サントリーホール室内楽アカデミー第7期
2022~23年 開催レポート
サントリーホール室内楽アカデミー第7期は、2022年9月にスタートした。9月12日のワークショップで2022/23シーズンが開講されたが、その直前に、第5期及び第6期(2018年9月から22年6月まで)に室内楽アカデミーで学んだクァルテット・インテグラが最難関といわれるミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門で第2位に入賞したという嬉しいニュースが届いた。
第7期は、5つの弦楽四重奏団(カルテット・インフィニート、クァルテット・フェリーチェ、カルテット・プリマヴェーラ、ほのカルテット、クレアール・クァルテット)と2つのピアノ三重奏団(トリオ・アンダンティーノ、ポルテュス トリオ)の計7団体がフェローとして受講することになった。第6期から継続する団体はなく、すべての団体が初めての受講であった。
第7期での大きな変化は、フェローたちのお互いのワークショップへの聴講が2年半ぶりに再開されたことである。コロナ禍においては、他の団体への聴講ができなくなり、フェロー同士の刺激や交流の絶好の機会が失われていた。今年度、ようやくアカデミーに本来の姿が戻っていった。
第7期のワークショップがスタート (22年9月)
9月のワークショップで印象に残ったのは、ポルテュス トリオ(菊野惇之介、吉村美智子、木村藍圭)がマルティヌーのピアノ三重奏曲第2番を、ほのカルテット(岸本萌乃加、林周雅、長田健志、蟹江慶行)がメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第5番を取り上げるなど、複数のグループが、翌年5月の大阪国際室内楽コンクール2023をはっきりと視野に入れて、アカデミーに参加しているということであった。
第5、6期に別の団体のメンバーとして参加していた、東亮汰、前田妃奈、古市沙羅、山梨浩子が新たに組んだクレアール・クァルテットは、9月のワークショップでラヴェルの弦楽四重奏曲に取り組み、もともと技量のある4人が弦楽四重奏を深めていくものと思われた。しかし、10月にポーランドで開催されたヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで前田が第1位を獲得し、そのあと、コンクール優勝者の約1年間にわたる世界ツアーが予定されていたので、彼女はそれ以上、室内楽アカデミーのフェローとして研鑽を積むことが困難になった。
今年も、堤剛サントリーホール館長がアカデミー・ディレクターを務め、ファカルティ(講師)は、原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫、花田和加子の6名で構成された。ワークショップでのファカルティは、アンサンブル全体への指導をするだけでなく、それぞれの専門とする楽器のフェローへの細やかなアドバイスも行う。東京クヮルテットは、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、バルトークなどのメインストリームだけでなく、フランス音楽やドヴォルザークに至る弦楽四重奏のほぼすべての主要曲を40年以上にわたってレパートリーとして手掛けてきただけに、そのメンバーであった原田氏、池田氏、磯村氏のコメントは実体験に裏打ちされた非常に説得力のあるものである。とりわけ、池田氏が積極的に語る東京クヮルテットでのレコーディングやツアーの話はとても貴重に思われた。また、弦楽器の世界で学んできた弦楽四重奏のフェローたちにはピアノの練木氏のアドバイスが新鮮に感じられるようである。
10月になると、富山でのとやま室内楽フェスティバルに、全ファカルティ、全フェローが参加し、セミナー(ワークショップ)とコンサートを行いながら、合宿のような生活で、交流を深めた。そのあと、フェローたちは、翌年6月のチェンバーミュージック・ガーデン(CMG)を目指して、研鑽を積むことになる。
チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)に向けての選抜演奏会 (23年4月)
そして、4月5、6日にCMGでの出演を決める選抜演奏会がブルーローズ(小ホール)でひらかれた。各団体が作品全曲を演奏し、その直後、ファカルティが講評を述べるというものである。筆者はその5日の演奏会を聴いた。
トリオ・アンダンティーノ(城野聖良、高木優帆、渡辺友梨香)は、フォーレのピアノ三重奏曲を演奏。堤氏は、「フォーレらしくなった。よく弾けています。ハーモニーや色彩の変化で、もう少し陰影をつければよい」とアドバイス。練木氏は「トリオとしての成長をうれしく思いました」と述べた。
クァルテット・フェリーチェ(五月女恵、清水耀平、川邉宗一郎、蕨野真美)は、シューマンの弦楽四重奏曲第3番。池田氏は「気持ちのこもった演奏でした。ときどきバランスを崩して、音も汚くなるところがあったのが残念」と評す。花田氏は「弾きたいという気持ちが伝わってきました。感じたことを全部出すのではなく、飲み込むことも大事。ホールでは小さな音でももっと表情が作れます」と話した。
ポルテュス トリオは、モーツァルトのピアノ三重奏曲第5番と細川俊夫の「トリオ」を弾いた。ともに、大阪国際室内楽コンクールで演奏する作品である。磯村氏は「細川作品での説得力が増しました」と述べ、池田氏は「スターン、ローズ、イストミンの三人(注:20世紀を代表するピアノ・トリオ)は、自己主張一杯だった。みんなの自己主張のバランスが大きくとれると面白くなるよ」とアドバイス。
ほのカルテットは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第4番とウェーベルンの「5つの楽章」。この2曲も、やはり、ほのカルテットが大阪国際室内楽コンクールで演奏する曲であった。毛利氏は「ウェーベルンはもっと甘美でもよかった」と評し、磯村氏も「ベートーヴェンはとても良い。ウェーベルンはもうちょっと濃厚でもよかった」と語った。池田氏は、「コンクールなら、もうちょっと合わせないといけないところがあった」と厳しくアドバイス。
カルテット・プリマヴェーラ(石川未央、岡祐佳里、多湖桃子、大江慧)は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番。堤氏は「とても元気でよかった。もう少し空間的、時間的立体感がほしい」。池田氏は「もうちょっと楽しく。真面目に弾きすぎ。この作品は《あいさつ》のニックネームがあるくらい」と話す。
クレアール・クァルテットは3人でベートーヴェンの弦楽三重奏曲第3番を演奏した。練木氏は「三者三様で楽しかった」と述べ、堤氏は「ダイナミックスもテクニックもすごかった」と評した。
カルテット・インフィニート(落合真子、小西健太郎、菊田萌子、松谷壮一郎)はバルトークの弦楽四重奏曲第2番を弾いた。これは、ファカルティの間で賛否が分かれた。花田氏は「カルテット・インフィニートにとって、初バルトークということでしたが、彼らが、バルトークの言葉がわかってきたなと思いました。もう少し確信をもって弾いてください。極端な表現も求められていると想像してほしい」と評した。
大阪国際室内楽コンクール出場 (23年5月)
そして5月12日から18日まで、大阪の住友生命いずみホールで、大阪国際室内楽コンクール&フェスタがひらかれた。6年ぶりの開催であった。これは、コンクールとフェスタからなり、コンクールは弦楽四重奏の第1部門とピアノ三重奏/四重奏の第2部門の2つの部門が開催された。室内楽アカデミーからは、第1部門にほのカルテット、第2部門にポルテュス トリオが参加。また、室内楽アカデミーの第5期修了生であるタレイア・クァルテットも第1部門に参加した。
結果は、ほのカルテットが第2位と大阪国際室内楽コンクール2023アンバサダー賞を獲得。ほのカルテットにとって初の国際コンクール挑戦での、快挙であった。タレイア・クァルテットは、ボルドー弦楽四重奏フェスティバル賞を受賞した。ポルテュス トリオは2次予選まで進出した。
ほのカルテットの第2位受賞を記念して、2023年12月19日にブルーローズ(小ホール)でリサイタルが開催されることになった。コンクールのファイナルで演奏した、ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番を含むプログラムを披露する。
*大阪国際室内楽コンクール2023弦楽四重奏部門第2位記念「ほのカルテット リサイタル」
12月19日(火) 公演詳細・チケット購入はこちら
「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」開催 (23年6月)
フェローたちにとって1年の締め括りとなるCMGは、6月3日から18日までブルーローズ(小ホール)で開催された。今年は、ドイツからヨーロッパ最高峰の音楽アカデミーといわれる、クロンベルク・アカデミー(指導者、卒業生、在校生)がCMGに参加。2夜にわたる単独でのコンサートをひらくとともに、最終日の「CMGフィナーレ2023」では、2つのアカデミーが共演し、交流が図られた。
恒例のベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲連続演奏会である「ベートーヴェン・サイクル」には、イギリスからエリアス弦楽四重奏団が登場。結成25年の中堅クァルテットが、ベートーヴェンを楽しそうに演奏していることが印象に残った。
また、室内楽アカデミーで研鑽を積んだ葵トリオが今年もCMGに戻ってきた。7年プロジェクトの3回目は、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第3番とドビュッシーのピアノ三重奏曲、そして、今年生誕150周年のラフマニノフの『悲しみの三重奏曲』第2番というプログラム。練り上げられたアンサンブルで、タイプの違う3つの作品を高水準で再現していた。
「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」は、6月10日と17日に開催された。
10日は、まず、クレアール・クァルテットに前田妃奈がゲストとして帰ってきてハイドン弦楽四重奏曲「ラルゴ」より第1、4楽章が演奏された。第1ヴァイオリンの前田が楽しそうに演奏。他の3人も積極的に絡む。
つづいて、ほのカルテットが、ウェーベルンの「弦楽四重奏のための緩徐楽章」で濃厚でロマンティックな演奏を披露。
ポルテュス トリオは、大阪国際室内楽コンクールでも弾いたマルティヌーのピアノ三重奏曲第2番第1、3楽章を披露。練り上げられた演奏。華麗な技巧性も示された。
カルテット・プリマヴェーラは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番第1楽章で美しく均整のとれたアンサンブルを聴かせてくれた。
10日の後半は、カルテット・インフィニートのバルトークの弦楽四重奏曲第2番第2楽章。弾むようなノリの良さが素晴らしい。落合真子をはじめとする個々の技量の高さも示された。
クァルテット・フェリーチェは、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」から第3、4楽章。4人のコミュニケーションは良いが、もう少し積極性がほしいと思われた。
最後にファゴットのミハエラ・シュパチュコヴァーがゲストで出演し、カルテット・プリマヴェーラとライヒャの「ファゴットと弦楽四重奏のための変奏曲」を共演。かわいらしい作品で良いデザートとなった。
17日は、まず、カルテット・インフィニートが、ハイドンの弦楽四重奏曲ト長調Hob.Ⅲ:75より第1、3、4楽章を演奏。4つの楽器がしっかりと鳴ったハイドン。第3楽章中間部では第1ヴァイオリンが華麗なソロを披露。
カルテット・プリマヴェーラはシューマンの弦楽四重奏曲第1番第1、2楽章で和やかなアンサンブルを聴かせてくれた。
ポルテュス トリオは細川俊夫の「トリオ」を演奏。完成度の高い演奏。まさに細川ワールドを再現していた。
17日の後半は、トリオ・アンダンティーノがシューマンのピアノ三重奏曲第1番第1、4楽章を取り上げ、多彩な音色を表現。
クァルテット・フェリーチェはバルトークの弦楽四重奏曲第2番第2楽章を演奏。良いコミュニケーション。ただ流麗過ぎるようにも感じられた。
最後は、クレアール・クァルテットの3人にピアノの三浦舞夏が加わり、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番第1楽章が披露された。一人ひとりの個性が活きるスケールの大きな演奏であった。
室内楽アカデミーのフェローたちは、「室内楽のしおり~葵トリオとホープたち」、「ラデク・バボラークの個展’23~若き音楽仲間とともに」、「CMGフィナーレ 2023」にも出演。
「室内楽のしおり~葵トリオとホープたち」では、カルテット・インフィニートがドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」第1楽章を披露し、川邉宗一郎が葵トリオとブラームスのピアノ四重奏曲第3番第3楽章を共演した。東亮汰と古市沙羅は、葵トリオとシューマンのピアノ五重奏曲第3楽章を演奏。そのほか、メンデルスゾーンのピアノ六重奏曲第1楽章でも葵トリオとフェローの共演があった。
「ラデク・バボラークの個展’23~若き音楽仲間とともに」では、室内楽アカデミー選抜フェローによるCMAアンサンブル(14人編成、コンサートマスターは東亮汰)がホルンの世界的名手ラデク・バボラークと3曲共演。そのほか、バボラーク、城野聖良、長田健志、多湖桃子、大江慧によるモーツァルトのホルン五重奏曲もあった。
「CMGフィナーレ 2023」では、サントリーホール室内楽アカデミーとクロンベルク・アカデミーの指導者、卒業生、受講生が共演した。まずは、クロンベルク在校生のユリアス・アザルとカルテット・プリマヴェーラの共演でドヴォルジャークのピアノ五重奏曲第2番第1楽章。アザルが才気あふれるピアノを披露。続いて、今年の室内楽アカデミーのフェロー代表として、ほのカルテットが、グラズノフの「5つのノヴェレッテ」から2曲を弾いた。4人が一体化した高い集中度の演奏を繰り広げた。そして、ショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲より第1、2、3楽章では、葵トリオが積極的に奏で、ファカルティの池田菊衛と磯村和英がそれに応えた。
「CMGフィナーレ 2023」の後半はまずファカルティ陣(原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫)によるシューマンのピアノ五重奏曲第1、2、4楽章。原田が第2楽章で極めて美しい弱音を奏で、池田が折り目正しくアンサンブルを支える。練木のピアノが他の4人を包む。メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲第3、4楽章には、葵トリオの二人とクロンベルク卒業生・在校生の5人(大江馨、毛利文香、ハヤン・パク、サラ・フェランデス、アレクサンダー・ヴァレンベルク)が参加。CMG常連の第1ヴァイオリンの渡辺玲子が高いテンションで若い7人をリード。そして、最後に室内楽アカデミーとクロンベルクの指導陣、ミハエラ・マルティン、池田菊衛、今井信子、磯村和英、フランス・ヘルメルソン、堤剛によって、ブラームスの弦楽六重奏曲第1番第2、4楽章が演奏された。まさに百戦錬磨のベテランたちによる味わい深いアンサンブル。変わらない、音の充実。とりわけ、第2楽章冒頭や第4楽章コーダでの今井のヴィオラが素晴らしかった。
サントリーホールとクロンベルク、2つのアカデミーの受講生から指導者まで、約半世紀の世代を超えての音楽家たちの交流は、聴き手にも深い感銘をもたらした。今後も、この交流の輪を広げてほしいと思う。