アーティスト・インタビュー

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サントリーホールでオルガンZANMAI! 「珠玉のオルガンコンサート」

徳岡めぐみ(オルガン) インタビュー

飯田有抄 (クラシック音楽ファシリテーター)

   徳岡めぐみ

サントリーホールでオルガンZANMAI! 「珠玉のオルガンコンサート」では、オルガンの大家であるヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)を中心に据え、バッハ以前/以後の作品を演奏します。バッハとのつながりや影響関係を持つ音楽家たちのオルガン作品を、音楽文化の変遷を追いながらお楽しみいただきます。出演するオルガニストの徳岡めぐみさんに公演の聴きどころを伺いました。

   徳岡めぐみ

L. マルシャン:『グラン・ディアローグ』

 幕開けはフランス古典のとても華やかな作品です。ルイ・マルシャン(1669~1732)はバッハと同時代人のフランスを代表するオルガニストです。ある時、彼はバッハとはドイツの宮廷で演奏対決をすることになりましたが、恐れをなして逃げ出してしまった、というエピソードが伝えられています。タイトルにある「ディアローグ」とは「対話」を意味する言葉ですが、音楽の形式名となっています。フランス古典期らしい輝かしい響きを出すために、今回は「水平トランペット」と呼ばれるオルガンから突き出たパイプを用います。同じメロディを、やや弱い音量でも繰り返したり、右手と左手が頻繁に鍵盤を交替します。対話するような音楽をお楽しみください。

オルガン:徳岡めぐみ
「サントリーホール オルガン プロムナード コンサート」2020年6月 

ブクステフーデ:パッサカリア ニ短調 BuxWV 161

 作曲者のディートリヒ・ブクステフーデ(1637頃〜1707)は北ドイツの大オルガニストです。巨匠ブクステフーデの演奏を聴くために、若き日のバッハは中部ドイツからはるばる450kmもの道のりを歩いたというエピソードがよく知られています(さすがに馬車も使ったかもしれませんね)。
 「パッサカリア」も音楽の形式の一つで、同じベースラインに基づいて次々と変奏曲が続くスタイルです。曲は4つの部分で構成されていますが、火・空気・水・土といった4元素を表しているとする説や、ブクステフーデがオルガニストとして務めたリューベックの教会にある天文時計をイメージしているという説があります。

オルガン:徳岡めぐみ

J. S. バッハ:前奏曲とフーガ イ短調 BWV 543 

 オルガンには「ミクスチュア」というストップ(音色を選択する機構)があります。一つの音に対して、高い倍音が同時に鳴り響き、カラフルでキラキラとした音色を作ることができるストップです。今回のプログラムの中心人物、J. S. バッハの作品では、この「ミクスチュア」を生かした、イ短調の「前奏曲とフーガ」を取り上げます。
 前奏曲は、ブクステフーデの影響を感じさせる即興的な雰囲気を持っています。フーガは、同じテーマがさまざまな音域でタイミングをずらしながら登場する形式で、ひとりで合唱曲を演奏するような音楽です。メロディの積み重なりや、厚みのある輝かしさを楽しんでいただきたいと思います。

リハーサルより(2023年7月)

シューマン:ペダル・フリューゲルのための練習曲 作品56 より 第4曲 変イ長調 

 「ペダル・フリューゲル」とはペダル鍵盤のついたピアノのことで、ドイツ・ロマン派の作曲家ロベルト・シューマン(1810~1856)の時代に存在していた楽器です。シューマンは妻クララとともに、バッハの作品を熱心に研究していた時期があり、テーマを輪唱のように追っていく「カノン」というバロック時代の書法でこの曲を作っています。楽譜には、ピアノ特有の強弱やアクセントの指示が書かれており、シューマンらしいロマンティックな表情もあり、オルガニストにとっては弾くたびに新たな表現の可能性に出会うことのできる作品です。

リハーサルより ※今回リモートコンソールでも演奏します

ヴィドール:『バッハの思い出』より 第4曲「夜警の行進」

 フランス革命の混乱により、一時期オルガン文化が衰退してしまったフランスですが、シャルル=マリー・ヴィドール(1844~1937)という優れたオルガニストの登場により、大きな変革がもたらされました。彼はバッハのオルガン作品を積極的に紹介しながら、フランス近代へとつながる高度な演奏テクニックを確立・普及させていきました。
 『バッハの思い出に』は、ヴィドールがお気に入りのバッハ作品をフレンチ・シンフォニックの大オルガン用にアレンジした曲集です。第4曲「夜警の行進」は、「目覚めよと呼ぶ声あり」BWV645というバッハの有名なコラール作品を用いたパロディとなっています。

昨年の「珠玉のオルガンコンサート」より  ©N. Ikegami

メシアン:『主の降誕』より 第9曲「神は我らとともに」

 20世紀フランスを代表する作曲家・オルガニストのオリヴィエ・メシアン(1908~1992)は、独特のリズム語法や旋法を自ら編み出した人です。バッハの音楽に対しては「リズムの変化に乏しい」というユニークな批判精神を持っていたようです。
 『主の降誕』はタイトル通り、キリスト誕生を描いた物語性のある曲集です。第9曲冒頭の下行音型は、キリストが人となって地上に降りる場面を象徴しています。続く柔らかな響きのパートは、神の愛を表し、リズミカルな動きはメシアンが愛した鳥の声を描いていると言われます。後半も力強く下行音型が繰り返され、華やかな響きでプログラムを締めくくります。

   リハーサルより

徳岡めぐみ(オルガン) プロフィール

東京藝術大学音楽学部オルガン科卒業、同大学院音楽研究科修了。安宅賞受賞。ドイツ国立ハンブルク音楽大学卒業。2001年アルクマール(オランダ)のシュニットガー国際オルガンコンクールで優勝、聴衆者賞受賞。同年、ハンブルク音楽大学でDAAD賞を受賞、受賞記念コンサートをハンブルクの聖ヤコビ教会で開催。02年北ドイツ放送(NDR)音楽賞国際オルガンコンクールで第2位受賞。近年、能楽やプロジェクション・マッピングとのコラボレーションでコンサートを行うなど、オルガンの新たな可能性を模索している。
現在、豊田市コンサートホールオルガニスト、東京藝術大学および東京音楽大学講師、片倉キリストの教会および国際基督教大学オルガニスト。23年4月より、東京芸術劇場オルガニストに就任。CD『シューマン・ブラームス オルガン作品集』、『ブクステフーデの芸術 オルガン作品集』などをリリース。

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