トピックス

サントリーホール室内楽アカデミー第7期
2023~24年 開催レポート

山田治生(音楽評論家)

サントリーホール室内楽アカデミー第7期の2年目は、2023年9月にスタートした。第7期は、大学生からオーケストラの団員やソリストとして活躍するプロの奏者まで、実に多様なフェロー(受講生)たちがそれぞれに個性的なグループを組んで室内楽の研鑽を積んだ。
1年目からの大きな変化としては、ヴァイオリンの前田妃奈が離れて3人で活動していたクレアール・クァルテット(東亮汰、古市沙羅、山梨浩子)に、ピアノの三浦舞夏が加わり、新たなクレアール・クァルテットとして活動を開始したことがあげられる。ピアノ四重奏のグループの室内楽アカデミーへの参加は初めてではないだろうか。フォーレ四重奏団やカピバラ・ピアノ・クァルテット(2023年大阪国際室内楽コンクール優勝)など、常設のピアノ四重奏団が増えているなか、この編成での再スタートは注目された。
そのほか、昨年に引き続き、カルテット・インフィニート(落合真子、小西健太郎、菊田萌子、松谷壮一郎)クァルテット・フェリーチェ(五月女恵、清水耀平、川邉宗一郎、蕨野真美)カルテット・プリマヴェーラ(石川未央、岡祐佳里、多湖桃子、大江慧)ほのカルテット(岸本萌乃加、林周雅、長田健志、蟹江慶行)トリオ・アンダンティーノ(城野聖良、高木優帆、渡辺友梨香)ポルテュス トリオ(菊野惇之介、吉村美智子、木村藍圭)が参加。
講師陣では、堤剛サントリーホール館長がアカデミー・ディレクターを務め、ファカルティは、昨年度と同じく、原田幸一郎、池田菊衛、花田和加子、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫が担った。
室内楽アカデミーでは、1月に1度、2日連続でワークショップが開催される。フェローたちは、1回に60分から90分ほどのレッスンを受ける。そして、複数のファカルティが様々な視点から多角的に感想や意見を述べる。しかし、ただ教えるというだけでなく、ときにフェローは質問され、フェローも意見を言う。まさにワークショップである。世界的に著名な元東京クヮルテットの3人がファカルティを務めているというのがこのアカデミーの大きな特徴であるが、ピアニストの練木氏がピアノの入る室内楽だけでなく、弦楽四重奏にも広い視点から意見を述べるのも特色となっている。堤館長もしばしばワークショップに参加。花田氏、毛利氏の細やかな指導はフェローにとってとても有益である。
11月初旬には、ファカルティ、フェロー全員で、恒例のとやま室内楽フェスティバルに参加。フェローの間では”合宿”と呼ばれる、室内楽漬けの一週間。レッスンのほか、ホールや美術館で様々なコンサートが開催され、ファカルティ、フェローが出演した。

©飯田耕治
ワークショップでは様々な意見が交わされる
ブルーローズ(小ホール)での指導

室内楽アカデミー特別公演:ほのカルテットリサイタル開催(23年12月)

12月19日には、サントリーホール室内楽アカデミー特別公演として「大阪国際室内楽コンクール2023弦楽四重奏部門第2位記念 ほのカルテットリサイタル」 がひらかれた。ほのカルテットは、室内楽アカデミーのフェローであるが、第1ヴァイオリンの岸本萌乃加は読売日本交響楽団の次席奏者、第2ヴァイオリンの林周雅はソリスト、ヴィオラの長田健志はジャパン・ナショナル・オーケストラのメンバー、チェロの蟹江慶行は東京交響楽団のメンバー、として活躍するプロフェッショナルの集合体である。ハイドンの弦楽四重奏曲「冗談」は、本人が楽しんで弾くだけでなく、聴き手を楽しませようとするような演奏だった。そのいたずら心を交えたパフォーマンスはハイドンの精神に通じるものがある。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番は彼らが大阪国際室内楽コンクールの本選で演奏した作品。よく練り上げられていた。最後はメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第4番。岸本のヴァイオリンの魅力が際立つ。プロの弦楽四重奏団としての今後がますます楽しみになる公演だった。

ほのカルテット
岸本萌乃加、林周雅、長田健志、蟹江慶行

チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)に向けての選抜演奏会 (24年4月)

4月3日、4日に、1年間の研鑽の成果を示す“選抜演奏会”(非公開)がブルーローズ(小ホール)でひらかれた。これは、各団体がファカルティ全員の前で演奏し、それによってチェンバーミュージック・ガーデン(CMG)での出演機会が決定されるというものである。各団体は各室内楽曲の全曲を弾き、演奏後にファカルティが感想やアドバイスを述べるという形式がとられている。
3日は、ポルテュス トリオがシューマンのピアノ三重奏曲第1番を、カルテット・プリマヴェーラがチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番を、カルテット・インフィニートがモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩」とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」を、クレアール・クァルテットがモーツァルトのピアノ四重奏曲第2番とブラームスのピアノ四重奏曲第3番を弾き、4日は、カルテット・プリマヴェーラがモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩」を、トリオ・アンダンティーノがベートーヴェンのピアノ三重奏曲第5番「幽霊」とメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番を、ポルテュス トリオがブラームスのピアノ三重奏曲第2番を、クァルテット・フェリーチェがラヴェルの弦楽四重奏曲を演奏した。
ファカルティからは「素晴らしい!」「ブラボー!」「エクストリーム!」「見事な演奏」「技術的に難しい曲を頑張った」「成長が聴けてうれしかった」などの感想が述べられ、第7期のレベルの高さと成長が実感された。
そんな中で、チャイコフスキーでは「ロシア音楽として違和感があった」、モーツァルトでは「ウィーンらしい優雅さが足りない」、ラヴェルでは「フランス語の鼻にかかる発音がない」などの指摘もあった。つまり、フェローたちは、ファカルティから、楽譜の再現以上のものが求められている。もちろん、一つの演奏に対してファカルティの意見が分かれることもあり、ロシア的、ウィーン的、フランス的といっても答えは一つではない。それらは、楽器の練習だけでなく、フェローたちが、できるだけ多くの文化や芸術に関心を持ち、自分たちで考えて感じていかなければならないものに違いない。

主要コンクールでアカデミー生団体が上位独占、自主企画による公演も

4月下旬の第13回秋吉台音楽コンクールでは、カルテット・インフィニートの3人(落合真子、小西健太郎、松谷壮一郎)とクァルテット・フェリーチェの1人(川邉宗一郎)が組むカルテット風雅が第1位、カルテット・プリマヴェーラが第2位に入賞した。クァルテット風雅は山口県知事賞、ベートーヴェン賞も合わせて受賞。日本有数のコンクールでの上位独占は、サントリーホール室内楽アカデミーのレベルの高さを示す結果となった。
5月27日には、ほのカルテットがブルーローズでの初めての自主公演「室内楽の響きVol.1 ~名手を招いて~」を開催。ヴォルフの「イタリア風セレナード」、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番のほか、ヴィオラに鈴木康浩、チェロに山崎伸子を招いて、チャイコフスキー:弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」が演奏された。

「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」開催 (24年6月)

そして「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン2024」が6月1日に始まり、室内楽アカデミーのフェローたちの2年間の成果を示す「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」が6月8日と15日に開催された。

ポルテュス トリオは、シューマンのピアノ三重奏曲第1番より第1楽章(8日)、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第3番より第1楽章、第4楽章(15日)を演奏。シューマンでは、ピアノの菊野が表情豊かな演奏でアンサンブルをリードしたが、ベートーヴェンでは、三人のコミュニケーションやアイコンタクトが以前よりも一層積極的に、密になったように感じられた。

トリオ・アンダンティーノは、ブラームスのピアノ三重奏曲第3番より第3楽章、第4楽章(8日)、ラヴェルのピアノ三重奏曲より第1楽章(15日)を取り上げた。アンサンブルとしてのまとまりがあり、粗野になることなく、常に美しい演奏を繰り広げる。ブラームスでのチェロの高木優帆の深みのある音色が印象に残った。

ポルテュス トリオ
トリオ・アンダンティーノ

クレアール・クァルテットはR.シュトラウスのピアノ四重奏曲より第3楽章、第4楽章(15日)を披露。東亮汰のヴァイオリンが美しく、ヴィオラの古市沙羅とチェロの山梨浩子には一体感がある。そしてピアノの三浦舞夏がスケールの大きな演奏。4人で美しく歌い上げたアンダンテ楽章が特筆される。

カルテット・インフィニートは、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番より第1楽章(8日)と同第4楽章(15日)を演奏。第1ヴァイオリンの落合真子の活躍が際立ったが、アンサンブルは一つにまとまり、集中度も高い。

カルテット・プリマヴェーラはモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番より第1楽章(8日)とプロコフィエフの弦楽四重奏曲第1番より第1楽章、第2楽章(15日)を弾いた。モーツァルトでは4人の楽しいやりとりが聴けた。プロコフィエフの第1番は演奏機会の極めて少ない曲で、ワークショップの際に、百戦錬磨のファカルティ陣でさえ、「弾いたことも教えたこともない」と語っていたのを思い出す。彼女たちの演奏は、ワークショップ時より、積極性が増し、音楽の変化も鮮やかになったように感じられた。

クレアール・クァルテット
カルテット・インフィニート

クァルテット・フェリーチェは、三善晃の弦楽四重奏曲第3番「黒の星座」とシューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」より第1楽章を披露した。「黒の星座」では個々の技量とアンサンブル力の高さが示され、「死と乙女」では作品にふさわしい熱量が伝わってきた。

ほのカルテットはハイドンの弦楽四重奏曲ハ長調「皇帝」全曲(8日)を演奏。4人それぞれに個性と主張があり、それらが一つの方向に向かう。アンサンブルが練られている。第2楽章ではハッとするような弱音表現があり、大きな起伏も示され、素晴らしい演奏となった。アンコールに吉松隆の「アトム・ハーツ・クラブ・カルテット」の第1楽章が演奏され、彼らの技量の高さと遊び心の融合が聴けた。

クァルテット・フェリーチェ

フェローたちは、CMGのそのほかの演奏会にも出演した。
「プレシャス1pm Vol. 2」(6月6日)では、クァルテット・インテグラとカルテット・プリマヴェーラが共演し、エネスクの弦楽八重奏曲より第3楽章、第4楽章を取り上げた。室内楽アカデミーの先輩と後輩は、個々が主張しながらも、アイコンタクトを取り合い、アンサンブルの心を示した。

「廣津留すみれの室内楽ラボ」(6月9日)では、ヴァイオリニスト廣津留すみれとフェローたちの積極的な交歓が聴けた。まずは、フェローたち(岸本萌乃加、林周雅、川邉宗一郎、蟹江慶行)の弦楽四重奏によるキャロライン・ショウの「ヴァレンシア」。今活躍している作曲家の今の作品を弾く良い機会となった。カール・ベアストレム=ニールセンの「耐え難い明るさに向かって」では、廣津留がCMAアンサンブル(コンサートマスター:林周雅)とともに図形楽譜を即興的に読み解いていく。そして、ヴィヴァルディの「四季」とマックス・リヒターの「リコンポーズド~四季」から、それぞれ「夏」と「冬」が演奏された。ヴィヴァルディでは廣津留がバロック弓を使い、古楽的なアプローチを披露。リヒターでは、ミニマル的な繰り返しやハーモニクスの使用などがあり、廣津留が冴えた技巧を示した。フェローの蟹江慶行のチェロ・ソロも見事。

「プレシャス1pm Vol. 2」より
クァルテット・インテグラとカルテット・プリマヴェーラ
「廣津留すみれの室内楽ラボ」より
廣津留とCMAアンサンブルが図形楽譜を演奏

「CMGフィナーレ2024」(6月16日)では、まず、カルテット・インフィニートがモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩」より第1楽章を演奏した。起伏の幅の広い、表情の大きなモーツァルトを聴くことができた。続いて、ポルテュス トリオがブラームスのピアノ三重奏曲第2番より第2楽章を弾いた。室内楽アカデミーでの2年間の最後にふさわしい熱のこもった演奏であった。
その後、室内楽アカデミー出身の三人による葵トリオと浦部雪指揮CMAアンサンブル(コンサートマスター:小西健太郎)でマルティヌーの「ピアノ三重奏と弦楽オーケストラのための協奏曲」を共演。モダン・テイストな合奏協奏曲風の作品。CMAアンサンブルの個々の音量が豊かで、大ホールで聴きたくなるような賑々しさだった。
ファカルティ陣(原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫)は、エルガーのピアノ五重奏曲より第2楽章、第3楽章を披露した。4人の弦楽器奏者がたっぷりとヴィブラートをかけた歌を聴かせ、ピアノがそれを支える。とりわけ第2楽章アダージョは思いのこもった演奏だった。レジェンドたちの音楽への情熱、そして音楽を楽しむ姿勢に心動かされた。
最後は、堤館長と三味線の本條秀慈郎の二重奏で三瀬和朗の「暁月夜」。チェロのピッツィカートと三味線との組み合わせの妙に二つの楽器の近さと違いを感じる。二人の名手による和やかなやりとりによって、今年のCMGは締め括られた。

こうして2年にわたる室内楽アカデミー第7期が終わったが、多彩なグループが集まった第7期らしく、フェローたちの今後の活動もまちまちである。引き続き同じグループで研鑽、活動を続けるもの、グループを替えて、室内楽を続けるもの、オーケストラでの活動をメインとするもの、ソリストとして活動するもの。これからもサントリーホール室内楽アカデミー修了生たちの活躍に注目していきたい。

「CMGフィナーレ2024」より
葵トリオと浦部雪指揮CMAアンサンブル
「CMGフィナーレ2024」より
原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫