『Hibiki』Vol.21 2023年7月1日発行
【特集】 「オルガンに出会う」
夏!明るい日差し、ぐんぐん育つ植物、
夏休みの子どもたちの声……
力強いエネルギーを感じる季節です。
ワクワクする体験、したいですね。
思わず身体が反応する音色、心がパーッと開く感覚。
特別な時間を、サントリーホールで。
サントリーホール大ホールの正面に聳(そび)えるのは、世界最大級のオルガンです。5898本ものパイプから創りだされる音色を、生で聴いたことはありますか?多種多彩な音がきらめきながら降り注ぎ、身体ごと響きに包みこまれるような、圧倒的音楽体験です。
この巨大な楽器、鍵盤を弾くことで、長さも太さも形状も素材も様々なパイプに、ふいごによって空気が送りこまれ、複雑な仕掛けで音が鳴るのです。オルガンは一台一台オーダーメイド、ひとつとして同じものはありません。建物と一体化しているのも特徴です。
1980年代初頭、東京初のコンサート専用ホールとしてサントリーホールを設計するにあたり、初代館長・佐治敬三は、世紀の大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンにアドバイスを求めました。巨匠いわく、
「オルガンのないコンサートホールは、家具のない家のようなもの。オルガンは、ホールの真ん中になければいけない。コンサートホール自体が、オルガンを備えた楽器なのです」
ホールの「顔」となる、夢のオルガンづくりが始まりました。
♪ 唯一無二のオルガン
「サントリーホールのオルガンは、大型のコンサートオルガンがまだ少なかった時代に、言わば開拓者的な存在だったのではないでしょうか。バッハのような古典から20世紀フランスのオルガン音楽まで演奏できる音色の構成、壮大なスケール感。本格的にオーケストラと共演でき、これほど幅広いレパートリーを弾けるオルガンが、初めて日本に登場したという感じだったと思います」
と話すのは、ヤマハのパイプオルガン技術者、八木田淳さん。定期的に保守点検し、より演奏しやすく機能を改善するなど、このオルガンを常に見守り続けている人物です。
「オルガンは中世ヨーロッパの教会で発展しましたが、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス……国や地域ごとに様式が異なり、時代ごとの要請や音楽の歴史と共に成長してきた楽器です。現代のコンサートホールに設置する際には、どんな音楽を演奏したいかというホールの意図に合わせて、どのような様式のオルガンを設計するか考えていきます」
オーストリアの名門オルガンビルダー、リーガー社とサントリーホールを繋ぎ、設計、輸入、設置まで完成に至る道のりを先導してくれたのも、ヤマハです。
ヨーロッパの山間にあるリーガー社の工房で、サントリーホールのオルガンはパイプ1本1本からすべてのパーツが職人の手で作られました。仮組みをして音色を確認すると、解体して陸路・海路で輸送、開館前のサントリーホールに運び込み、半年かけて組み立て据え付け、整音。2年近くかけて生まれたのが、「北ドイツの重厚なスタイル、スペインに特徴的な水平トランペット管を備え、さらにフランス音楽の作品表現にも配慮された」、世界最大級のオルガンなのです。
「環境に影響を受けやすい非常に繊細な楽器ですが、このオルガンは恵まれた環境にあり、とても安定しています。この36年間で建物により馴染み、響きも落ち着きました。良い楽器です」
と愛おしそうに語る八木田さん。
30周年には大規模なオーバーホールを行い、よりクリアで美しい音色になりました。
♪ 多くの人に愛されるオルガンに
1986年10月12日、サントリーホール大ホールに最初に響いた音は、当時の館長・佐治敬三が、このオルガンの鍵盤で鳴らした「ラ(A)」の音でした。オルガンにいのちが宿り、新しい空間に音楽が流れ始めた瞬間です。
以来、オルガンの魅力をより多くの方々に知っていただき、多彩な音色や響きを身近に楽しんでいただきたいと、様々な公演が企画されてきました。オーケストラとオルガンによる壮大な交響曲、世界的オルガニストのリサイタル、レクチャー付きコンサート、クリスマス恒例のオルガンコンサート。なかでも最も長く続く名物企画が、月一度のランチタイムに、無料で開催している「オルガン プロムナード コンサート」です(現在は事前予約制)。まずは、気軽に体験してみてください。30分間の演奏を聴いてホールを出る頃には、きっと心持ちが変わっているはず。身体の中にエネルギーを注入されたような、心がぽっとあたたかくなるような。
そして近年、夏の恒例となっているのが、オルガンの世界を一日中お楽しみいただける「オルガンZANMAI!」。同じ楽器でも演奏する曲目によってまったく異なる音色を発し、同じ曲でも演奏家一人ひとりが異なる響きを表現できるのが、オルガンの特徴。5898本のパイプと74のストップ(特定の音色のパイプを選ぶためのアクション)を持つオルガンだからこそ、様々な時代やジャンルの曲を聴き比べることができ、何人ものオルガニストの演奏を続けて聴くことで、広く深い魅力を知ることができるのです。
♪ オルガニストとオルガン
ところで、「オルガニスト」という職業はあまり知られていないかもしれませんが、同じ鍵盤楽器奏者でも、ピアニストとはずいぶん異なります。奏法はもちろんのこと、いちばんの違いは、建物と一体化した巨大な規模の楽器なので、所有するのが格段に難しいこと。また、西洋に比べて日本は教会も少なく、オルガンを備えたコンサートホールも全国で数えるほど、練習の機会さえなかなか無いように思われます。どんなきっかけでオルガニストになり、日々どのようにオルガンと向き合っているのでしょうか? 「オルガンZANMAI!」にも出演する、原田真侑さんに伺いました。
「私の場合、幼い頃から母にピアノを教わっていたことと、家族で教会に通っていたので、大きなオルガンに憧れがありました。小学校3年生の時、近くの女子大のチャペルで、子どものためのオルガン体験講座があったんです。まだ足がペダルに届かないほどでしたが、参加して、初めて弾いた途端に、『これだ!』と。もう、響きが素晴らしくて」
毎年講座を受け、家では電子オルガンで練習、プロを目指して音大へ。最初に弾いたフランス古典作品への憧れもありフランスに留学し、なんとベルサイユ宮殿王室礼拝堂のオルガンを弾く機会もあったという原田さんにとって、サントリーホールのオルガンは「いつか弾いてみたいオルガン」のひとつだったそうです。
「とにかくストップが多彩で、可能性が無限大。オルガニストは演奏の準備として、“レジストレーション”という、音色の組み合わせを作る作業に時間をかけるのですが、このオルガンはすごく迷います。選び放題なので! 音色をひとつ足すだけで、色彩が変わるんです。絵の具を一滴垂らして混ぜるような感じで。なんでもできるオルガンなので、弾きたい曲がありすぎて、プログラムを決めるのに困るほど、とても楽しい楽器です」
演奏する先々で異なる楽器と出会う喜びも、オルガニストならでは。
「いかにしてオルガンと〝いい関係〟を築けるか。時間をかけて仲良くなれば、楽器は応えてくれます」
♪ オルガンを楽しみ尽くす
さて、今年の「オルガンZANMAI!」は8月11日(金・祝)開催です。オルガンの仕組みをわかりやすく劇仕立てで解説する「オルガン研究所」(4歳のお子様から入場できます)から、王道バッハの作品を中心にした珠玉のコンサートまで、多彩なプログラム。今年ならではの注目は、不朽の名作アニメ「ベルサイユのばら」にちなんだ曲を演奏する「オルガン×ベルサイユのばら」。原田真侑さんの演奏と、宝塚歌劇団でオスカルも演じた俳優・声優の七海ひろきさんの朗読で、ベルばらの世界を堪能していただきます。初体験の方からオルガンファンまで、そして夏休みのファミリーイベントとしてもお楽しみいただける一日。「楽器の王様」オルガンの魅力を、たっぷりと。
オルガンのイメージがガラッと変わる「オルガンZANMAI!」
サントリーホール企画制作部
曽武川和之
たった一台でオーケストラといわれるほど多彩な音色を持つオルガン。多くの方にその豊かな世界に触れていただきたくて、様々なスタイルでオルガンの楽しさを感じてもらえるように、と生まれたのが「オルガンZANMAI!」です。5回目となる今年のテーマは、「オルガンと時をめぐる」。300年前から愛されてきたバッハの名曲(彼自身、オルガニストとしても活躍していました)や影響を受けた作曲家たちの作品を、オルガニスト徳岡めぐみが演奏する「珠玉のオルガンコンサート」。フランス革命の時代を描いた「ベルサイユのばら」の作中音楽を、作曲家・坂本日菜の編曲で原田真侑が演奏、演出家・田中麻衣子の構成・台本、七海ひろきの朗読でお届けする「オルガン×ベルサイユのばら」。ブルーローズ(小ホール)では、独特の可愛らしい音色を奏でる小型オルガン、ポジティフオルガンを、次代を担う二人のオルガニストが演奏します。お子様も含め、オルガンが初めての方々にもお楽しみいただける、特別な一日です。