アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)
ディスカバリー!ナイト~室内楽なシンフォニー

北村朋幹(ピアノ) インタビュー

高坂はる香(音楽ライター)

北村朋幹(ピアノ)

東京音楽コンクールや浜松国際ピアノコンクールに入賞して、10代半ばの若さで音楽界から注目を集めてきた北村朋幹さん。その後、2011年秋からベルリンに留学し、リーズ国際ピアノコンクールやボン・テレコム・ベートーヴェン国際ピアノコンクールに入賞。現在もベルリンを拠点に活動し、独自の音楽やレパートリーを探究するスタンスで評価されている。
しかし北村さんは10代の頃、実はピアノという楽器に全く興味がなかったという。その理由は、「オーケストラというものが好きで他の楽器の音に興味があったため、ピアノの音だけで表現するということをすごくつまらないと感じていたから」。しかしその後も、幼少期から続けてきたそのピアノによる表現を探究し、ときにはプリペアドピアノやトイピアノなど、一般的なピアノ以外の楽器も取り入れながら、音で表現することの可能性を広げてきた。
そんな北村さんにとって、今回のチェンバーミュージック・ガーデンで行う「ディスカバリー!ナイト~室内楽なシンフォニー」という企画は、念願のコンサートといえそうだ。

北村朋幹(ピアノ)

ピアノだけの音色で満足できなかった子ども時代を過ごした北村さんとしては、今回のシンフォニーを室内楽で演奏する企画は嬉しくて仕方なかったのではないですか。

そうですね(笑)。僕には常に、わりと長い“やりたい曲リスト”があります。
ソロは自分で取り組むことができ、デュオやトリオの作品もこれまで共演者に提案したら実現することが多く、僕はとても恵まれてきました。
でも、今回の編成と内容、特にショスタコーヴィチの交響曲第15番のピアノ三重奏と13の打楽器用編曲版は、なかなか実現できる機会がありませんでした。
今回、チェンバーミュージック・ガーデンでそれができることとなったので、コンサートとしてうまくマッチするもう一作品を選びたいと思いました。

そこで選ばれたのが、ベートーヴェンの交響曲第2番のピアノ三重奏編曲版なのですね。

ロマン派以降の作曲家にとって、シンフォニーを書くといえば必ずベートーヴェンの存在があったと思います。特にショスタコーヴィチは、作曲のスタンスとしてベートーヴェンと近いものがあります。弦楽四重奏曲をたくさん書いていたことなども共通点のひとつですね。一方で例えばプロコフィエフは、とてもモーツァルト的です。
ただ、当初このピアノ三重奏曲を選ぶにあたっては、室内楽作品としての魅力がどのくらいなのかを注意深く見る必要があると思いました。あの時代には、単に作品を広く紹介するための編曲作品もあったからです。でも改めて弾いてみると、やはりピアニストでもあった作曲家らしい魅力があります。特に2楽章は、もともとトリオのために書かれた作品のようです。
プログラムとして、ベートーヴェンの初期の交響曲とショスタコーヴィチの最後の交響曲を並べることで、コントラストが感じられるのではないかとも思いました。人の人生にはサイクルのようなものがありますから、最初と最後のシンフォニーにはどこか似る部分もあるかもしれません。

北村朋幹(ピアノ)           ©TAKA MAYUMI
東京音楽コンクールにおいて第1位ならびに審査員大賞受賞、浜松国際ピアノコンクール第3位など数々の国際コンクールで入賞。日本国内をはじめヨーロッパ各地で、演奏活動を定期的に行っており、2019年からは「Real-time」と題した自身のリサイタル企画を展開。録音は『ケージ プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード』を含む5枚のソロ・アルバムをフォンテックよりリリース。東京藝術大学に入学、ベルリン芸術大学ピアノ科で学び最優秀の成績で卒業。フランクフルト音楽舞台芸術大学では、歴史的奏法の研究に取り組んだ。ベルリン在住。「北村朋幹 20世紀のピアノ作品(ジョン・ケージと20世紀の邦人ピアノ作品)」が第22回(2022年度)「佐治敬三賞」受賞公演に決定した。

原曲が交響曲の作品を演奏するときは、オーケストラの表現のイメージを目指していくのですか?

僕は、音楽というものは基本的に個人的なものだと思っています。例えば150人で演奏するシンフォニーでも、書いているのはたった一人であり、その音楽は個人の心から出てきたものです。その視点からいうと、シンフォニーのイメージで演奏するとか室内楽らしく演奏するとかいう違いは、手段にすぎないと思っていますね。

郷古廉(ヴァイオリン)さん、横坂源(チェロ)さんとはたびたび共演されていますが、共演する際に楽しみにしていることはありますか?

2018年に初めて共演して以来の仲で、固定のトリオとして活動しているわけではありませんが、すごくいい関係になってきたと思っています。3人とも会うたびに変わっていて、そのことを音楽で共有し、受け入れ合うことがとても楽しいですね。
郷古くんはソリストとして活動すると同時に、最近はN響のゲスト・アシスタント・コンサートマスターも務めています(4月よりゲスト・コンサートマスター)。定期的に共演していると、やはり彼の音楽の発展を感じます。ソリストとオーケストラ奏者、両方の視点を持った彼と、シンフォニーの室内楽版というレパートリーに取り組めるのは楽しみです。
横坂くんもとても尊敬する音楽家です。彼には昔から自分の世界があります。後付けの勉強は誰にでもできますが、そういうことを超えたところに彼のファンタジーがあるのでしょう。
誰かと共演するときには、ちゃんと向き合いたいですから、本来とても時間がかかるものです。僕は彼らの音楽だけでなく、人柄もとても好きです。

©藤本史昭
郷古 廉(ヴァイオリン) ©Hisao Suzuki、 横坂 源(チェロ)

パーカッションでは、清水太さん、西久保友広さん、藤井里佳さんが共演されます。

清水太さんの演奏を初めて聴いたのは、ここサントリーホールで、井上道義さん指揮、東京交響楽団と共演させていただいたときです。後半のショスタコーヴィチの交響曲第6番の清水さんの演奏を、リハーサルから本番まで聴いて、ティンパニ奏者というのは指揮者と向かい合わせの位置にいて、指揮者の心を受け取り、それを放射線状に発していく、まるで鏡のような存在なのだと実感しました。彼の柔らかい一打音からは色彩を感じます。
その2ヶ月後に東京交響楽団と再共演の機会があり、バルトークのピアノ協奏曲第1番をご一緒しました。2楽章は打楽器とピアノで長いやりとりがありますが、リハーサルも丁寧にやってくださり、とても室内楽的なやりとりができました。いつか共演したいですねという話をしていたところ、今回打楽器が入る作品だったので、絶対に清水さんにお願いしたいと思いました。西久保さんと藤井さんは、彼が共演しやすい方ということでご紹介くださいました。
このメンバーで演奏できるって本当に贅沢で、とても楽しみです。

清水 太、 西久保友広、 藤井里佳(パーカッション)

曲目もメンバーも最高だなんて、嬉しくて仕方ないでしょうね!

……確かに、このメンバーとこのプログラムで違うピアニストが弾いていたら、僕、すごくうらやましくなってしまうと思います(笑)。

ショスタコーヴィチの交響曲をブルーローズ(小ホール)で聴けるというのもおもしろそうです。

ポリリズムがたくさん使われているなど、原曲も大きなシンフォニーというより、細かいテクスチャーを聴くことが魅力の作品です。
普通シンフォニーは大ホールで聴くことになりますが、打楽器って実はすごく繊細な表現をしているので、小さな会場でそのあたりもしっかりと聴けるのはおもしろいと思います。

ピアノだけでなく、チェレスタも北村さんが演奏されるのですよね?

そうなんです、実は前からチェレスタを弾いてみたいと思っていたので、この作品に入っているのを見つけた時は嬉しかったです。
ただ、ピアノの横にチェレスタを置くというキース・エマーソンみたいな体勢で、しかも右手でピアノを弾きながら、本来チェレスタ奏者が両手で弾くような細かい音型を左手で弾かなくてはならならないので、少し大変です(笑)。

そもそも、なぜこのショスタコーヴィチがやりたいことリストのトップに入っていたのですか?

小学校の頃、世界で一番美しい音楽はチャイコフスキーの「悲愴」だと思っていた時期がありました。それしか知らなかったのでのめり込んでいたんです。でもあるとき、どうやらシンフォニーというものは他にもあると気付いて、全音の楽譜をいろいろと見始め、そのなかにショスタコーヴィチの交響曲がありました。当時はショスタコーヴィチの交響曲だけ、表紙の文字の色が他と違う赤だったんです。
それである時、彼が若い時に書いた1番を聴いてみようと思い、おこづかいで手に入れやすかったCDを買いました。デュトワが振っているDeccaのアルバムでしたが、これに交響曲1番と15番がカップリングされていたのです。
そのため初めは、1番をとても興味をもって聴いて、15番はそのあと流れ始める曲というイメージでした。そうして聴き続けているうちに、自然と自分の中に入っていたという感覚です。
シンフォニーって、ピアニストには手が届かない表現ができる、ある種の理想です。なかでも原曲の4楽章の、幻想的で夢の中の出来事のような響きは、6人の室内楽で表現したらとてもいいものになるのではないかと思います。編曲者のピアニストがこの編成にした気持ちは、とてもよくわかります。

ピアノはよく1台でオーケストラのような表現ができると言われますが、それでもやはりシンフォニーの表現には憧れますか?

確かによくオーケストラの表現ができるといわれますけれど…本当にそう思いますか?(笑)
僕がオーケストラの表現に憧れるのは、ピアノから一番遠いと感じるからで、その最たるところは、大人数で演奏しているという点です。みんなが呼吸を合わせて一つの拍を作ろうとすると、もちろんきれいに揃いきらないときもあって、でも逆にそれこそがオーケストラの良さでもあると思うのです。きれいに揃いすぎていたら逆にちょっと怖いですよね。だから僕もピアノを弾く時、そういう揃いすぎた演奏にはしたくないとどこかで思っています。何かが少しはみ出しているほうが人間的だし、美しいと感じるのです。

今回は配信もあり、あまり聴ける機会のないショスタコーヴィチのこの作品も広く聴いてもらえますね。

正直、僕はあんまり配信というものが得意ではないのですが、今回は珍しい作品をたくさんの方に聴いていただきたいということで配信することになりました。そもそも僕がこの編曲作品を初めて知ったのも、演奏会のライブ映像でした。ティンパニの側に置かれているカメラが、楽器が叩かれるたびに振動で揺れていて、それがまた音楽とマッチしていておもしろいんです。
収録だとホールでは聴こえない音が聴こえることもあって、また別のおもしろさがあります。

最後にサントリーホールの印象をお聞かせください。

これまで大ホールでは何度か演奏させていただいていますが、やはり世界的に有名なホールですから、モニュメンタルなものを感じる場所です。
ただ僕自身は、サントリーホールで弾いた後、本当に素晴らしいホールで楽しかった!といえる人がすごく羨ましいんです。どこで弾くにしても本番ってとても怖いから、ホールがどんな歴史がある場所か、ということなど考えている余裕がまったくありません。
先日井上道義さんのオペラをP席で聴きました。あの席は、舞台上で弾く時と視点は若干似ています。でももちろんリラックスした状態で座っていられたので、改めてこういうホールだったんだと気がつきました。客席と奏者が1対1でつながりやすい形ですね。
ブルーローズについては、実はこれまで演奏したことがありません。「チェンバーミュージック・ガーデン」って、まず名称がいいですよね! 演奏会もその名のような空間になり、聴いているみなさんにも能動的に参加していただけるといいなと思います。

サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

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