サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2023
クロンベルク・アカデミー日本ツアー~世界の若きソリストと第一線の指導者たち
毛利文香(ヴァイオリン) とクロンベルク・アカデミー
毛利文香さんは、2015年のエリザベート王妃国際音楽コンクールで第6位に、19年のモントリオール国際音楽コンクールで第3位に入賞するなど、ソリストとして国際的に活躍。15年から21年まで、ドイツのクロンベルク・アカデミーで学ぶ。現在はベルリンを拠点に音楽活動を繰り広げている。
今回は毛利さんが師事するミハエラ・マルティンはじめ、アカデミー講師の今井信子やフランス・ヘルメルソン、卒業生の大江馨/宮田大、そして現在の受講生たちによる初来日公演が実現する。クロンベルク・アカデミーのこと、今回の共演者や聴きどころなどについて話を聞いた。
なお、クロンベルク・アカデミーの日本ツアーは20年に予定されていたが中止となり、以前のインタビューとあわせて改めてお届けする。
──まず、クロンベルク・アカデミーに留学されたきっかけを教えてください。
留学の第一の理由は、ミハエラ・マルティン先生に師事したいということでした。正直いうと、クロンベルク・アカデミーのことは留学する前までほとんど知りませんでした。チェロの宮田大さんや同じ原田(幸一郎)門下のヴィオラの杉田恵理さんが学んでいたのを知っていたくらいでした。
──マルティンさんと知り合ったのはいつですか?
2012年夏、原田幸一郎先生と行った、韓国のグレートマウンテン国際音楽祭で、初めてマルティン先生のレッスンを受けました。それがすごく良いレッスンで、その後、ハノーファのコンクールやエリザベート王妃国際音楽コンクールで先生が審査員されていて、そこでお会いして、フランスのカザルス音楽祭で演奏を見ていただきました。そして、マルティン先生にクロンベルクへ来ることを勧められました。
──それでクロンベルク・アカデミーに入学されたのですね。
2015年秋に入学しました。生徒の数は少ないのですが、国際的ですごくレベルが高い。アンドラーシュ・シフ(ピアノ)、ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)、クリストフ・エッシェンバッハ(ピアノ/指揮)のマスタークラスには必ず全員出席して、他の生徒が受けるレッスンも聴くことになっています。シフはご本人と一緒に弾くこともあり、普段のヴァイオリンの先生とは違うアプローチが新鮮です。指揮者がマスタークラスの講師に来ることもあり、ダニエル・バレンボイムは、曲が全部頭に入っているのがすごくわかりました。
マルティン先生は、2週間に1回程度は必ずいらっしゃって、レッスンなどをされています。
──マルティンさんはどのような教え方をされるのですか?
マルティン先生は、音へのこだわりがすごく強いと思います。曲の作り方、フレーズの作り方、イメージに妥協がありません。レッスンは厳しく、すごく納得させられます。先生に師事して、より自分の音を聴くようになりました。
マルティン先生の演奏は、楽器が身体の一部のような自然さで、語りかけてきて、音に説得力があります。先生の室内楽はたくさん聴きましたが、共演者との交わり方が素晴らしいと思います。それでいて、個性も光っています。
──2020年3月に始まったコロナ禍ではどのように過ごしていましたか?
2020年3月から7月まではずっとクロンベルクにいました。その間、アカデミーのメンバー4人で暮らしていたシェアハウスが、私一人になってしまいました。ちょうどコロナ禍になる直前にベルリンのシュターツオーパーで「ばらの騎士」を見てオペラにはまり込み、コロナ禍が始まった頃は、毎日、ストリーミングで、ウィーン国立歌劇場やメトロポリタン・オペラの舞台を見ていました。それまで、ちゃんと見たことのなかった(時間をかけられなかった)ワーグナーのオペラを見られてよかったです。
その後、日本に帰ってくるたびに一時的に隔離されていたのですが、そういうときは、新しい曲や取り組まなければならない曲の譜読みをしていました。
20年夏に、ダルムシュタットの小さなコンサートで、マルティン先生、フランス・ヘルメルソン先生をはじめ、クロンベルク・アカデミーのメンバーとメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番を一緒に弾いて、演奏活動を少しずつ再開しました。5人がすごく距離をとって演奏したので、弾きづらかったのですが(笑)
──クロンベルク・アカデミーには授業以外にもいろいろなプログラムがあるようですね。
2年に一度、クロンベルク・アカデミー・フェスティバルがあり、現役の生徒、卒業生、先生のほか、外部の素晴らしいアーティストが招待されます。私は、2015年秋に入学して、いきなりそのフェスティバルがあり、タベア・ツィマーマンのリサイタルを聴いたのですが、ヴィオラってこんな風に弾けるんだって、大きな衝撃を受けました。彼女は3年後にクロンベルクの先生になりました。17年のクロンベルク・アカデミー・フェスティバルで、彼女とモーツァルトの協奏交響曲を弾くという夢のような話があり、共演できて本当にうれしかったです。
クロンベルク・アカデミー・フェスティバルの間の年に、2年に一度、『チェンバーミュージック・コネクツ・ザ・ワールド』という室内楽のフェスティバルも開催されます。クリスティアン・テツラフ(ヴァイオリン)やスティーヴン・イッサーリス(チェロ)らに、クロンベルク外部を含むいろいろな国からの学生が加わり、リハーサルを重ねて、コンサートを開きます。16年にイッサーリスとメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番を演奏したとき、彼は、すごくアイコンタクトをしてきて、コミュニケーションって大事だと教えてくれました。
今回の日本ツアーのような演奏旅行は、近年始まった新しい行事で、17年にパリのルーヴル美術館のオーディトリウムで、マルティン先生、ヘルメルソン先生とともにブラームスの弦楽六重奏曲を弾いたことがあります。マルティン先生の隣で弾くのはそのときが初めてでした。
──2020年にコロナ禍が始まってからフェスティバルはどうなりましたか?
2020年の『チェンバーミュージック・コネクツ・ザ・ワールド』は中止になりましたが、21年のアカデミー・フェスティバルは開催されました。そして、22年には、クロンベルクの学校に待望のコンサートホールができて、オープニングという形でフェスティバルがありました。そのほか23年5月にはアカデミーの卒業生によるコネクツ・ザ・ワールドのコンサートが開催されます。
また、22年4月には、アカデミーの卒業生が子供たちに室内楽を教えるプロジェクトのために講師としてクロンベルクに帰りました。ソリストとしての勉強はしたことがあっても室内楽は初めてというような子供たちを教えて、私も勉強になりました。
──クロンベルク・アカデミーを2021年に卒業されましたが、アカデミーの感想を教えてください。
マルティン先生に習うというのがメインでしたが、いろいろなアーティストの方々が来校し、レッスンを受け、目の前で彼らの演奏を聴きくこともでき、プロジェクトによっては一緒に演奏することもありました。そういういろいろな出会いがあったのが大きいですね。
また、クロンベルクという家族的な近さのある学校で、仲間と交流できたのも良かったです。卒業してからも仲間とのつながりがあり、それは大事にしたいです。
──クロンベルクでの生活はいかがでしたか?
クロンベルクは、フランクフルトから電車で20分くらいの本当に小さい町で、半日もあれば十分まわれるような広さです。練習に集中するには最高の環境です。休みの日にはフランクフルトにコンサートやオペラを観聴きしに行ったりもしました。
──今回のクロンベルク・アカデミー日本ツアーに参加するメンバーを紹介していただけますか?
ミハエラ・マルティン(ヴァイオリン)先生は、妥協なく、パッションあふれる人ですが、フランス・ヘルメルソン(チェロ)先生は、すごく穏やかで優しい。ご夫妻で正反対のイメージです。ふくよかな音でおおらかな音楽をされます。すごく仲の良いご夫妻ですが、リハーサルのとき、二人は必ず衝突します。それでも、いつも最後はまとまります。二人とも、マスタークラスや審査員の仕事で、世界中を飛び回っています。
今井信子(ヴィオラ)先生とは、2013年に武生国際音楽祭で初めて共演しました。曲はシェーンベルクの「浄夜」でした。小澤征爾スイス国際アカデミーでは弦楽四重奏のレッスンを受けました。チャーミングで温かい方で、音楽もナチュラルで共感できます。
大江馨(ヴァイオリン)君は、高校時代、桐朋学園のソリスト・ディプロマ・コースが一緒で、その頃、お話しする機会が最も多くありました。そのあと、慶應義塾大学でも同じでしたが、お互いクロンベルクを受けることは知りませんでした。今は、ラ・ルーチェ弦楽八重奏団で1年に1度集まったりしています。
宮田大(チェロ)さんはアカデミーでは時期が重なってなくて、お話しをする機会があっただけで、共演したことはありません。今回のドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番で初共演です。
韓国出身のハヤン・パク(ヴィオラ)は、人懐っこく、妹のような存在です。ヴィオラのサラ・フェランデスは、最近国際的に大活躍されているチェロのパブロ・フェランデスの妹です。スペイン出身で性格が明るく、室内楽、オーケストラなど幅広く活動しています。チェロのアレクサンダー・ヴァレンベルクは、私よりも若いのに落ち着いています。彼は、オランダ出身ですが、村上春樹が好きなようです。ピアノのユリアス・アザルとは今回初共演ですが、話しやすく、繊細に弾くピアニストというイメージです。
──今回のツアーで演奏する作品について、お話ししていただけますか?
メンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第2番は、八重奏曲に通じる若々しく生き生きとした音楽です。初めて弾いたのは、先ほどお話ししたように、2016年のクロンベルクでのコネクツ・ザ・ワールドで、イッサーリスと共演したときでした。そして20年夏にはダルムシュタットでも弾きました。このときは、マルティン先生が第1ヴァイオリンで、先生の隣で弾いて、呼吸や弓の遣い方を直に感じることができました。思い出深い曲です。今回は今井先生もいらっしゃるので、どのような化学反応が起こるのかすごく楽しみです。
──ブラームスの弦楽六重奏曲第2番では、毛利さんが第1ヴァイオリンを演奏しますね。
大山平一郎先生とこの曲を演奏したとき、大山先生が水彩画とおっしゃったのがすごく印象に残っています。音の繊細な変化をみんなと流れるように作れたらと思います。この曲ではヘルメルソン先生とヴァレンベルクが師弟共演になります。第1ヴァイオリンは、技術的にたいへんなところがあるので、しっかり準備したいと思います。
──ドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番はいかがですか?
第1ヴァイオリンを弾く大江君はドヴォルザークに合っていると思います。私が担当する第2ヴァイオリンは、第1ヴァイオリンと一緒に歌ったり、動いたりすることが多く、第1と第2との2人のヴァイオリンの相性は重要なので、大江君と弾けるのは楽しみです。また、ヴィオラのメロディが、味があって好きですし、宮田さんやピアノのユリアスとの初共演も楽しみにしています。
──クロンベルク・アカデミーを卒業して、現在はどのように活動していますか?
現在は、ケルン音楽大学で、引き続きマルティン先生にレッスンを受けています。そこではドイツの国家演奏家資格の課程に在籍しています(2024年3月に修了予定)。
マルティン先生ご夫妻がベルリンにお住まいで、私の音楽仲間の多くがベルリンに住んでいることもあり、オペラやコンサートも多いベルリンに、思い切って、22年夏に引っ越しました。ベルリンでは、良いオペラやオーケストラをもっと聴いて、インスピレーションをもらいたいと思っています。先日、初めて生で「ニーベルングの指環」四部作を見ました。演出がすごく斬新で、現代の問題をいろいろ考えさせられました。お客さんの演出家へのブーイングもありましたが、みなさん熱心で、そういうことにも興味を持ちました。
──マルティン先生には、今はどのような曲を教わっているのですか?
最近はリサイタルのプログラムを習いましたが、この冬からは、ブラームスの協奏曲と、まだ勉強したことのなかったベルクの協奏曲のレッスンを受けようと思っています。ベルクはオペラ「ヴォツェック」を見て一層興味を持ちました。
──ご自身の将来の活動についてはいかがですか?
将来日本に戻っても、ヨーロッパでの活動を続けていきたいので、今からヨーロッパでの演奏機会を増やせるようにしたいと取り組んでいます。
──今回のサントリーホールでの演奏会について、抱負をおきかせください。
自分の師匠や今井先生と日本で演奏できること、また留学してからの仲間たちと日本に来られることが本当に楽しみです。自分の家族や知り合いに、クロンベルク・アカデミーの演奏を聴いてもらえることがとても嬉しく、またアカデミーの仲間たちには、演奏以外にも日本を楽しんでもらいたいですね。