主催公演

サントリーホール オペラ・アカデミー30周年記念公演

オペラ・ガラ・コンサートへの期待(2)
実力派歌手たちの心地よいアリアと重唱、躍動する『ファルスタッフ』

長期にわたる取材でオペラ・アカデミー生の成長過程を見守る香原斗志さん(オペラ評論家)にサントリーホール オペラ・アカデミー30周年記念公演 オペラ・ガラ・コンサート 第1夜・第2夜への期待を込めて、2つの原稿を寄せていただきました。

設立メンバーのサッバティーニが歌う

 サントリーホール オペラ・アカデミーの30周年を記念し、二日間にわたって開催されるオペラ・ガラ・コンサート。その第2夜の第2部では、ヴェルディ『ファルスタッフ』の第3幕第2場が演奏会形式で上演され、イタリアが生んだ往年の名テノール、ジュゼッペ・サッバティーニ がみずから表題役を歌う。
 2011年にエグゼクティブ・ファカルティに就任し、アカデミーの大黒柱の役割を果たしているサッバティーニは、設立当初から30年にわたり、この学びの場を支えてきた。1993年にアカデミーが設立された経緯を、サントリーホール エグゼクティブ・プロデューサーの眞鍋圭子氏が語る。
 「ホール・オペラ®のために来日した、世界で活躍する第一線の歌手や指揮者たちと、練習や公演の場を共有し、オペラ製作の実際を学ぶとともに、彼らの歌唱に間近で接して学べる場を提供する。そういう目的で、指揮者のグスタフ・クーンさんを中心に、ソプラノのダニエラ・デッシーさん、サッバティーニさん、私で設立したのです」
 その後、毎年のように制作されていたホール・オペラ®はいったん休止されたが、
 「それを機に、歌唱法の基礎から身につけることを目的とした2年制のアカデミーに衣替えしました。その際、設立メンバーのサッバティーニさんがエグゼクティブ・ファカルティを快く引き受けてくださり、現在にいたっています」(同)
 そのサッバティーニが主役を歌い、周囲を「教え子」たちが固める。それがいかに妙なる調和をもたらすか、じつに見ものである。

オペラ・アカデミーで指導するジュゼッペ・サッバティーニ

世紀のバリトン、ブルゾンの教えが息づく

 前回の記事で、7人の日本人コーチング・ファカルティがアカデミーを支えていることに触れたが、彼らも並みの存在ではない。世界屈指のバリトンで、もはや伝説の存在といってもいいレナート・ブルゾンの教えを受け継いでいるのである。ふたたび眞鍋氏がいう。
 「ホール・オペラ®のヴェルディ・シリーズでバリトンの全主役を務めてくださったブルゾンさん。その人がクーンさん指導のレッスン風景を覗いて、ご自身が歌唱指導すると名乗り出てくださったのです。ブルゾンさんはそれまで歌を指導されたことがなく、アカデミーの生徒たちが、この偉大なバリトンの初代の生徒になりました。そのメンバーだった天羽明惠さん、櫻田亮さん、今尾滋さんが現在、コーチング・ファカルティを務めています」
 1990年代、ホール・オペラ®のおかげで私自身、ブルゾンの名唱にいくたび、どれほど強く、心を揺さぶられただろうか。私はブルゾンこそは20世紀後半以降、この数十年におけるもっとも偉大なバリトンだと信じて疑わない。その人の教えがこのアカデミーには脈々と息づいている。
 そしてサッバティーニ。声の力で押し出すように歌う歌手が多かったなか、このテノールの表現は違った。徹底して楽譜に忠実で、作曲家の指示どおりに表現できる類まれなテクニックを備えていた。だから私自身、ホール・オペラ®でも聴けるのに、わざわざミラノやウィーンまで追いかけもした。そんな歌手がいま、自分の持てるノウハウのすべてを、このアカデミーに捧げている。

1994年のホール・オペラ® ヴェルディ:椿姫(ラ・トラヴィアータ)よりレナート・ブルゾン(上)とサッバティーニ

修了生たちの世界に通用する歌が聴ける

 そのサッバティーニに、あらためてアカデミーへの思いを尋ねた。
 「まず、日本の大勢の若者にイタリア・オペラを、オペラの歌唱を、無料で学ばせてくださったサントリー芸術財団に感謝を申し上げたいです。おかげで若者たちは、内外のコンクールに入賞し、コンサートやオペラの第一線で、高いレベルで活躍の場を広げることができています。私がエグゼクティブ・ファカルティに就任して13年になりますが、私たちと学ぶことで歌唱や解釈の基礎をしっかり修得した教え子たちは、ヨーロッパあるいは世界のどこでも力を出すことができています」
 その言葉に偽りがないことは、アカデミーの修了生たちが、いかに世界に学びと活躍の場を広げているか、あるいは、日本の第一線で認められているか、コンサート当日のプロフィールを確認すれば、一目瞭然であると思う。
 そこに私が付加したいのは、基礎から正しく積み上げられた彼らの歌唱は、ほかで学んだ日本人の声楽家、声楽家志望者たちのそれと、たしかに一線を画しているということだ。このため彼らの歌は、聴いていてストレスがたまらない。さらには多くの場合、耳に心地いいのである。
 それは、このオペラ・ガラ・コンサートの第2夜の第1部で歌われるオペラ・アリアと二重唱で明らかになるだろう。林眞暎の『ラ・ファヴォリータ』、石井基幾の『ランメルモールのルチア』、迫田美帆の『オテッロ』、土屋優子の『マクベス』、小寺彩音の『リゴレット』、保科瑠衣の『リゴレット』(ファカルティの増原英也との共演)――。すでに海外でオペラ・デビューを果たした歌手たちにより、「日本人がここまで聴かせるのか!」という驚きが提供される時間になることだろう。

サッバティーニとの緻密なアンサンブル

 そして、第2部の『ファルスタッフ』である。このアカデミーの歴史における大切な公演はなにであったか、と眞鍋氏に尋ねると、返答のひとつは「2013年、ブルーローズでアカデミー生たちのコンサートが行われたとき、最後にサッバティーニさんを交え、全員で『ファルスタッフ』の終幕のフーガを歌ったこと」だった。
 サッバティーニ体制における第1期生の修了コンサートで、このフーガを聴いて感動したのを覚えている。今回は、この「原点」が第3幕第2場全体に拡大され、サッバティーニを中心に、生命力のあるイタリア語と磨かれた歌唱による、緻密なアンサンブルを味わえるに違いない。
 フェントンに髙畠伸吾(テノール)、カイウスに石井基幾(テノール)、ピストーラに片山将司(バス)、アリーチェに土屋優子(ソプラノ)、ナンネッタに熊田祥子(ソプラノ)、クイックリー夫人に林眞暎(メゾ・ソプラノ)、メグに春山暁子(メゾ・ソプラノ)。そこにフォード役で増原英也(バリトン)、バルドルフォ役で櫻田亮(テノール)と、二人のファカルティが加わる。
 そこにサッバティーニがみずから出演するのは、たんに30周年への祝意によるだけではない。教え子たちが、自分と共演する価値があるレベルにまで育ったことを、強く感じているからである。

オペラ・アカデミー修了コンサートよりアンコール風景