日本フィル&サントリーホール
にじクラ~トークと笑顔と、音楽と 第4回
出演者インタビュー 上原彩子(ピアノ)
日本フィルとサントリーホールが贈る、平日2時からのクラシックコンサート『にじクラ』は、「トークと笑顔と、音楽と」をテーマにしたトーク付き名曲コンサートシリーズです。5月2日(木)の公演は、ソリストにピアニスト上原彩子さんをお迎えします。チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門で第1位という、日本人として、女性として史上初の快挙を成し、鮮烈なデビューを飾られて以来22年。今回の演奏作品に込める思い、演奏活動の道のり、さらには3人のお子さんを育てる母としての日々のお話まで、伺いました。
――今回演奏していただくのは、チャイコフスキー『ピアノ協奏曲第3番 変ホ長調 作品75』です。上原さんといえば、コンクールのファイナルで弾かれたピアノ協奏曲第1番のイメージが非常に強いですが、今回の『にじクラ』では第3番を選曲されました。
第1番は今までに70回以上演奏したと思いますが、第3番を弾くのは、実は初めてなんです! これから弾きこんでいくので、どんな魅力が秘められているのか、まだ十分にはわからないですが、とにかく、自分で音にしてみたいという思いで選ばせてもらいました。
――第3番は、1楽章だけの構成なのですね?
もともとは、交響曲第5番で大成功したチャイコフスキー(1840~1893年)が、新しい交響曲を作ろうという試みで書き始め、なかなかうまくいかず、構想を変えてピアノ協奏曲に生まれ変わらせたという経緯があるようです。そして、この楽章が形になって1ヵ月後ぐらいに、チャイコフスキーは急死してしまいました。
――迷ったり苦心した末に作られた、チャイコフスキー最後のピアノ協奏曲というわけですね。
弟子のタネーエフという作曲家が、その後の楽章を書き足したりもしていますが、今回はチャイコフスキー自身が完成させた1楽章のみを演奏します。
ひょっとしたらまだ直そうと思っていたかもしれないし、わからないですけれど、練習しながらいろいろなことを考えます。基本的にはとても明るい音楽で、晩年のチャイコフスキーがどういう気持ちで、どういう経緯でこの曲を書いたのか、時代背景などにも思いを巡らせながら弾くのは、とても楽しいです。
――15分間ほどの作品ですが、聴きどころを教えていただけますか?
個人的には「白鳥の湖」を思い浮かべるような場面が多いと感じています。ピアノがキラキラしているところもあり、オーケストラは重い音のところも多くて、とてもドラマティックです。
曲の真ん中あたりにピアノの長いカデンツァ(独奏)があって、そこでは、ピアノの華やかさや技術を聴いていただけると思います。それ以外のところは、ピアノが前に出て引っ張っていくのではなく、ピアノもオーケストラの一部というような、とてもシンフォニックな曲です。すべての楽器の響き、オーケストラの中でピアノがどう響いているか、そのハーモニーをぜひ聴いていただけたらと思います。
よく一緒に演奏させていただいている日本フィルさんとは、互いに良い関係ができていると思うので、このような作品を一緒に作っていけるのはとても楽しみです。たぶんオーケストラの中にも、この曲は初めて弾くという方が多いと思いますし。
――日本フィルとは、近年では九州ツアーや夏休みコンサートでも共演され、一昨年のデビュー20周年公演では、サントリーホールでチャイコフスキー『ピアノ協奏曲第1番』のライブ録音もされていますね。
デビューしたての頃、私にとって初めてのツアーも、ピアノ協奏曲第1番で日本フィルさんとでした。以来、節目節目で共演させていただいています。とくにロシアものは、とても分厚い豊かな音で、血の通った音楽をしてくださるオーケストラ。音楽を通してきちんとコミュニケーションができ、舞台上ではピアノとの位置関係が遠い木管楽器とも通じ合えて、やりやすいです。そして、とても温かい雰囲気のオーケストラで、いつも共演を楽しみにしています。
――指揮は、期待の若きマエストロ、太田弦さんです。
昨年、スクリャービンの協奏曲で初めてご一緒させていただき、やはり初めての曲だったのですが、いろんな楽譜を研究していらして、すごく勉強熱心な方で。そして、音楽が生き生きとして躍動感があって、素晴らしいと感じました。初めての曲というのは、互いに探りながら一緒に作っていく感覚がより強く、リハーサルから本番に向けて変わっていくことも多いですし、とても面白いんです。今回も、多分お互い初めての曲なので、またいろいろ教えていただけるかなと楽しみにしています。
――そしてもう1曲、上原さんのピアノ独奏で『くるみ割り人形』より「花のワルツ」を弾いていただきます。これは、オーケストラの曲を、上原さんご自身がピアノ譜に編曲されたものですね。
皆さんよくご存知で、喜んでいただける曲です。この「花のワルツ」を編曲したのは、ちょうど娘がバレエを習いに行っていた時期で、バレエの舞台をDVDなどでよく一緒に見るようになって、それもきっかけになり、『くるみ割り人形』はもちろんプレトニョフによる有名な編曲もありますが、自分でもアレンジしてみて、大きなピアノ組曲のようにできたらいいなあと思って。作曲は、幼い頃にヤマハで勉強しましたが、やはり弾く方が得意ですね。
――バレエには具体的なストーリーがあるので、より音楽から情景を思い浮かべやすいですね。
そうですね。私がバレエ音楽に感じるのはリズムです。舞台をよく見ながら音楽を聴くと、ああ、チャイコフスキーはやはりバレエの作曲家だったんだなと改めて感じます。リズム感、そして、リズムのあるところと歌うところのメリハリ、バランスが良いんです。尺が決まっている舞台(幕)に合わせて、あれだけ素晴らしい曲を作れるのですから、チャイコフスキーは相当器用な作曲家だったのでしょうね。
――やはり上原さんにとって、チャイコフスキーは特別な作曲家ですか?
チャイコフスキーの音楽は大好きです。何より、1曲1曲いろいろな試みをしながら、ヨーロッパの様々なものを取り入れつつ、ロシア人としての魂を音楽に反映させていくということを、最後の交響曲(交響曲第6番「悲愴」)までずっと、とても勤勉に勉強し続け、探し続けた方なんだろうと、その音楽から感じます。当時のロシアを考えると、まだ(西洋)音楽的には発展の途上だったと思うんです。そこにチャイコフスキーが現れ、多くの作品を残したからこそ、次の世代の音楽家たちが誕生した。ヨーロッパとロシアの音楽を結びつけ、後の人たちに向けて基礎を築いた作曲家だと思います。
――上原さんご自身も、小学生の頃からずっとロシアの先生に習っていらっしゃったのですね。
はい、とても丁寧に教えていただいて。もう30年ぐらい前のことですが、今自分が教える立場になっても、その時の教えがまったく時代遅れではなく生きています。それ以上に、音楽に対する姿勢を教わったのが大きかったですね。一貫してまっすぐ音楽に対峙し、妥協せず、作曲家に対してとても誠実。作曲家にも他の演奏家に対しても尊敬の気持ちをもっていつも接していらっしゃった。子どもの頃に教えてもらったものって身体の中に入っているから、それがあるから私もここまで続けてこられたのだと思っています。
そして、音楽はその国の言葉と強く結びついていると思うのですが、特にロシア音楽の歌い方は、息が長くて、レガートがとても深い。そのような自然な歌い方が身についたと思います。
それからピアノの響かせ方、楽器自体をよく鳴らすということ。私は小さい頃からそういう音を先生に聴かせてもらっていたので、耳が覚えているんですね。その時はできなかったとしても、頭の中にその音が残っているから、その音を出したい、それにはどうしたらよいのかということをずっと考えてきました。それは私の財産です。
――今回の上原さんのチャイコフスキー、未知の協奏曲と誰もが知っているバレエ音楽という組み合わせも、いっそう楽しみになってきました。
『にじクラ』は、俳優の高橋克典さんがナビゲーターで、演奏者の方々とのトークも楽しみの一つです。他にも様々なエピソードや思いを、当日のステージ上でお聞かせいただければと思います。
私、トークは得意ではなくて……高橋さんとも今までテレビ番組などで何度かご一緒させていただいていますが、いろいろ話をふってくださるのに、私がなかなかついていけなかったりして……今回はうまくやれるようにがんばります!
――午後2時からというマチネ(昼公演)の時間帯については、いかがですか?
朝早くからゲネプロ(本番前のリハーサル)が始まるのは、ちょっと辛いですが、終わった後の時間が長いので、1日が有効に使えますね。聴きに来てくださる方たちも、そこからまた別の用事もできるでしょうし。
――それこそ、子育て中でなかなか夜は出かけられないという方々にも、お子さんが学校に行っている間に、コンサートを楽しんでいただけるような時間設定でもあるんです。
そうですね、いいですね。そういう時間をサントリーホールで過ごすと、ちょっと豊かな気分になれるでしょうね。
――3人のお嬢さんがいらっしゃる上原さんは、お子さんがお家にいる間はピアノの練習はされないと伺いましたが?
子どもが小さい頃は基本、土日は練習しませんでした。土曜日は子どもの習い事などもあり、日曜日はみんな家にいるので、家族の時間が優先というか、練習するタイミングがなくて、夜みんなが寝てから練習しようと思っても疲れちゃって。大きくなってくると、土日も子どもがいろんな用事で出かけるようになり、逆にみんな家にいないので、今は気兼ねなく練習しています。今考えると、昔はよくそれで本番ができていたなと思いますね。
――ご家族での時間を大切にされている上原さんですが、一人で過ごす贅沢な時間や、心の元気につながる時間などがあれば、教えていただけますか?
そうですね、本を読むこととか…でも一番好きなのは、寝ること。時間があったら寝たいです。
6年前ぐらいから人に教え始めたのですが、それは大事にしている時間で、私にとってリフレッシュの時間でもあります。人の演奏をすごく真剣に聴く集中した時間になるので、自分の演奏に対してとても客観的に見られるようになるし、とてもいい勉強にもなります。教えるのは割と好きです。
――それこそ上原さんの音が、彼らの身体の中に残って、それが未来へと続いていくのでしょうね。
私の先生は本当に教えるのがうまかったので、自分が先生に教えてもらったことが、少しでも役に立てばいいかな、と思っています。
――2002年、チャイコフスキー国際コンクール受賞記念のコンサートが、上原さんのサントリーホール大ホールデビューで、以来、毎年のようにここでリサイタルもされてきて、先ほど話に出たライブ録音もされましたが、サントリーホールはどのような場ですか?
やはり特別な空気があるなということを、最近あらためて感じています。格調高い響きがあります。伝統も感じるし、お客様の醸し出す雰囲気も含めて、特別な空気感があり、それは演奏にも大きく影響していると思います。