サントリーホール室内楽アカデミー第7期 開催レポート
ポルテュス トリオ(ピアノ三重奏) インタビュー
~ 横浜出身の3人が偶然出会って結成
<コロナ禍>後の学び、室内楽アカデミー第7期2年目へ
令和5年(2023年)5月8日以降、新型コロナウイルスが2類感染症から5類感染症に移行したことで、銀座の大通りにはまたインバウンド観光客の姿が劇的に増えた。
音楽関係でも、昨年までは来日が難しかった海外オーケストラの公演がドッと増えたし、毎年6月に開催される「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」では、念願のクロンベルク・アカデミーの日本ツアーが実現し、世代とか師弟関係とかを超えた音楽への<共感>が素晴らしい演奏を通じて表現された。
2022年9月からスタートしたサントリーホールの室内楽アカデミー第7期生も、その「ガーデン」の中で溌剌とした演奏を聞かせてくれたし、この室内楽アカデミーを修了したメンバーで結成された「葵トリオ」が室内楽アカデミーの現役フェローたちと共演する「室内楽のしおり」コンサートも開催され、いわばフェローからフェローへと、それぞれが学んだものが伝えられる新しいステップが踏み出された。その輪が大きく広がって行くことに期待したい。
今回は室内楽アカデミー第7期の1年目を経験した「ポルテュス トリオ」にコロナ禍が終わりつつある室内楽アカデミーの今、そしてトリオの目指す場所について伺った。
3人の出会い
「ポルテュス トリオ」のメンバーは、ピアノが菊野惇之介(じゅんのすけ)、ヴァイオリンは吉村美智子、チェロは木村藍佳(あいか)の3人で、2021年に結成された。3人とも桐朋学園音楽大学で学び、出身も同じく横浜市。ただ、ご存知のように横浜市というのはとても広大な市であり、3人とも最寄り駅が違うという。
菊野:3人とも横浜出身ではありますが、出会いは偶然(?)ですかね。僕の兄がヴァイオリニストなのですが。
吉村:そのお兄さんと私はずっと辰巳先生門下で、よく知っていました。だから弟さんも、名前と顔だけはかなり前から知ってはいましたが、直接会話することはないような関係でした。
木村:私は吉村さんと同級生で、トリオを結成する2年前ぐらいから吉村さんの演奏を聴いていて、「あ、みちこちゃん、イイ」と思っていました。惇之介君のことは、存在は知っていましたが、お話したことはなく、じゃ、3人でトリオを組もうと思ってから「初めまして」と挨拶したという感じですね。
吉村:トリオを組みたいねという話を木村さんとしていた時に、同級生から改めて菊野君を紹介してもらったという形で、このトリオがスタートしました。
2021年結成となるのだが、その時はまだコロナ禍。3人ともマスクを付けていたので、それぞれの顔もよく認識できないまま、マスク越しに「よろしくお願いします」と挨拶したという。
菊野:最初の合わせはほんとに初めての経験だったので、打ち解けあうという感じではなく、ぎこちない感じでしたが、2回目からは和やかに会話が出来るようになりました。
吉村:学校で取っている授業が同じだったりすることもあったので、そこで話したり、また一緒に食事に行ったりするようになりましたね。
3人で最初に取り組んだのはベートーヴェンの「大公」だった。
菊野:いま考えると、とても大胆な選択だったと思うのですが、いきなりそうした名曲に取り組んでみたのも良い経験だったと思います。
吉村:次第にトリオの演奏に興味がわいて来て、菊野君のお兄さんも室内楽アカデミーのフェロー(昨年9月に「第71回ミュンヘン国際音楽コンクール第2位&聴衆賞」に輝いたクァルテット・インテグラの第2ヴァイオリン奏者)だったし、ちょうど学校での授業も終わりそうなタイミングで、室内楽アカデミーのオーディションが開催されるということで、じゃあ、3人で受けてみようかということになりました。そして現在に至るということです。
菊野:ピアノ・トリオの魅力は、やってみて初めて分かったのですが、3人の演奏家のそれぞれから音楽が発信できるということかもしれないなと思いました。例えばブラームスのピアノ三重奏曲などでは、チェロを中心に音楽が発信されて、それをヴァイオリンとピアノが受け取って、さらに発展させて、それがひとつの大きな流れになって行くような感じがしますが、他の作曲家の作品では、また違う流れがあって、とても変化がある点が面白いです。
吉村:ピアノ・トリオは弦楽四重奏(クァルテット)よりもヴァイオリンの役割が多彩かもしれないと思いました。ただメロディを歌うだけではなく、ピツィカートで伴奏したり、チェロを引き立てたり。
木村:確かにチェロは弦楽四重奏よりは目立っているかも(笑)
吉村:チェロに歌わせることが好きな作曲家が多いと思います。
木村:割とメロディを取っていることが多いですね。
大阪国際室内楽コンクール2023への出場
コロナ禍でいろいろと世の中のスケジュールがずれて行ったが、音楽界では特にコンクールが大きな影響を受けた。室内楽だけのコンクールとして世界の若手が目指す「大阪国際室内楽コンクール&フェスタ」は延期と中止を経て、改めて2023年の5月12~18日に開催された。結成されたばかりのポルテュス トリオにとっては、それは逆に好都合となって、このコンクールがひとつの目標となった。
菊野:小さなコンクールはいくつか出たことがあったのですが、ここまで大きなコンクールに出るのは初めてでした。ホール・リハーサルの時間が15分ぐらいしか無いということで、とりあえず「ここと、ここと、ここはやろう」みたいな打ち合わせをしてはいたのですが、やはりホールの響きを掴むところまでは行けなくて。第1次予選の時までは良かったのですが、ちょっと時間が経った第2次予選では音の感覚を忘れてしまいがちで、やはりまだまだ経験が足りない、場慣れしてないなと思わされました。
吉村:他の出場者たちを聴くチャンスは少なかったのですが、それでも配信でチェックしたり、ちょっと本番を聴いたりすることが出来ました。やはり長くトリオを続けている人たちの演奏は参考になるところが多いと思いました。
そのコンクールでは細川俊夫作曲の「トリオ」を演奏した。そしてチェンバーミュージック・ガーデンでもそれを披露した。
菊野:他にカーターとリームの作品も選択課題曲だったのですが、その中ではやはり自分たちの感性に最も近いだろうと細川作品を選びました。
吉村:とは言っても、現代曲はとても難しく、特殊な奏法も多いので、この作品の中に含まれている魅力を引き出せたかどうか、気になりました。
チェンバーミュージック・ガーデンの演奏の後に教えられたのは、この作品を演奏するにあたって、細川さんは最後の部分を改訂したのだそうだ。その改訂版の初演者はポルテュス トリオということになる(のだろう)。
室内楽アカデミーで学んでいること
世界的なレベルのコンクール出場という糧も大きなものだが、サントリーホール室内楽アカデミーで日々、学ぶことは、やはり演奏家たちの地力をつけることに大きな意義を持っている。室内楽アカデミーのファカルティの印象、ピアノ・トリオだけに、特に練木先生について伺ってみた。
木村:経験だけでなく、音楽的なアイディアがすごく豊富で、いつも新しい発見をさせて下さる先生だと思っています。
菊野:単に、この曲はこう弾くべきだとおっしゃるのではなく、この時代の作品だから、こういうアプローチが合っていると思うとか、より広い視点で作品を見直すことが出来るアドヴァイスをいつも頂いている感じです。
吉村:弦のことも本当によくご存知です。
木村:特にチェロの伴奏はたくさんされていたので、細かなヴィブラートのことなどを指摘して頂いて、多くの発見がありますね。
菊野:3人で練習している時に、1回目でなんとなくその人の音楽の方向性が分かって、2回目にはよりそれが理解できる過程があるのですが、それをレッスンの時にさらに先生方に指摘されて、一種の確信に変わるということはよくあります。だからレッスンって大事だなと思うことが多くなりました(笑)
室内楽アカデミー第7期2年目への抱負
大阪国際室内楽コンクールに出場するために、それに合わせた作品を1年目には選んでいたポルテュス トリオだけれど、2年目にはどんな作品に挑戦したいと考えているのだろう。
菊野:コンクールに出場したグループが弾いていた作品のなかで、シューベルトの『第2番』のトリオがあって、それがとても素敵だなと思ったので、今度挑戦してみようと提案しました。
吉村:フランスのトリオが演奏していたラヴェルの『ピアノ三重奏曲』がとても良かったので、弾いてみたいです。
木村:シューマンの『ピアノ三重奏曲』の第2番か第3番が良いかな。ロマン派の作品はソリスト3人が集まって演奏するという華やかな魅力があると思いますし、チェロも低音楽器ならば、ピアノにも低音があって、それはオーケストラ的な響きを作り出せる大きな要素だと思っています。だからダイナミックな作品に取り組むのも面白いかなと思います。
これからさらに学んで行きたい点について、最後に伺った。
菊野:自分の演奏を客観的に聞くということでしょうか。いつの間にか一生懸命になってしまう自分が居て、それを客観視できるようになりたいです。
吉村:それぞれの作品には楽章ごとにストーリーがあって、それをさらに積み重ねて、ひとつの大きなストーリーにするということが難しいと感じています。そういう点をもっと工夫できたらなと思います。
木村:一緒に演奏している仲間が居ると、自分の想いを言葉で伝えることが大事だなと思います。それをもっと伝えられるようにならなければと感じています。このアカデミーに参加して、磯村和英先生と池田菊衛先生と一緒に演奏する機会があったのですが、その時に音楽の間の取り方とか、ヴィブラートの使い方とか、本当に間近に感じることが出来て感動しました。それを忘れずに、これからも3人で演奏して行ければと思います。
夏休みを過ぎれば、第7期2年目のワークショップもすぐ始まる。それぞれが成長して行く姿をまた見守りたい。