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『Hibiki』Vol.20 2023年4月1日発行 

【特集】 「マチネで開く新しい扉」

陽光あふれる時間のマチネ(昼公演)にはどんな音楽を聴きたいですか?
コンサートホールで受け取った音色があなたの今日一日を輝かせてくれるかもしれません。
新しい音楽家との出会いがこれからの日々を楽しく豊かに支えてくれるかもしれません。
新しい季節に、新しい出会いと発見を求めてマチネに出かけてみませんか?

「日本フィル&サントリーホール とっておき アフタヌーン」サクソフォーンプレーヤーの上野耕平さんを迎えて行われた最終回で、ナビゲーターを務める高橋克典さん

「リラックスして楽しむマチネ」 高橋克典(俳優)インタビュー

サントリーホールは、いろいろなシチュエーションで音楽と出会える場所。親しい友人と一緒に、時には親子や夫婦で、同じ音楽を聴く喜び。ひとりの時間を豊かに過ごすための、ちょっとした贅沢。軽やかに寛いだ雰囲気で音楽を楽しむのなら、マチネがお勧めです。プログラムによって開演時間も様々なので、1日の計画に組み入れやすく、チケット価格もわりと手軽、映画を見るような気分で出掛けられます。
たとえば平日の午後。より気軽に、より身近にクラシック音楽に触れるシリーズとして、日本フィルハーモニー交響楽団とサントリーホールは7シーズン20回余にわたって、名曲コンサート「とっておきアフタヌーン」を続けてきました。
「午後のこの時間に、ゆったりクラシック音楽を聴くというのは、すごくいいですよね。食事の時間も邪魔しないし(笑)。毎回とても工夫されたプログラムで、初めてコンサートにいらした方も、クラシックを相当聴き込んでいる方も楽しめる選曲なので、お客さんの反応の良さが、ステージからも感じられます」
と話すのは、「とっておき」のナビゲーターとしてこのシリーズに関わってこられた、俳優の高橋克典さん。
ご自身は、まだ幼い頃に音楽家の両親に連れて行かれたコンサート体験から、「クラシック音楽は退屈だ!」と思い込んでいた時期が長かったそうです。
「ロックやジャズにはハマったけれど、クラシック音楽に対しては、かしこまった雰囲気も好きではないと、初めから斜に構えて見ていたんです」
しかし、テレビの音楽番組やコンサートのMCを務めるうちに、徐々に作曲家や演奏家の「人間っぽい」魅力を知り、親しみを感じたり、曲のちょっとした解説でクラシックの扉が開かれたと言います。
「このサントリーホールのステージで出会った演奏家の皆さんは、一期一会の本番、この瞬間に懸けて演奏される方々ばかり。昼間といえど本気の演奏が気持ちいい。そして、指揮者とオーケストラの恐ろしいほどの真剣勝負。同じオーケストラでも、やはり指揮者によって変わるんですね。音楽家の人間力や説得力、そしてお互いの波長がハーモニーに反映されていくのを、間近で感じます。その日のお客さんの雰囲気も、演奏に大きく影響しているように思います」

©松井康一郎
高橋克典(たかはし かつのり)
「とっておきアフタヌーン」2020〜21シーズンからナビゲーターを務める。プライベートでも、サントリーホールによく聴きにいらっしゃるそう。
スタイリング・小川カズ
ヘアメイク・飯面裕士(HAPP'S.)

♪ 心踊る午後2時「にじクラ」
そんな「とっておきアフタヌーン」が、この春より「にじクラ」というシリーズ名で、新たにスタートします。キャッチコピーは「トークと笑顔と、音楽と」。毎回異なる注目の指揮者、ソリストと日本フィルによる上質なハーモニーで、心踊る名曲の数々をお届けします。ナビゲーターは引き続き高橋克典さん。音楽家との間で繰り広げられる楽しいトークは、さらにバージョンアップ。リラックスしながらもクラシック音楽の魅力の本質へ、アプローチしていきます。
平日午後2時スタートのクラシックコンサート「にじクラ」第1回は、若葉萌える5月。ソリストに世界的ヴァイオリニスト神尾真由子さんを迎えて演奏するのは、ヴァイオリンの〝超絶技巧〟を駆使した、パガニーニの「ヴァイオリン協奏曲第1番」(協奏曲=コンチェルトとは、独奏楽器とオーケストラのための楽曲を指します)。作曲者ニコロ・パガニーニは、音楽史上に様々な意味で名を残す天才ヴァイオリニスト。人間離れした演奏で19世紀当時のヨーロッパの人々を驚かせ、「悪魔に魂を売った男」とまで噂されたそうです。そんなパガニーニが自作自演した難曲を、圧倒的な熱量で演奏します。
後半のステージでは、高橋克典さんも演奏者の一員に。楽器ではなく「語り」でオーケストラと共演します。20世紀に活躍した作曲家セルゲイ・プロコフィエフが、子どもたちのためにつくった「交響的物語『ピーターと狼』」。主人公ピーターと様々な動物たちが繰り広げる音楽物語です。
「僕、物語を朗読するのは大好きなんです。コロナ禍の時期に、インスタライブで絵本の朗読をずっと続けていたんですよ、クラシック音楽をバックにかけたりしながら。今回は生のオーケストラと一緒に物語れるなんて、夢のようです」
高橋克典さんの表情豊かな語りと、それぞれの動物の声を楽器の音色で表現するオーケストラの音楽が、交互になってストーリーを展開。絵本のような音楽の世界にたっぷり浸れる、贅沢な午後です。

©N.Ikegami
劇中音楽内の「語り」で熱演する高橋さん(とっておきアフタヌーン Vol.19)

「"CMG"で初めての音体験」 吉野直子(ハープ)&宮田まゆみ(笙)インタビュー

6月には、サントリーホール恒例「チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」が、2週間余にわたり開催されます。国内では類のない新しい試みとして始まった室内楽の祭典も、今年で13回目。音楽家にとって室内楽こそ原点、奏でる喜びを存分に味わえると、毎年世界中から様々な楽器奏者が集います。
マチネあり、ソワレ(夜公演)あり、60分の公演もあれば、3時間の饗宴(CMGフィナーレ)も。CMGならではの奏者や楽器の組み合わせが刺激的で、ほかでは味わえないアンサンブルが生まれます。今年は、東洋の伝統楽器「笙(しょう)」が初登場。ハープと笙が共演するマチネに注目です。

宮田まゆみ(みやた まゆみ)
リサイタルや国際的音楽祭など、笙を国際的に広め、現代作品の初演も多い。CMGは初出演。

♪ 6月8日 午後1時 ハープと笙の特別な出会い
笙奏者の宮田まゆみさんは、古典雅楽から現代作品まで笙という楽器の魅力を幅広く表現、国際的に広めてきた第一人者。ハープ奏者の吉野直子さんは、この20数年間、折に触れてデュオ・リサイタルなどで共演し、宮田さんの笙の音(ね)に惹(ひ)かれてきたと言います。
「西洋楽器と合わせるのと全然違って、音をつくる上での響きがスペシャルなんです。五線譜を超えた時間軸と言うのか……時代や時空間を超越した何か宇宙のような広大な世界が表され、その中にハープも入っていける。何より、私の普段のレパートリーとまったく違うので特別感があり、ワクワクします」
と吉野さん。宮田さんも、
「ハープと一緒に演奏すると、響きがとても心地よくて、溶け合う感じがします」
と。今回の選曲は、CMG「プレシャス1pm」というマチネ公演であることを大事に、考えられたそうです。
「気軽にいらしていただける昼間のコンサートですから、耳に馴染みやすい音楽をリラックスして聴いていただけたら。私たち自身も演奏するのが楽しい選曲で、遊びの要素が多いです」(宮田)
「宮田さんとだからこそ、時空間を自由に行き来して遊びたいと思っています。時代にとらわれない不思議な空気感を、楽しんでいただけたら」(吉野)
「線香花火」「櫛海月(クシクラゲ)」「うつろひ」など、演奏作品の曲名からも様々な情景が浮かびそうです。

©Akira Muto
吉野直子(よしの なおこ)
CMGには初回より毎年出演。ハープの魅力を伝え、アンサンブルの可能性を切り拓くハーピスト。

♪ 身体ごと音に包まれる
奈良時代に日本に伝わり雅楽で使われている笙は、17本の竹管から出来ていて、オルガンと構造が似ています。
「吹く息も吸う息も使ってリードを振動させ、基本的には右手2本、左手4本の指で演奏します。音域はとても狭く(1オクターブと長6度)、音階も限られていますが、複数の音を同時に出すことができ、倍音というとても高い音も出るので、音が重なるとキラキラとした光のようなイメージが出ます。音と音の周波数の差で生まれる差音が低い方で鳴るので、上も下もいろいろな音が響きあうのです。難しい理屈は抜きで、笙の音とハープの豊かな響きの重なりを身体で感じ、音と身体が共振する心地よい体験をしていただければと思います」(宮田)
「ブルーローズは、コンサートという非日常の空間に入り込ませてくれつつ、お客様と互いに息遣いを感じられるほどの距離感が素敵な場所です。宮田さんの笙は空間全体に響いて包まれる感じがしますし、ハープでつくる音の襞というか、いろいろな表情が、弱音でもしっかり伝わっているのを感じます」(吉野)
「お客様に囲まれる配置の舞台で、まさに、お庭に招かれて演奏しているような雰囲気です。音楽から、初夏の季節感や日のうつろいなどを一緒に感じていただけたら、うれしいです」(宮田)
吉野さんは「CMGオープニング 堤 剛プロデュース」にも出演。チェロとハープのアンサンブルで、世界を巡る音楽をお楽しみいただきます。

©A.Tomozawa
息もぴったり、互いに信頼感の厚いおふたり。

ランチタイムにオルガンの響き 「サントリーホール オルガン プロムナード コンサート」

未知の響きとの出会いと言えば、毎月1回(8月を除く)、平日ランチタイムに開催の「サントリーホール オルガン プロムナード コンサート」もお勧めです。大ホール正面に堂々と構えるオルガンは、5898本もの大小様々なパイプを備え、1台でオーケストラのような多彩な音色を響かせる世界最大級の楽器。その壮大な音の世界をなんと無料で楽しめる、12時15分開演、30分間のコンサートです。初めてのサントリーホール体験の方でも気軽に入れて、会社勤めの方も昼休みを利用してゆったり楽しめる時間帯(事前予約制)。毎回異なるオルガニストが登場し、演奏作品も様々なので、回を重ねればオルガンの幅広い魅力を知ることができます。圧倒的な音を全身で浴びて、心も脳もリフレッシュ! 午後からの元気につながる、白昼30分間の非日常です。

サントリーホールが誇る世界最大級のオルガン。

年に4回!日曜11時は「こども定期演奏会」

コンサートホールはこどもたちにとっても、まさに新しい世界への扉。生まれて初めてコンサートホールを訪れ、オーケストラに出会うこどもたちのために、たくさんの大人たちが考えに考えて創りあげてきたのが、東京交響楽団とサントリーホールによる「こども定期演奏会」です。1シーズン4回で、年間毎にテーマが設けられます。今年のテーマは「色」。「音楽の色いろ」と題し、初回4月は青、7月は赤、9月は黄&金色、締めくくりの12月は黒&白にちなんだ、多様なオーケストラ作品が演奏されます。毎回異なる指揮者が、こどもたちがしむ場となるよう、知恵を絞ります。
客席で聴くだけではなく、コンサートという場を創りあげる様々な事柄に、たくさんのこどもたちが参加できるような企画も盛りだくさん。チラシにはこどもたちから募集した絵がデザインされ、毎回オープニングには、こどもが作曲しプロの音楽家がオーケストラ用に編曲した今年度のテーマ曲が演奏されます。こどもの奏者がピアニストやオーケストラと共演する、夢の舞台も用意されています。

2023年度のチラシには、この春小学3年生の浦上彰太さんのイラストが選ばれました。

♪ すべてが新しい経験
7月「赤」の回を指揮する川瀬賢太郎さんは、「こども定期」4度目の登場。このコンサートにかける思いを伺いました。
「正直、すごく緊張するんです。こどもの反応ってとても素直なので、楽しければノリノリだし、面白くなければ寝るか帰りたがる(笑)。ですから指揮者もオーケストラも、この場が良い思い出としてインプットされるよう、やる気満々、絶対に飽きさせないぞ!と全力投球です。司会の坪井直樹さんも、雰囲気づくりに欠かせない大切な存在です」
こどもの集中力を考えて、約75分のコンサートのうち演奏時間は全体で40分前後に収め、その合間に曲の魅力や、指揮者やソリストの裏話など楽しいトークで盛り上げます。
「あふれ出る感情から、身体を動かしたり声を出したり、曲の途中で拍手をしても、あまり抑制せずに、大人も一緒に楽しんでほしいです。こどもにとっては、すべてが新しい経験なわけですから。親子の共通体験として、その後の会話も弾むような場になるといいなと思います。コンサートホールでのマナーは、自然に身についていくと思います。こどもって数時間の単位で成長していくし、その吸収力ってすごいですから」
昨年初めて実施された「こども定期特派員」による取材現場でも、その能力の高さをひときわ感じたと言います。
「脳みそが柔らかくて発想も自由なこどもたちが、うらやましい! 何より、初めてのコンサート体験がサントリーホールだなんて、なんて贅沢なんでしょう。僕もこどもの頃に来て、心臓がバクバクするほど興奮しました。開場時に鳴るパイプオルゴール、赤い絨毯……特別な場所、いつもとは違うすごい世界に入っていくんだという気持ちを、今も覚えています。指揮者への道のりは、そこから続いていたような気がします」
言葉を超えた感情豊かなコミュニケーション。魅力満載のマチネ公演の数々、ぜひ一度足をお運びください。(2023年シーズン「音楽の色いろ」は年間会員券、1回券共予定枚数終了)

©N.Ikegami
川瀬賢太郎(かわせ けんたろう)
名古屋フィルハーモニー交響楽団音楽監督、札幌交響楽団正指揮者、OEKパーマネント・コンダクター。一児の父で、こどもの能力の高さを日々感じているそう。
©N.Ikegami
昨年9月の公演後に実施された「こども定期特派員」による指揮者・川瀬賢太郎さん、ピアニスト・角野隼斗さんへの取材風景

長年続く名物企画

©N.Ikegami

サントリーホール企画制作部
菅原修平


「オルガン プロムナード コンサート」は、サントリーホールの顔である世界最大級のオルガンを、多くの方々に楽しんでもらいたいと、1991年からずっと続けてきました。この4月で336回目を数えます。若手オルガニストにとっては貴重な経験の場でもあり、国際的に活躍している奏者が次々登場します。
「こども定期演奏会」は2001年に日本初の試みとして始まり、22年目。いかにこどもたちを飽きさせず、クラシック音楽に親しんでもらうか。積み重ねてきた知見を活かし、スタッフ一同総力を挙げて綿密に組み立てた、自信をもってお勧めできるプログラムです。定期的に聴いていただければ、より音楽の魅力を感じられます。若手作曲家とこどもたちを繋ぐ「新曲チャレンジ・プロジェクト」や、「こども定期特派員」による取材など、近年始まった新しい企画も続けていきます。多くのこどもたちに楽しんでもらえることを願っています。

©N.Ikegami
©K.Iida
「こども定期演奏会 第84回『冬のあそび』」より