インタビュー

サントリーホール室内楽アカデミー第7期 フェローインタビュー
クレアール・クァルテット 東 亮汰(ヴァイオリン) 山梨浩子(チェロ)

山田治生(音楽評論家)

サントリーホール室内楽アカデミーの第7期(2022~24)にクレアール・クァルテットのメンバーとして参加したヴァイオリンの 東 亮汰さんとチェロの 山梨浩子さんに室内楽アカデミーでの感想などをきいた。東さんは第6期(2020~22)ではポローニア・クァルテットのメンバーとして参加し、山梨さんは第5期(2018~20)にクァルテット・ポワリエ、第6期にドヌムーザ弦楽四重奏団のメンバーとして室内楽アカデミーで研鑽を積んでいた。

サントリーホール室内楽アカデミー参加のきっかけを教えていただけますか?

山梨浩子:ヴァイオリンの宮川莉奈さんからのお誘いで、室内楽アカデミー受講の録音審査用の録音のために集まったのがクァルテット・ポワリエの始まりでした。4人とももともと知り合いでした。弦楽四重奏は、(桐朋学園)大学時代から4年間勉強していましたし、一番学びたいことでした。堤剛先生、磯村和英先生、そして私の師匠でもある毛利伯郎先生には大学の室内楽の授業で習っていて、素晴らしい先生方とわかっていましたので、サントリーホールの室内楽アカデミーを受けたいと思っていました。

東 亮汰:僕が(桐朋学園の)高校2年生のときに、ポローニア・クァルテットのメンバーと組んで、学校でレッスンなどを受けるようになりました。室内楽アカデミーに参加するようになったのは僕が大学3年生のときでした。室内楽アカデミーに参加する前から大学でもポローニア・クァルテットとして、磯村先生、池田菊衛先生にレッスンを受けていました。そして、先生方のお勧めもあり、より本格的な室内楽を学びたいと応募しました。

クァルテット・ポワリエ
(宮川莉奈、若杉知怜、佐川真理、山梨浩子)
2019年6月15日 室内楽アカデミー・フェロー演奏会2 より
ポローニア・クァルテット
(東 亮汰、岸菜月、堀内優里、小林未歩)
2022年6月11日 室内楽アカデミー・フェロー演奏会1 より

室内楽アカデミーを受講した感想を教えてください。

山梨:自分を見つめ直すというか、人にも自分にも向き合うことのできた時間でした。6年前の自分と比べて、室内楽アカデミーですごく成長できたと自分で思えるくらい、とても良い経験でした。

東:毎回、複数の先生方、多い時には7人の先生からいろんな意見があって、先生によっておっしゃることの方向性や気になる点が違っていたりすることもあり、演奏でいろんな意見を毎月得ることができたのは、室内楽に限らず自分個人の音楽の発展につながったと思います。僕もゆくゆくは指導もやりたいので、教え方の面でも、勉強になりました。

山梨さんは、クァルテット・ポワリエ、ドヌムーザ弦楽四重奏団、クレアール・クァルテットの3団体で6年間、室内楽アカデミーを受講されましたが、それぞれの団体での思い出を話していただけますか?

山梨:ポワリエのときは、室内楽アカデミーが初めてで、まわりはすごい方ばかりで、レッスンでも毎回緊張していました。ハイドンの「日の出」のレッスンのとき、花田和加子先生に「4人の間に壁があるように感じる」といわれました。それからは、コミュニケーションをとったり、アイ・コンタクトをしたり、お互いを感じ合ってより尊重するようになりました。最終的には人間的にとても気が合うメンバーと有意義に取り組めたと思います。ポワリエは、私も含めて、音楽表現の積極性が少し足りなかったかなと思います。でも最初の頃よりは一人ひとり思いきり表現できるようになりました。

ドヌムーザは、また室内楽アカデミーを受けたいということで、第3期に参加していたヴァイオリンの入江真歩さんと、あとの二人(木ノ村茉衣さんと森野開さん)に声をかけました。ドヌムーザは一人ひとりの個性が強い感じでしたね。一人ひとりの音色も違いました。最初は個性爆発(笑)で面白かったです。意志の強い人ばかりだったので、意見がぶつかり合うこともあり、それが私にとっては新鮮でしたが、ぎくしゃくすることもありました。1年目の合宿(注:とやま室内楽フェスティバル)で、練木繁夫先生が「ぶつかることは良いことだけど、まず音楽のために考えてね」と言われました。お互い人間同士なので感情とか、個人的なことに目を向けてしまいがちですが、音楽第一に、音楽をよくするためにやっていこうということにしました。

クレアールも室内楽アカデミーを受講するために4つの団体から一人ずつ集まって組みました。私と前田妃奈さんでは7歳差というように、年代は離れていましたが、4人とも経験があり、最初、弦楽四重奏で、すごくはまったなと思ったら、前田さんが(2022年10月にヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールに優勝して)巣立っていって、その年の合宿は、弦楽三重奏で受講しました。そのときのドホナーニとベートーヴェンの作品9-1は選抜演奏会でも弾きました。そして次の年にピアノの三浦舞夏さんが入って、ピアノ四重奏になりました。私は、弦楽器以外の人と長くアンサンブルを組むのは初めてで、すごく可能性が広がるなと思いました。

東さんはポローニア・クァルテットとクレアール・クァルテットで計4年間、室内楽アカデミーを受講されましたね。

東:ポローニアは、それまで4年間やっていたとはいえ、数回リサイタルをしたものの、細く長くという感じでしたが、室内楽アカデミーに入ると、先生方を前に毎月1曲持っていかなければならず、合わせる回数がすごく増えました。“緻密なアンサンブル”という言葉を聞く機会が多くて、“緻密なアンサンブル”を実現するのに苦労した思い出があります。
そして、弦楽四重奏の音としてのコントラスト、4人で積極的にピアノやフォルテを作らないと弦楽四重奏の音としては中途半端になりやすい、そういうことを大いに実感して学びました。
また、ベートーヴェンでのクレッシェンドした先のスビト・ピアノ(急激なピアノ)の瞬間については、ベートーヴェンをやるたびに、悔しいことに、どの先生にも何度も言われました。なので、スビト・ピアノについてはベートーヴェンのどの作品の楽譜を開いても常に意識するようになりました。
そのほか、磯村先生が「スポンテイニアス spontaneous」とおっしゃっていたのが印象に残っています。作為的ではなく、人工的にはならず、自然な流れで、その場で即興的にやりたいことをすることをおっしゃっていました。

クレアールでは、弦楽四重奏→弦楽三重奏→ピアノ四重奏という3つの編成に集中的に取り組めたことが大きな収穫です。同じ室内楽でも、それぞれのアンサンブルの違いが感じられたのは、とても貴重でした。弦楽三重奏ではそれぞれにソロっぽいところもあり、ヴァイオリンがバス(低音)のパートを弾くようなところもあり、それは弦楽四重奏やピアノ四重奏にはないものでした。とやま室内楽フェスティバルは、毎年、濃い期間でしたが、2022年に、弦楽三重奏で取り組めたのは本当に貴重な経験でしたね。ヴァイオリンのいろいろな立ち位置、自分のポジショニングをいろいろな編成を交えて実感できたのは一番大きな経験でした。

山梨:弦楽四重奏では、池田先生が「クァルテットはベース・ラインから」とおっしゃっていたので、自分が引っ張っていかなきゃと思って、最初の1,2年はがんばり過ぎていました。猪突猛進なベース・ラインを弾いていましたね。
クレアールになって、ピアノ四重奏でも、弦楽三重奏でも、自分がやらなくても任せられるような感覚になりました。それは東君に引き付ける力があるからで、それに寄り添うバスもいいんじゃないかという感覚に初めてなりました。

東:ポローニアのときは、積極性をいわれてきたので、引っ張らなきゃという気持ちが強かったですね。クレアールでは、クァルテット観も変わり、下に乗っかって作るというアンサンブルもあると実感できました。

クレアール・クァルテット
(東 亮汰、古市沙羅、山梨浩子、三浦舞夏)
2024年6月15日 ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会2

室内楽アカデミーを通して、他のフェロー(受講生)からどんな刺激を受けましたか?

東:クァルテット・インテグラ(第5期、第6期生)は、やっぱり一味違いました。みんな自発性があり、バランスが保たれていて、ある意味、弦楽四重奏の理想の詰まった団体だと思っていました。素晴らしいなと思いました。

山梨:インテグラは一目置く存在でしたが、友だちとしても話をする仲でした。先日、共演する機会があり、彼らの音楽の作り方や姿勢に感銘を受けました。あとはトリオ デルアルテの内野佑佳子(第4期、第5期生)さんは音楽性や歌心が凄いなあと思いました。

東:室内楽アカデミーは、ほぼ同年代のグループばかりで、それぞれ特徴の違いが面白く、良い刺激をもらえた特別な場所でした。

山梨:ドヌムーザは感情的なタイプでしたが、レグルス・クァルテット(第6期生)は冷静でかつ完成度が高く、自分たちとはキャラクターが違うからこそ意識していました。

月例ワークショップの様子
(2024年3月クレアール・クァルテット)

室内楽アカデミーでの活動を通して、特に印象に残っていることや思い出は何がありますか?

東:毎年のチェンバーミュージック・ガーデンでのフェロー演奏会は特別な舞台でしたね。期間中に2回弾くので、1年かけてそこで何を弾くのか、どういう演奏がしたいか考えました。ブルーローズで室内楽ができる機会はそんなにないので、毎年、すごく楽しみにしていました。

山梨:合宿(とやま室内楽フェスティバル)もすごく楽しかったですね。

東:一週間も室内楽だけを考えて、レッスンも毎日3回程度受けられる。そんなにない機会です。毎晩ぐっすり眠れました(笑)。

山梨:私は、とやま室内楽フェスティバルで、ドヌムーザが磯村先生とモーツァルトの弦楽五重奏曲第4番ト短調を美術館で弾いたのがとても印象に残っています。磯村先生は、大学1年生から習っていて、私の”室内楽の父”のような存在です。磯村先生が入ってくださって、緊張するかなと思っていたのですが、その場を温かくしてくださるお人柄で、私たちの意見を聞いて、尊重してくださり、何よりもあの音を間近で聴いて、その音に寄せる一体感は感動的でした。ドヌムーザはぶつかった分、思い入れも強いカルテットでした。

東:一昨年の合宿では、三人だったときに、池田先生に入っていただいて、ラヴェルの弦楽四重奏曲を弾いたり、練木先生が入ってくださって、ブラームスのピアノ四重奏曲を弾いたり、本番がなくても、一緒に弾いてくださったのは、合宿ならではの特別な思い出です。
あと、CMGで葵トリオのみなさんと昨年はシューマンのピアノ五重奏曲を演奏したり、バボラークさんとホルンと弦楽合奏やバルトークのディヴェルティメントを演奏したりしたことが印象に残っています。CMG2022のフィナーレで堤館長が室内楽アカデミーの弦楽合奏とともにソロで「コル・ニドライ」を弾かれた、ああいう熱気のなかで弾くことができたのは、このアカデミーの特別なことの一つだと思います。

ご自身の室内楽に対する思いを聞かせてください。

東:オーケストラで弾くときも、ソロでオーケストラと共演したときでも、デュオのときでも、根底には室内楽があります。室内楽で学んだアンサンブルは、かけがえのないものだと実感しています。僕自身、室内楽がかなり好きで、室内楽アカデミーで本格的に勉強できたのはすごく重要なこと、特別なことだったと思っています。
どの曲でも、自発性が必要で、メンバーが一人でも違うと異なる音楽になり、その危うさやそのバランスが良いなと思います。
オーケストラでは指揮者がいますが、室内楽ではそれぞれの意見があって、人間関係をうまく保ちながら、一番良い落としどころを見つけようとします。それは難しいことですが、そのなかで、人間的な部分を学びました。それが、室内楽の難しさでもあり、魅力でもあります。
生きているうちに、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲弾きたいですね。

山梨:室内楽で、聴くことを学びました。音を聴くのはもちろんですけど、人の意見に耳を傾けたり、思いに寄り添ったり、まわりを聴くことで自分を見出せると思います。内面的にとても学びました。そして、先生方の音楽への愛とパッションを感じました。私は、ブラームスの室内楽が好きです。今後も積極的に取り組んでいきたいです。

ご自身の将来について、話していただけますか?

東:僕の理想といえば、樫本大進さんみたいに、コンサートマスターをベースとしながら、ソロも、室内楽も、ヴァイオリンで関われる様々なクラシック音楽のジャンルを弾いていきたいと思います。
ヴァイオリンのいろいろなレパートリーに、多くの曲に、なるべく多くの形で触れることができればというのが僕の一つの目標です。指揮をすると、指揮の目線で、作品をより多角的に作品を見ることができるので、そういう機会も大事にしたいと思っています。そして、それは教えることにも生きるかなと思います。

山梨:今後は読売日本交響楽団の団員としての活動をベースにしますが、室内楽もやっていきたいです。読響は私にとって、思い切り表現ができ、音楽のよろこびを感じられる場所です。伝統あるサウンドを守りつつ、より良く変化していけるよう、音を磨いていきたいと思います。その上で、室内楽へも情熱を注ぎ続けられたらと思います。室内楽は私にとって特別な存在です。いずれ常設の弦楽四重奏団もやりたいですね。