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『Hibiki』Vol.22 2023年11月1日発行

【特集】 「響きあう幸せな時間」

♪ オーケストラはスリリング

「サントリーホールは今までに何度も訪れています。父のコンサートも聴きに来ましたし(Ryuichi Sakamoto Playing the Orchestra 2013・2014)、馴染み深いホールです」
と微笑む坂本美雨さん。誰もいない空っぽの大ホールで、そこに響く音をイメージするかのように佇みます。
「本当に美しい……。きっとステージからは客席の一人ひとりの顔がはっきり見えるでしょうね。コンパクトで近しい空間に感じます」
ふわりと包み込むような、あたたかな声。
「幼い頃から父や母が音楽をつくりあげていく現場を間近に見ていたので、エンジニアとか、かっこいいなあと。音楽に携わる職人になりたいと思っていたんです。9歳からニューヨークで育ったので、いろんなジャンルの舞台やコンサートも体験しました。セントラルパークでのオーケストラ・コンサートや、小澤征爾さんがやっていらしたボストンのタングルウッド音楽祭など、親子共にくつろいで聴けるオープンな雰囲気の演奏会にもずいぶん触れて。ですから、クラシック音楽の演奏会に対して堅苦しいというイメージは全然なくて」
小学校では、学校のオーケストラに入り、チェロを弾いていたそうです。
「どうしてチェロを選んだのか忘れてしまいましたけど。パッヘルベルの『カノン』とか弾いていましたね。中学生までやって、それきりですが、最近またチェロが欲しくなって、復活したいなあと思っているんです!」
最新アルバムには、坂本さんの歌と、ピアノ、チェロによる楽曲が収録されており、そのトリオでのライブ演奏もされています。
「歌のバックで楽器が伴奏するのではなく、3人が対等にいないと成り立たないんです。集中して鋭く気を合わせ、呼吸を合わせて。まさに室内楽のように。毎回違う響きが生まれて、その場で音楽をつくっていく喜びは、他では得ることができないですね」
一昨年には、武満徹『系図-若い人たちのための音楽詩-』を、オーケストラと共に演奏するという機会も。
「私は、谷川俊太郎さんの詩によるテキストの語り手で。朗読のタイミングが細かく決められているので、初めてオーケストラのフルスコアを読みながら、舞台に立ちました。指揮者のもと全員で一丸となってクリアしていくような、スリリングな体験で、そういう感覚は初めてでしたし、とっても楽しかったです」

ミュージシャン:坂本美雨
1997年、16歳で「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。音楽活動に加え、作詞、翻訳、ナレーション、演劇、執筆など表現の幅を広げる。ラジオ番組のパーソナリティも担当。2020年、森山開次演出舞台『星の王子さま-サン=テグジュペリからの手紙』に出演。21年にアルバム『birds fly』、22年にデビュー25周年記念シングル『かぞくのうた(feat. Hiroko Sebu)』をリリース。娘との日々を綴ったエッセイ『ただ、一緒に生きている』上梓。
サントリーホール 大ホールのステージから眺める客席の風景。

♪ 全員でつくる舞台空間の魅力

ダンスの舞台を観るのも大好きだという坂本さん。サン=テグジュペリの『星の王子さま』を身体表現するというコンテンポラリーダンスの舞台で、一役演じたことも。
「ダンサーとのタイミングを図りながら、生で演奏していくんです。言葉は無く、声だけの表現で。毎日続く公演のなかで、自分の体調がそのまま出ますし、即興的で、やはりスリリングな時間でした」
とにかく舞台という空間に魅了され続けてきたといいます。
「皆でつくるということ。表舞台で光を浴びる人だけでなく、舞台監督がいて、演出があって、衣装、ヘアメイク、大道具、照明、エンジニア……全員でその空間をつくっていかなければ成立しない。コンサートもそうですよね。たった1、2時間の本番のために、全員で何日も練習を重ねて、それが一回だけの表現、その瞬間で消えてしまうという……ああ、なんと……すごいことだと思います。“皆でつくる”の中には、もちろんお客さんも入っています。ぐーっと集中して聴いてくださるのがわかりますし、その雰囲気に私たち演者もかなり影響されます」
同じ空間、響き、時間を共有するという感覚。
「この大ホールでも、客席に人が入ると物理的に音の響きが変わりますよね、それってすごいこと。だから皆さん、自分の身体がそこにあるだけでその日の音が変わるんだ、と意識して座られると、より演奏もスペシャルなものになると思います。特にオーケストラの響きは何物にも代え難いもの。音の波が来るのを、耳だけでなく全身でキャッチする。それを体感できるのは生の音楽だけ。本当に幸せな体験です」

サントリーホール 大ホールに聳えるオルガンは世界最大級の大きさ。

♪ 生きることが音楽になる

音楽の中で生まれ育ち、音楽を浴びるように聴いて、音楽を職業にした坂本美雨さんにとって、今、音楽とはどのような存在なのでしょうか? 
「うーん……自分にとって音楽は、特別なものでなくなってきているかな。歳を重ねるにつれて、仕事というよりは暮らしそのもの、自分が生きていることそのものになってきて。いろんな経験を重ね、それがちゃんと歌に活きてくるということを信頼するようになりました。もちろん音楽家として腕を磨くことは必要ですが、しっかり生きていればちゃんとそれが歌になる、そう信じられるようになったかな」
歌手活動26年目の境地。
「今度はここに、子どもと一緒に聴きに来たいです」
と、やわらかな笑顔で。