主催公演

サントリーホール ジルヴェスター・コンサート2023 ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団

12月のウィーンは祝祭の日々
~ジルヴェスター[大晦日]でお祭り騒ぎ

ウィーンのジルヴェスターの賑わい

オーストリアの都ウィーンでは、12月初旬の待降節から24日のクリスマス・イヴ、そして31日の大晦日まで、祝祭の日々が続きます。このたび、12月の初めにウィーンを訪れたヨーロッパ文化史研究家・小宮正安氏に、12月のウィーンの様子について寄稿いただきました。
サントリーホールでは、本場ウィーンの心躍る音楽を1年の締めくくりにお届けする「ジルヴェスター・コンサート」を、12月31日(日)15時より開催します。皆様にウィーンのお祭りの熱気を感じていただき、新たな1年への希望としていただけますように。

※本稿は2023年の「ジルヴェスター・コンサート 2023」開催にあたって執筆されました。

ウィーンのジルヴェスターの賑わい

12月のウィーンは祝祭の日々 ~ジルヴェスター[大晦日]でお祭り騒ぎ

小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家)


ジルヴェスターとは、ドイツ語で大晦日のこと。ヨーロッパのそこかしこでは、年間を通じて最大級のお祭り騒ぎが繰り広げられる。もちろんウィーンでも例外ではない。とりわけ街の中心部に威容を誇るシュテファン大聖堂前の広場には、夕方になると次々と人が集まって来る。夜になればなるほど人数は増えて、ついには立錐の余地もないほど。
そして、待ちに待った瞬間がやって来る。教会から深夜0時を知らせる鐘が鳴り響くと、そこかしこで花火が上がり、爆竹が鳴らされる。広場にいた人々が大歓声をあげるだけでなく、知らない同士であっても誰彼となく抱き合い、「新年おめでとう」を言い合う。慣れていないと、暴動が起きたのではないかと勘違いするほどのお祭り騒ぎだ。

©Austrian National Tourist Office Diejun

だが、どうしてここまで盛大に大晦日を祝うのか?その鍵は、大晦日の7日前にあたる12月24日つまりクリスマス・イヴと、さらにはそれに遡ること、およそ3週間前の11月末から12月初旬にある。ちょうどこの頃から始まる「待降節」がそれ。クリスマスに向けて、イエスの誕生を祝う準備をおこなう期間だ。
それを受けてこの時期になると、街のそこかしこの広場には、クリスマス・マーケットが出現する。最近では、ウィーン大学のキャンパス内でもクリスマス・マーケットが開かれるほどの大ブーム。クリスマス用の様々な飾りはもちろんのこと、冷えた身体を温めてくれるホットワインやプンシュといったアルコール類(アルコールが苦手な人や子供向けに、ノン・アルコールのバージョンもある)、さらにはジャガイモを主体とした生地を薄く伸ばして油であげた「ランゴシュ」というスナックが代表的な売り物だ。

それにしても、なぜここまで待降節が盛り上がるのだろう?もちろんキリスト教の伝統が強く、イエスの誕生という喜ばしい出来事を祝う、という理由があるからだが、もう1つ冬の厳しい寒さが挙げられる。近年は温暖化の影響で暖かな待降節が多かったが、今年は11月下旬から一気に気温がマイナス零度以下に冷え込んだ。どんよりとした雲に覆われた空からは雪が降り、冷たい風が容赦なく吹き付ける毎日。それを乗り切るためには、どうすればよいのだろう?
その答えこそ、「楽しむこと」。その方法は、クリスマス・マーケット一つに限らない。演奏会好きであれば、待降節の時期にはバッハの『クリスマス・オラトリオ』やヘンデルの『メサイア』、オペラ・バレエ好きにはフンパーディンクの『ヘンゼルとグレーテル』やチャイコフスキーの『くるみ割り人形』が、毎年のようにコンサートホールやオペラハウスの定番として鳴り響く。

ウィーン大学のクリスマス・マーケット

そんなお祭り気分が一旦静まるのが、クリスマスだ。この日は「クリスマス」の語源通り、キリスト、つまりイエスの誕生を祝うミサ(マス)が行われる厳粛な日。信心深い人々は教会に集まり、礼拝を捧げる。そしてほぼこの日を境にクリスマス・マーケットも姿を消すわけだが、教会の暦に従えばここからがクリスマスの本番だ。新約聖書の故事にならい、 東方から三人の王が生まれたばかりのイエスを訪ねたとされる1月6日の「三聖王の日」まで、約2週間にわたる聖なる日々が続く。
ちょうどその折り返し地点にあたるのがジルヴェスター。古代ローマ帝国末期のローマ教皇シルヴェステル1世に因んだこれまた聖なる日なのだが、キリスト教が伝搬する以前に存在していた土着宗教と結びつき、陽気に騒いで1年の厄を振り落とし、新しい年を迎えるという習慣が生まれたらしい。そしてこの日になると、それこそシュテファン大聖堂をはじめ街の広場では、ホットワインやプンシュを売る屋台が再び店を出し、当日の大盛り上がりに一役も二役も買う。

というわけで、音楽の世界も負けてはいない。普段は真面目なレパートリーがメインのウィーン国立歌劇場においてすら、例外的にオペレッタが上演される。演目は、ヨハン・シュトラウス2世の『こうもり』。劇中で歌われる「とことん楽しもう」という歌詞のとおり、歌手もオーケストラもノリノリの演奏だ。ましてや普段の公演から、オペレッタをはじめとする演目を得意としているウィーン・フォルクスオーパーはいわずもがな。これぞ『こうもり』という舞台が繰り広げられる。
世界的に有名なウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート も、最初の回はジルヴェスターに開催された。それが大人気を呼んだため、元旦にも演奏会がおこなわれるようになった次第…。といおうか、元旦の朝を迎えたウィーンは、数時間前のジルヴェスターの盛り上がりが信じられないほど静かだ。祝日であることもあって、店という店は閉まり、街全体が静まり返る。そのダイナミックな変化は、まるでオペラのよう。
だがそんな中で、コンサートホールや劇場の扉を押してみよう。ここだけは、ジルヴェスターの熱気をそのまま残して、大勢の人々が集まっている。そしてそんな彼らをウィーンゆかりのシュトラウス・ファミリーをはじめとする愉しさ満載のダンス音楽やオペレッタの調べが包み込む。待降節から始まった祝祭の日々をあらためて振り返り、新たな1年へ歩み出すような活気と希望が、そこには溢れている。

©Werner Krepper
ウィーンのジルヴェスター・コンサート
©Werner Krepper