CMG2024にワールドワイドな活動を展開するカルテットの猛者たちが集結し、名曲や近現代の秘作、そして日本人奏者との共演でプログラムを構成する「カルテットwith...」。
6月7日に登場するフランスの「ヴォーチェ弦楽四重奏団」は、ドビュッシー、ラヴェルの名作に加えて、新進気鋭のバルメールの作品を波多野睦美(メゾ・ソプラノ)と共に日本初演します。
今回のプログラムの意図や聴きどころ、20年にわたる活動や今後のビジョン、ヴォーチェ弦楽四重奏団のオリジナリティや特徴などについて聞きました。
ヴァイオリン:コンスタンス・ロンザッティ/セシル・ルーバン、ヴィオラ:ギヨーム・ベケール、チェロ:アルチュール・ユエル
※当初発表していたチェロ奏者から変更となりました
※サラ・ダイヤン(ヴァイオリン)が体調不良のため、医師の判断により海外渡航を控えることとなり、日本ツアーへの参加を断念することとなりました。代わりに、コンスタンス・ロンザッティ(元ディオティマ弦楽四重奏団)が演奏いたします。
【NEW】 バルメール:『風に舞う断片』[日本初演] 作曲者によるプログラム・ノート (5月14日)
※下記リンクよりご覧いただけます。
今回は、2022年にリリースされた最新アルバムの収録曲を演奏されます。
ラヴェル、ドビュッシーによる弦楽四重奏の名作を他の作品や新作と関連付けたプログラムについて、その意図や聴きどころについてお話しいただけますか。
バルメールは日本ではあまり知られていないと思いますので、今回演奏される曲の紹介や、歌手と共演する期待についてもお話しください。
私たちは、ほぼ20年にわたって世界各地でラヴェルとドビュッシーの弦楽四重奏曲を演奏してきており、幾度となく収録を勧められていたのです! 2人の弦楽四重奏曲には共通点があり(どの楽章がどちらの作曲家の作品なのか、わからなくなる人もいるでしょう)、同じプログラム内で演奏されることもよくあります。
今回のプロジェクトでは、それぞれの弦楽四重奏曲を明確に区別したかったため、ドビュッシーとラヴェルのカルテットを収めたCDをそれぞれ1枚ずつ作り、その世界観を反映させるように他の作品と組み合わせています。
この曲が作曲されて120~130年経ちますが、更に世紀をまたいだ2150年前後にも弦楽四重奏曲として受け入れられる現代曲、編曲、さらに原曲にハープや管楽器などの音色や質感の異なる楽器を合わせたものをアルバムに入れることで、彼らのあまりに有名な名曲に新たな光を与えたいと願っています。
たとえば、『叙情的散文』(原曲はピアノ伴奏の歌曲)は、ドビュッシーの原曲をイヴ・バルメールが弦楽四重奏とソプラノのために編曲したもので、私たちにとっても大変楽しみであり、また新たな試みでもあります。イヴ・バルメールは比較的若い作曲家で、現代フランス音楽(メシアン)の音楽学の専門家です。私たちは特に、彼のピアノ向けの作品を大変気に入りました。ドビュッシーから続くフランス音楽の流れの中に、この大胆かつ色彩豊かな作品があると捉えたのです。バルメールならこのプロジェクトにおける私たちの考えを正確に理解してくれると確信し、私たちは彼の作品と編曲に多くの時間をかけました。バルメールの作品には、自然とその無常性、予測不可能性が反映されており、その意味ではドビュッシーを彷彿とさせます。
また、私たちは抒情的な歌手との共演を積極的に行っています。言葉や息づかい、よりはっきりとした展開が加わることで、弦楽四重奏を別の次元に高めてくれるからです。もちろん、私たちのような器楽奏者がしばしば求めている人の声がもつ表現力も魅力です。今回はメゾ・ソプラノの波多野睦美さんと共演します。
2021年11月にサントリーホールで今回と同内容の公演が予定されていましたが、その際には来日がかないませんでした。
今回初めてサントリーホールで演奏されますが、2008年の初来日以降たびたび来日された際の日本や日本公演の思い出など聞かせてください。
2021年は、新型コロナウイルスの影響で日本(のみならず、世界のさまざまな地域もですが)に足を延ばすことができず、とても残念でした。
今回、ようやくサントリーホールでの演奏が実現することになり、光栄に思っています。期待で胸がいっぱいです。
2008年以降10年、14年、18年と来日していますが、これまでの日本公演は、素晴らしいホール、温かい雰囲気、そして演奏に耳を傾けてくださる熱心な観客の皆さんなど、どれも素敵な思い出ばかりです。
2018年に来日された際には、サントリーホール室内楽アカデミーのゲスト・ファカルティとしてご指導いただきました。この時の感想をお聞かせください。
サントリーホールの室内楽アカデミーはとてもいい雰囲気で、丹念に練習を積み重ねた弦楽四重奏団が素晴らしい演奏をしてくれたのを覚えています。最高の時間でした。
20年を迎えたヴォーチェ弦楽四重奏団の結成当時のこと、今日の国際的な活躍に至った経緯などグループの歴史の概要、また、この20年間あなた方がチャレンジしてきた冒険についてご紹介ください。
2004年、ヴォーチェ弦楽四重奏団の結成当時、私たちはパリ国立高等音楽院の学生や大学院生で、イザイ弦楽四重奏団の指導を受けていました。国際コンクールに出場する準備を始めて間もなく、2006年にジュネーブ国際音楽コンクールで優勝したことが契機となり、初来日を果たすなど、多くの機会に恵まれました。その後、多くのコンクールで入賞しました。そうしたことが重なって、私たちは国際的な名声を築き、主要な音楽関係者やCDレーベルなどとの出会いにつながったのです。それと並行して、私たちは弦楽四重奏を、まったく別のジャンルと融合させたいという欲求を常に持っていて、他分野のアーティストたちとのコラボレーションを積極的に行ってきました。
空港や飛行機にまつわる冒険談も色々あります。中でも、お話にならないと思ったのは、あるヨーロッパの航空会社が私たちのヴァイオリンとヴィオラを、機内持ち込み手荷物として扱うことに難色を示したときです。なんとか交渉の末、楽器ケースを貨物室に預け、楽器だけは各人が抱きかかえて搭乗することになりました。12月のフィレンツェは気温4度です。まさか、18世紀製のヴァイオリンやヴィオラを寒気にさらして待つ羽目になるとは夢にも思いませんでした。2011年、アラブの春の真っ最中にエジプトに行ったこともあります。コンサートが終わり、楽しい夜を過ごしていたのですが、帰り道に軍から、街の一部が閉鎖されたため、すぐホテルに戻りなさいと言われました。他に観光客がいなかったので、私たち4人だけで見たピラミッドは壮観で、特別な旅でした。
弦楽四重奏団としてやっていく中で、困難は数えきれません。メンバー間で良好な関係を保つこと、優れた音楽家であること、そしてプライベートの時間をどう捻出するかなど、長い目で見ると新たな課題が次々に出てきました。中でもメンバーの交替は辛いものですが、今回、新しいチェリストのアルチュールを迎えて最初のツアーを行うことができ、とても嬉しく思っています。ヴォーチェ弦楽四重奏団にとって特に重要な日本の良さをアルチュールが感じてくれることを願っています。
結成から20年にわたってアンサンブルを維持し世界の室内楽の第一線で活躍を続けていく、そのモチベーションとは何でしょうか。
結成から20年経った今でも、私たちは結成当時のレパートリーを愛しており、変わらず演奏しています。そのことを日々、大変幸せに感じています。
これまでに多くの音楽家やアーティストと出会い、新たなインスピレーションを得て、考え方を刷新してきました。
また、2つの音楽祭とアカデミーを立ち上げたことを大変誇りに思っています。4月には「新生」スプリング・フェスティバルを開催します。音楽祭の開催を通して観客と特別な関係を築いたり、新しい世代の音楽家に指導したりする。どちらも、ヴォーチェ弦楽四重奏団にとって社会的意味をもつ重要な活動です。
ヴォーチェ弦楽四重奏団にとって「弦楽四重奏」とは、どのようなものでしょうか?
あるいは、ヴォーチェ弦楽四重奏団のオリジナリティ=自分たちらしさとは何でしょうか?
弦楽四重奏団の「真髄」を理解するのは難しいですね……。
弦楽四重奏団には、単に4人個々の持ち味だけではなく、そこから生み出されるプラスアルファがあると思いますが、そこの部分が真髄なのかもしれません。
リハーサルや経験の共有、音楽への取り組み方にこそ本質があるのではないでしょうか。
歳月を重ねるごとに変化し、研ぎすまされていくものは、弦楽四重奏団の奏でる音色、ステージでの振る舞い、バランスの取り方、レパートリーの選択、テンポの調整などを通じて聴衆に伝わります。私たち4人は、カルテットとして成長するには余白が必要だと信じており、その考え方こそがヴォーチェ弦楽四重奏団らしさでしょう。
あなた方の音楽観、弦楽四重奏観に影響を与えた音楽家はどなたでしょうか?
師事した音楽家としてギュンター・ピヒラーとアルバン・ベルク四重奏団、伝説のピアニスト、アルフレッド・ブレンデル、そしてエバーハルト・フェルツ教授などを挙げたいと思います。
過去の共演者からも、表現、音、ルバートなど、何かしら影響を受けています。たとえば、ヴィオラ奏者の今井信子とユーリ・バシュメット、チェロ奏者のゲイリー・ホフマンやヴァレンティン・エルベン、クラリネット奏者のポール・メイエ、ピアニストのアダム・ラルームなど。
クラシックとは違うジャンルの音楽家たちも、私たちの音楽への理解を深めてくれました。ヴァンサン・セガール(チェロ)、バラケ・シソコ(コラ)、ディノ・サルーシ(バンドネオン)。冒険的な姿勢を失わず、弦楽四重奏のコンサートの視野を広げてきた弦楽四重奏団としてクロノス・クァルテット。(敬称略)
弦楽四重奏は、クラシック音楽の核となるような長い伝統と様式を継承するとともに、つねに革新の舞台となってきたジャンルだと思います。21世紀にカルテットとして活動することをどのようにとらえていますか?
あわせて、今後の活動の目標、ビジョンについてお話ください。
弦楽四重奏団として積極的に活動することは、さまざまな側面を含むと考えています。ヴォーチェ弦楽四重奏団で新曲を委嘱するのはもちろん、レパートリーの新たなアプローチ(異なるアートとの融合など)を生み出すことも含まれます。また、若い世代の音楽家への継承もありますし、聴衆も入れ替わります。私たちは、さまざまな側面(継承と創造)を融合すべく、フランスの農村地帯の3カ所で音楽祭とアカデミーを立ち上げました。
今後20年間(!)は、コンサートやツアー、レコーディングなどの活動と並行して、私たち音楽家が社会的な役割を果たせるようなプロジェクトを発展させていきたいと考えています。
次のプロジェクトでは、世界的に有名なギタリスト、パブロ・マルケスと、独創的なバンドネオン奏者、ジャン=バティスト・アンリを特別ゲストに迎え、ヒナステラから伝統音楽まで、アルゼンチン音楽のさまざまな側面に迫る予定です。同時にこれが次回レコーディングおよびCDリリースとなります。また、2027年には、モーツァルト最後の四重奏曲を通して現代性を探るプロジェクトを計画しており、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏にも取り組む予定です。
最後に、あなた方のCMG2024での演奏に期待する日本の音楽ファンにメッセージを。
私たちも皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。ありがとうございます!
バルメール:『風に舞う断片』[日本初演]
作曲者によるプログラム・ノート
クロード・ドビュッシーの弦楽四重奏曲に「合う」弦楽四重奏曲を書いてほしいとのヴォーチェ四重奏団の委嘱に応えようとしたとき、記憶の中から浮かんできたのは、ムッシュ・クロッシュ(ドビュッシーが批評家として用いていた筆名)の「だれのアドバイスにも耳を貸さないように。ただ、私たちの傍らをすり抜けつつこの世界の歴史について語りかける風の音にだけ耳を澄ましなさい」というアドバイスだった。私の作品はいかなる意味においてもドビュッシーの模倣ではないが、自然界の諸要素と結びついていること、さらには音色の探求に魅せられていることにおいて、彼の作品と繋がっている。風や水からさまざまな教えを汲みとったドビュッシーにならって、私はそよぐ風が、その移ろいやすくも儚い空気の動きがもたらす幽かな感覚をとらえようと試みた。
スイスの詩人フィリップ・ジャコテ(1925~2021)の詩編『風に舞う断片』をタイトルに戴いた3つの楽章は一貫して不安定であり、ほぼ常に状態が変化していく。そのことは自然との繊細で詩的な関係が、実は驚くほどにシンプルなものであることを伝えている。この気候変動の時代にあって、風というもののきわめてドビュッシー的なモデル(交響詩『海』の終楽章「風と海との対話」や『前奏曲集』第1巻の「西風の見たもの」を思い出してほしい)を再び活性化するには、こうした自然現象に対する私たちの知覚や聴き方について、また21世紀に生きる音楽家としてのこの現象への臨み方について、深刻な省察を重ねずにはいられない。それは同時に、可能ならば、いや現代においてはむしろ必要な転換、すなわち、美化された印象を書き写すことから、世界そのものを聴きとることへの転換を引き受けることでもある。それは実現不可能な絵空事と思えることだろうが。