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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2024
ウェールズ弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル Ⅰ~Ⅵ

ウェールズ弦楽四重奏団のベートーヴェンへの期待

田中玲子 (認定NPO法人トリトン・アーツ・ネットワーク プロデューサー)

ウェールズ弦楽四重奏団
©トリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホール ©大窪道治

精緻なアンサンブル、美しいハーモニー……ウェールズ弦楽四重奏団を形容する言葉はいくつもあれど、その形容が表していることは、つまり作品そのものが本来持つ魅力を読み解き、私たちに気づかせてくれているということであると思う。
彼らの演奏を聴いていると、よく知る作品でも、「こんな和声が!」「ここにこのダイナミクス?」「こんなフレーズだったのか」という驚きが次々にある。改めてスコアを見てみると実際楽譜にそう書いてあった、ということが何度もあった。決して派手に聴かせる演奏ではなく、4人一体となった動き、繊細なハーモニーの美しさ、ぎりぎりまで攻めたppに吸い込まれるように耳をそばだてているうち、気づくと身を乗り出すようにして、4人の音楽と聴き手のこちらも同化したように聴いてしまう。

音楽を完全に把握して一見淡々と進んでいくように見えて、予定調和ではない。リハーサルは綿密に重ねるが、遅いテンポでしか合わせない。あるいはテンポはそのままですべての音を弱く弾くこともある。お互いがどう来るか予測した上でとことん聞き合って、1つ1つの音の意味、フレーズ、緊張と緩和を確認する。すでにベートーヴェンの弦楽四重奏曲をよく聴いている現代の私たちには当たり前のことでも当時は驚くべきことだった些細なことを見逃さず、ぶつかる音はぶつけるし、調の変化は突然見せてくれる。本番同様のテンポで演奏するのは、公演当日のゲネプロくらいしかないが、ここでも全曲は通さずホールの響きを確認して、あっという間に終わってしまう。本番にフレッシュな状態で音楽に向かい合いたい、それを支えるメンバー同士の深い信頼感がここにはある。
例えば、第一生命ホール(主催:トリトン・アーツ・ネットワーク)でのベートーヴェン・サイクルの際、「大フーガ」のゲネプロで音を出したのは最初のユニゾンでのG(ソ)1音のみだった。フォルテでフェルマータのあるこの音を出した後、第1ヴァイオリンの﨑谷直人さんが「ディミヌエンド気味にしてみない?」と提案し、もう一度4人で音を出して「いいね」と同意すると、その後の音は全く出すことなく「大フーガ」のゲネプロは終わってしまった!

彼らの音楽づくりは、ミュンヘン国際音楽コンクール入賞の後、クァルテットとしてバーゼル音楽院に留学し師事したライナー・シュミット氏(ハーゲン弦楽四重奏団)のもとで培われたものだ。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番は「数週間ずっとフレーズを細かく止めて練習させられた」という。クァルテット演奏とはどうあるべきか徹底的に学び帰国して10年余、第一生命ホールで「ウェールズ・アカデミー」を立ち上げ、次の世代に自分たちが得たものを惜しみなく伝えている。アカデミーのレッスンの中でも、楽譜から常に新たな発見が絶えず、例えば「セリオーソ」第1楽章で第2主題を導くメロディーの音符の書き方が、提示部と再現部では違うことを発見して、「ベートーヴェンがこういう意図で書いたのかもしれない、それなら弾き方もこう変わる。もう1回録音したい!」と言うのだ。
だから、すでにサイクルを第一生命ホールやiichiko総合文化センターで聴いたという方も、現在全集録音が進行中のCDで聴いているという方も油断はできない。ウェールズ弦楽四重奏団のベートーヴェンには常に新しい発見があるのだから。

ウェールズ弦楽四重奏団
©トリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホール ©大窪道治

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