世界的に見てもユニークなシステムを持つ
サントリーホールの 「室内楽アカデミー」
~ファカルティ(講師)インタビュー: 原田幸一郎、毛利伯郎、練木繁夫
サントリーホールの「室内楽アカデミー」は2010年に開講した。1期=2年で、現在は第7期のフェロー(受講生)たちが毎月2日間開催されるワークショップに参加しつつ、日々、研鑽を積んでいる。第6期まで、その12年間の月日はけっして短くはなく、室内楽アカデミーの修了生は、ある人はプロフェッショナル・オーケストラのメンバーとなり、ある人はソロでの活動を続けて、日本のクラシック音楽界を支える重要な役割を担っている。第1期のメンバーと較べると、現在の第7期のメンバーは一世代下の若い演奏家たちと言えるだろう。
第5・第6期に在籍していたクァルテット・インテグラ <三澤響果(ヴァイオリン)、菊野凜太郎(ヴァイオリン)、山本一輝(ヴィオラ)、築地杏里(チェロ)> は室内楽アカデミーに在籍中から、グループとして国際的なコンクールに挑戦し、バルトーク国際コンクール2021弦楽四重奏部門第1位(ハンガリー)、そして2022年のミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門第2位および聴衆賞を獲得するなど、世界的にも注目を集める団体となった。その彼らの成長を4年間支え、指導して来た室内楽アカデミーのファカルティのお三方、原田幸一郎(ヴァイオリン)、毛利伯郎(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)の各氏に、クァルテット・インテグラへ期待すること、そしてサントリーホール室内楽アカデミーの魅力などを伺った。(2022年12月)
クァルテット・インテグラの4年間を聴いて
毛利 「最初に聴いた時にはちょっと不慣れな部分もあったように感じましたが、経験を踏むに連れ、次第にまとまりが出てきましたし、4年間でレパートリーも増えてきました。室内楽アカデミーのワークショップの中では、個々のファカルティからの様々な意見が彼らの演奏に対して出て来る訳ですが、それに対して素早く反応して、自分たちの演奏に反映して行く事が出来るのも、彼ららしい良い点だと感じていました」
原田 「僕は彼らが桐朋学園の学生時代だった頃(注:クァルテット・インテグラは2015年に桐朋学園在学中のメンバー4人によって結成された)から演奏を聴いていて、その当時から彼らはクァルテットをずっとやって行こうという意志を持っていて、他のグループと較べてもレベルの高い演奏をしていました。この室内楽アカデミーのレッスンを受けるようになってからは、さらに音楽的にも技術的にも成長したと思います」
練木 「僕はこの室内楽アカデミーのオーディションの時に、彼らの演奏を初めて聴きました。その時点ではインテグラではなく『トイトイ』という名前でしたが、とても才能のある学生たちが4人集まっているという印象でした。室内楽アカデミーでレッスンを受ける間に音楽的に大きく成長したと思います。それが結果としてバルトーク国際やミュンヘン国際での成果に繋がって行ったと思います」
原田 「インテグラの4人が弦楽四重奏にかける想いというのは学生時代も今も変わらないと思いますが、今は国際的なコンクールでも結果を出した事で、さらにその想いは強くなっていると思います。4人でアメリカへ留学するということも、最近の若い演奏家のなかでも珍しいことで、アメリカでの成長も見届けて行きたいですね」
毛利 「インテグラの4人が大きく成長したのは、やはり人前で演奏する機会を多く持ったということが関係していると思います。コンクールだけでなく、室内楽アカデミーの場合は、毎年6月に開催される『サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)』で演奏し、富山で行われる室内楽フェスティバルに参加して演奏するチャンスも多くあります。練習するだけではなかなか成長するのは難しいのですが、人前で演奏することが団体を成長させるきっかけになるでしょう」
練木 「もうひとつ付け加えるとすれば、東京クヮルテットのメンバーであった原田先生、池田先生、磯村先生がファカルティとして参加されている訳で、その経験豊富な先達の意見を直接聞く事ができるということも、彼らを大きく成長させた原動力となったと思いますね」
室内楽アカデミーを通して得られるもの
毛利 「これは学生であろうが、プロフェッショナルとなって以降であろうが、演奏家にとって基本となるのは『聴く』ということですよね。演奏している時に何が起っているのか『聴く』ことですが、室内楽に取り組むとその部分が鍛えられます。それはソロを弾くにしても、アンサンブルに取り組むにしても、オーケストラで演奏する場合でも基本となるもので、アンサンブルを学ぶのはとても大事になると思います」
原田 「とりわけクァルテット(弦楽四重奏曲)に言えることですが、とてもレパートリーが広い上に、それぞれの作品がその作曲家のエッセンスとなるような意欲的なものが多いのです。それを学ぶということは作曲家のスタイルを学ぶという点で最適だと思います。ヴァイオリンのソロだけでは学べない、幅広く深い音楽を学べる点が室内楽をする魅力です」
練木 「室内楽の場合、もちろんお互いに『聴く』ということも大事ですが、さらに進んで、一緒に演奏する相手がどんな気持ちでその作品に向かっているか、それを読み取る気持ちも大事だと思います。ピアノの入るアンサンブルの場合だと、演奏がぴったり合うというだけでなく、3人、あるいは4人の演奏家がその音楽に対して同じコンセプトを持ち、相手のことを育みながら協力をして演奏をする。心と心の対話、その中間に『音』があるという感覚。そういう点で、弦楽器だけの室内楽とは違う要素も出てきますが、同じ方向性で音楽を作って行くのが室内楽の喜びでもあり、難しさでもあると思います」
毛利 「サントリーホール室内楽アカデミーの魅力としては、富山の室内楽フェスティバルも含めて、繰り返しになりますが、お客さんの前で演奏する機会が多くなるという点が他のマスタークラスやアカデミーとは違う点だと言えるでしょう。もっと増やしても良いと思うぐらいです。新型コロナウイルス流行の影響で、毎月のワークショップで参加しているフェローの演奏をそれぞれに聴くということが出来ない期間もありましたが、現在は人数制限のうえ聴講出来るようになりました。アカデミーに参加している他のフェローの演奏を聴くという点も大きな利点となっていると思います」
原田 「毎月のワークショップは一種の本番のようなものですね。先生の前で弾くというよりは、聴き手を前にして演奏する本番が毎月あるという感覚でしょう」
練木 「アカデミーに参加しているフェローのひとりが言っていましたが、サントリーホール内のリハーサル室やブルーローズ(小ホール)で行うワークショップも自分にとっては本番です、と。だから月に2日、本番があるのと同じだと」
原田 「富山の室内楽フェスティバルの時期は、毎日、朝から晩まで室内楽に取り組む日々になります。演奏会ももちろんあるのですが、同時にレッスンの時間もあるので、本当に室内楽漬けの日々を過ごす事になります。それが音楽に対する集中力を作り出す事にもつながっているはずです」
毛利 「レッスンは週に1回だと教わったことがなかなか身につかない事もある訳ですが、集中的に毎日レッスンすると、そのレッスンで教わった事の積み上げが出来て、忘れないという事があるのですね。そういう点で、集中的なレッスンの機会があるというのも見逃せないですね」
練木 「毎月のワークショップでは、僕も弦楽四重奏のフェローたちの演奏を聴きますが、弦の専門家ではないので、まず楽譜をしっかり読む事、そして楽譜から感じた僕のイメージと実際の演奏のイメージの違いなどを説明します。また、ピアノに置き換えた時にこの音楽はどうなのかという視点も大事に考えていますね」
毛利 「僕の場合は、なるべく意見を言う時にルーティンにならないよう気を付けています。その時に感じたことを素直に伝えるようにしています。ただし、感じ悪くならないように(笑)」
練木 「でも、このアカデミーに参加しているフェローたちは、とても素直に我々の言う事を聴いてくれると思うし、コミュニケーションも充分に取れるので、お互いの感じていることを共有出来る関係が作れています。それがとても良い点ですね」
毛利 「やはり1期で2年間、それもほぼ毎月ワークショップがあるというアカデミーは世界的に見ても無いと思うので、参加しているフェローたち、また卒業したフェローたちが今後どう活躍して行ってくれるのか、楽しみです」