ 躍動”。

第4楽章 親子で楽しむ

お子さんと一緒にサントリーホールを楽しむなら、『こども定期演奏会』へ。2002年より東京交響楽団とサントリーホールが毎年行っている、日本初のこどものためのオーケストラ定期演奏会(年4回公演)です。今シーズンのテーマは《音楽と感情》。各回それぞれ「笑って (^o^)」「怒って (`́)」「泣いて (T̲T)」「楽しんで ヽ(^o^)丿」という4つの気持ちを表現した音楽をお届けします。初回は4月21日(土)11時開演。指揮は東京交響楽団音楽監督のジョナサン・ノット。
「ユーモラスで珍しい作品が並ぶ、とても面白いプログラムを用意しました。音楽は私たちと皆さんで共につくっていくもの。一緒に音楽を感じてくださいね」
こどもたちの知性や好奇心を刺激したいと言うノット氏ですが、もちろん、大人の感性も刺激されます。
毎回オープニングに演奏されるテーマ曲は、全国の小学1年生から中学3年生に公募し採用された曲。今年はどんなメロディーを、どのような子が、どのような想いで作曲したのでしょう。4月21日の舞台でお披露目されます。

2016 年度の『こども定期演奏会』の様子。

最終楽章 作曲家を楽しむ

この春行ってみたい♪演奏会、見つかりましたか? 最後に、毎日何かしらのクラシックコンサートが開かれているサントリーホールだからこその、楽しみ方をご提案します。
ひとりの作曲家を追う。
何百年もの間、あまたの作曲家が数えきれないほどの曲を生み出してきました。たとえば、ベートーヴェンが生涯に書いた曲は、自身が付した作品番号だけでも138、オーケストラによって演奏される壮大な交響曲は9つあります。
今年のサントリーホールカレンダーを丹念に眺めてみると……9つすべての交響曲を聴く機会があるのです。オーケストラ、指揮者はさまざま。日本フィルが交響曲第5番「運命」(4月7日)と第7番(5月2日『とっておきアフタヌーン』)を、NHK交響楽団は第7番と第8番(4月25日、26日)、佐渡裕率いるトーンキュンストラー管弦楽団は第6番「田園」(5月17日)、クリーヴランド管弦楽団は交響曲全曲演奏会(6月2〜7日)、ベルリン交響楽団が第5番と第7番(6月22日)、新日本フィルハーモニー交響楽団が第8番(7月4日)、東京交響楽団は『こども定期演奏会』で第3番「英雄」第2楽章(7月7日)を、定期演奏会で第6番(9月22日)を。また、年末には多くのオーケストラが第九を演奏します。ベートーヴェンの交響曲を追うだけでも、こんなに豊かな出会いがあるのです。
6月のCMGでは、カザルス弦楽四重奏団が弦楽四重奏曲を全曲、結成31年目のフランスのトリオ・ヴァンダラーがピアノ三重奏曲第4番「街の歌」を演奏します。ピアノ曲ではほかに、マリア・ジョアン・ピリス(4月12日)、仲道郁代(4月30日)がピアノ・ソナタを、東京フィルハーモニー交響楽団と清水和音がピアノ協奏曲第5番「皇帝」(4月8日)を、東京都交響楽団とルーカス・ヴォンドラチェクがピアノ協奏曲第4番(5月13日)を奏でます。さらに、ベートーヴェン唯一のオペラ『フィデリオ』を演奏会形式で聴くチャンス(5月8日 東フィル定期演奏会)まであるのです!
今年はドビュッシー没後100年、バーンスタイン生誕100年、ロッシーニ没後150年などの記念年でもあります。何かのきっかけで気になった作曲家を追ってみれば、出会いが無限に広がります。何百年前のどこかで、作曲家の頭に浮かび楽譜に書き写された音が、今、目の前で、世界各国の演奏家によって奏でられ、サントリーホールに響きわたります。その瞬間を共有する歓びは、時空を超えた奇跡かもしれません。