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チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)

「エリアス弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル」 への期待

後藤菜穂子(音楽ライター)

今年、サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)の恒例企画ベートーヴェン・サイクルに登場するのは、英国を拠点にするエリアス弦楽四重奏団 Elias String Quartetである(ちなみに、英国風の発音だとエライアスとなる)。今年はちょうど結成から25年、英国を代表するグループとして内外でますます活躍の場を広げている。とりわけベートーヴェンのサイクルは十年以上かけて重点的に掘り下げてきた得意のレパートリー。ぜひ初夏のCMGで、彼らの成熟したベートーヴェンを聴いてほしい。
今回がグループとしての初来日ということなので、まずは彼らについて押さえておきたい基本データを下記、まとめてみた。
■ 結成年:1998年、英国マンチェスターにて結成。今年、結成25周年を迎える。
■ 名称の由来:メンデルスゾーンのオラトリオ『エリアス Elias』にちなんで付けられた。理由は、グループとして最初に弾いた曲のひとつがメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲で、彼と関係のある名前にしたかったから。
■ 現メンバーの顔ぶれ:サラ・ビトロック(第1ヴァイオリン)、ドナルド・グラント(第2ヴァイオリン)、シモーネ・ファン・デア・ギーセン(ヴィオラ)、マリー・ビトロック(チェロ)。このうち創設メンバーはグラントとマリー・ビトロックの2人。マリーの姉であるサラは2003年に加わり、オランダ出身のヴィオラのファン・デア・ギーセンは2018年に加わった。
■ 初ベートーヴェン・サイクル:2012〜14年
■ レコーディング:ウィグモアホール ・ライブ・レーベルからベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲(全6巻)。ブリテンの弦楽四重奏曲第2、第3番ほか。

結成25周年を迎えるエリアス弦楽四重奏団

1998年に英国の王立ノーザン音楽大学(RNCM)の学生4人によって結成されたエリアス弦楽四重奏団は、同大学の室内楽の指導者であったクリストファー・ロウランド(元フィッツウィリアム弦楽四重奏団の第1ヴァイオリニスト)のもとで研鑽を積んだ。グループは現在、同音大のアーティスト・イン・レジデンスを務めている。ちなみに、すこし時代は下がるが、のちに加わることになるヴィオラのシモーネ・ファン・デア・ギーセンも同じくRNCMのロウランドに学び、その後ナヴァラ弦楽四重奏団の創設メンバーとして活躍した奏者である。すなわちエリアスの出発点はRNCMにある。

彼らが影響を受けたカルテットとしては、学生時代にロンドンやマンチェスターで聴くことができたエンデリオンやリンゼイ弦楽四重奏団を挙げる。学生時代はなるべく多くのカルテットを聴きにいき、またみんなで集まってアマデウス弦楽四重奏団などのレコーディングを聴いて勉強したそうだ。RNCM卒業後はケルン音楽大学で一年間、アルバン・ベルク四重奏団にも師事。そこでは、より分析的なアプローチで曲を読み込むことも学んだという。

2009年にはBBCニュー・ジェネレーション・アーティストに選ばれ、頭角を現す(同期にはピアニストのカティア・ブニアティシヴィリもいる!)。この2年間のプログラムを通して、BBCラジオでのさまざまなライブおよびスタジオ収録に参加し、BBCプロムスやウィグモアホールのランチタイム・コンサートなどにも出演、また各地の室内楽のシリーズや音楽祭への出演の機会を得るなど、グループとしての活動の幅が飛躍的に広がった。筆者も、この時期にBBCプロムスの室内楽シリーズでの彼らの意欲的な演奏を聴いている(サリー・ビーミッシュへの委嘱新作を含んだプログラムであった)。

©Kaupo Kikkas
©Kaupo Kikkas

エリアス弦楽四重奏団のベートーヴェン・プロジェクト(2011~15)

ほぼ時を同じくして、エリアス弦楽四重奏団は、ボルレッティ=ブイトーニ財団から3万ポンドの助成金を得て、壮大なベートーヴェン・プロジェクト(2011〜15)に乗り出した。それは数年かけてベートーヴェンの弦楽四重奏曲をすべて演奏および録音し、さらにそのプロセスを専用のウェブサイトに随時アップして、最終的にそれを記録に残すというものであった。プロジェクト開始時点ではまだ演奏していない作品も多かったので、彼らにとって準備期間も実際の公演と同じだけ重要であったという。2012年より英国各地の7つのコンサートホールでそれぞれベートーヴェン・サイクルを行ない、15年に締めくくりとしてウィグモアホールで全曲演奏し、それがライブ盤としてホールの自主レーベルからリリースされた。
ちなみにこのプロジェクトの記録(動画、ブログほか)は今でも専用サイトで観ることができるので、ぜひチェンバーミュージック・ガーデンでの公演のための予習に、またはベートーヴェンのカルテットへの理解を深めるためにご覧いただければと思う。

プロジェクト終了後も、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は彼らのレパートリーの中核を成してきており、しばしば全曲演奏も行ってきた。ただ、CMGのように短期間に集中して演奏する機会はさほど多くはなく、いちばん最近では昨年の4月にヒューストンで一気に全曲を演奏した。通常、彼らは全曲演奏するときは、各コンサートに前期・中期・後期を1曲ずつ入れる形を取るのだが(CMGでもこのプログラミング)、ヒューストンでは彼らとしては初めて年代順に演奏し、それによって新たな発見もあったという。
ベートーヴェン・サイクルに取り組む際には、作品130(第13番)の終楽章をどうするか、「大フーガ」をどう扱うかというのは必ず直面する問題だが、エリアス弦楽四重奏曲の解決方法は、終楽章の異なる作品130を2回演奏し、1回目は改訂されたアレグロ楽章、2回目(別の日)は「大フーガ」を終楽章として演奏するというものだ。これは彼らが最初のサイクルを演奏したときにリンゼイ弦楽四重奏団のピーター・クロッパーから伝授された方法で、どちらの終楽章を演奏するかによって、曲全体の解釈も変わってくると彼らは話す。この2つのコンサートを聴き比べるというのも意義深い体験になりそうだ。(CMGでは6月5日のベートーヴェン・サイクルⅡにて第6楽章「アレグロ」、6月14日の同Ⅵで「大フーガ付」を演奏する) 

©Pete Checchia
©Kaupo Kikkas

エリアス弦楽四重奏団の素顔

カルテットの人間関係というのはなかなか難しいものだとよく聞くが、エリアスの場合、第1ヴァイオリン奏者とチェロ奏者が姉妹であることがグループの力関係にも影響してこよう。とはいえ、結成当初から姉妹で弾いていたわけではなく、姉のサラは創設メンバーのマグナス・ジョンソンが辞めたときに加わった。妹のマリーによれば、今は特に姉妹であることを特に意識しないけれど、ひと頃は姉と一緒に弾くことに重圧を感じたこともあったという——姉妹であるためにお互いに感情が高ぶってしまうことがあったそうだ。でも音楽的には、二人は言葉を介さなくてもいわばテレパシーのように通じ合うのだと話す。この二人が第1ヴァイオリンとチェロという両端パートを担当していることが、エリアスのダイナミックかつ引き締まったアンサンブルの鍵を握っているのかもしれない。

もうひとつ、グループとして長続きしている背景には、お互いの生活を尊重し(全員別々の都市に住んでいる)、カルテットとしての活動の時期を区切って行っていることもあるかもしれない。すなわち、カルテットとしてのオンとオフを大事にしているということだ。サラはパンデミック中、ロックダウンが始まった直後にお子さんを出産し、現在子育てをしながら演奏活動をしているし、グラントは母校RNCMの教師として弦楽器科の室内楽の指導をするほか、フィドル奏者としてスコットランドの伝統音楽も演奏する。ファン・デア・ギーセンはオランダの郷里で、母親が立ち上げた室内楽の音楽祭の企画に関わり、マリーは、オーケストラや室内楽のエキストラとして演奏したり、ときどき教えたりしているという。他の音楽家と演奏したあとにカルテットに戻ると、いつもポジティブな気分になり、新しいアイディアなども生まれるので、そうした体験も重要だと彼女は話す。
結成25年目にしてカルテットとして初来日、しかも初めての演奏がベートーヴェン・サイクルという夢のような機会に、エリアス弦楽四重奏団としても並々ならぬ意気込みと期待を抱いている。彼らが果たしてチェンバーミュージック・ガーデンでどんなベートーヴェンの世界を織りなしてくれるのか、今から楽しみで仕方がない。 

©Kaupo Kikkas

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