アーティスト・インタビュー

第51回サントリー音楽賞受賞記念コンサート

河村尚子(ピアノ)

日本の洋楽発展に最も顕著な功績のあった個人または団体に贈呈する「サントリー音楽賞」の第51回(2019年度)は、ピアニストの河村尚子が選ばれました。
河村尚子は、2019年に演奏会シリーズ「ベートーヴェン・ピアノソナタ・プロジェクト」を完結させるとともに、CD録音「ベートーヴェン・ソナタ集1、2」をリリース。また、山田和樹の指揮による矢代秋雄「ピアノ協奏曲」においては、多彩な音色と鋭敏なリズム感を存分に駆使して作品の再評価にもつながる鮮やかな演奏を展開しました。
受賞からコロナ禍の3年を経た今回の記念コンサートでは、河村が敬愛する音楽仲間とともに、2夜にわたり意欲的なプログラムを披露します。

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【WEB ONTOMO掲載】 対談:河村尚子(ピアノ)×山田和樹(指揮)(ききて:林田直樹/音楽ジャーナリスト・評論家)

河村尚子(ピアノ) メッセージ

サントリー音楽賞を受賞して3年が経とうとする。その間、幸い大きな病にかかることはなかったが、水際対策の為、大好きな人々に会えなかったり、ホテルに缶詰にされたり、音楽会が成立しなかったり…。しかし、その時に湧き出た様々な感情と想いは、必要とされる特別な時までキチンと金庫に蓄えていたのだ。そう、サントリー音楽賞・受賞記念演奏会というとっておきの音楽会にて、聴衆の皆様に大いに堪能して頂けるように。
なんと贅沢なんだろう!ソロ、室内楽、そしてオーケストラとの共演を心から敬愛する音楽仲間と共にサントリーホールで二夜に渡って愉しめるだなんて。これまでに挑戦したかった作品をドイツ・ロマン派の名曲と絡め合わせたプログラム。是非ワクワク、ドキドキ、ホッとして頂きたい。会場でも舞台でも!

プログラムについて

誰もが実感したように、新型コロナウィルスは世界中の人々に社会的、経済的にとんでもない悪影響を及ぼした。個人的には、特に子供をはじめとする若い世代の人々に対して申し訳ない想いで一杯だ。
数ヶ月間に渡るロックダウン中、私が勤めるドイツ・エッセンにあるフォルクヴァング芸術大学でピアノを学んでいる学生達を相手にオンライン・個人レッスンをしていたが、それだけでは学生達が精神的に病んでいく様子が手に取るように分かった。苦しいのは皆一緒だが、皆の顔を見て、話し合えるような機会を作ったら、少しは気が紛れるだろう、と考えた。
その際取り組んだことが、音楽について語るオンライン・スピーチだ。毎週一回オンラインで自分の好きな管弦楽曲を皆に紹介してもらう。知らない楽曲について新たな知識を得ることのほか、海外からの留学生にはドイツ語のトレーニングにもなるし、コンピューター音痴にはパワーポイントを使う勉強にもなる。一石三鳥!そこで第一弾目はオーケストラの作品について紹介しあった。
その際、韓国からの留学生が、19世紀に活躍した女性作曲家、ルイーズ・ファランクの交響曲について語った。当時のクラスが、スペインからの男性留学生一名を除き、全て女性だったため、ファランクの交響曲が皆にとって大変刺激的で大好評だった。
振り返ってみれば、私がこれまでに取り組んだ女性作曲家は、確かに一つの手で数え切れるという恥ずかしい状況だった。そういったことからオンライン・スピーチ第二弾目は女性作曲家の作品を紹介しあおう、ということとなった。
数々の女性作曲家の人生と彼女達の素晴らしい作品を知ると共に、それぞれの時代の社会的背景が明らかになり、当たり前と感じている我々現代女性の立場の有り難みを噛み締めるひとときとなった。
クラスにはトルコからの留学生が一人在学していて、故郷での女性の立場について語ることもあった。それぞれの国の文化と風習が現代の生活モードと摩擦を起こすことを目にすることは日常的ではあるが、男女平等な社会に生まれ育った時代と環境に感謝するべきではないだろうか。

©Marco Borggreve
河村尚子(ピアノ)
ミュンヘン国際コンクール第2位、クララ・ハスキル国際コンクール優勝。ドイツを拠点に、ウィーン響、バイエルン放送響などにソリストして迎えられ、室内楽でもカーネギーホールなどで演奏。日本ではP.ヤルヴィ指揮NHK響など国内主要オーケストラと共演を重ねる傍ら、ヤノフスキ指揮ベルリン放送響、ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル等の日本ツアーに参加。文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞ほか、2020年には第32回ミュージック・ペンクラブ音楽賞独奏・独唱部門賞、第12回CDショップ大賞2020・クラシック賞、第51回サントリー音楽賞を受賞。主なCDに、19年10月リリースの、「熱情」「ワルトシュタイン」を含むベートーヴェンのピアノ・ソナタ集、「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ」など(RCA Red Seal)。19年秋公開の映画『蜜蜂と遠雷』(恩田陸原作)では主役・栄伝亜夜のピアノ演奏を担当し、その音楽を集めた「河村尚子plays栄伝亜夜」もリリースされている。現在、ドイツのフォルクヴァング芸術大学教授。
オフィシャル・ホームページ

このロックダウン中の経験から、より積極的に女性作曲家の作品に取り組もう、と考えるようになり、その想いを今回の受賞記念コンサートのプログラミングにも反映させてみた。
アメリカとドイツにルーツを持つ英国の女性作曲家レベッカ・クラークのピアノ・トリオと出会ったのは、今から20年ほど前のこと。ドイツ中部にあるゲッティンゲンという大学街のとある室内楽演奏会にて急遽共演の依頼を受けた時であった。力強いメッセージと雄大な音楽の流れに心を打たれたことを今でも覚えている。
また、アメリカ出身の後期ロマン派作曲家であるエイミー・ビーチの存在を知ったのは、ロックダウン中の学生のオンライン・スピーチを通してだった。
彼女自身が大変優れたピアニストだった為、作風が大変華やかで超絶技巧的作品が多いが、旋律や和声が美しく、音楽がリスト、チャイコフスキー、ブラームスにどこか似たところがある。知らない曲なのに、どこか懐かしい匂いがする。

音楽家として活動する中、たまに聴衆の方々から「次回は是非この作品を演奏してください!」というリクエストを受けることがある。
欧州での演奏会を聴きに来てくださる聴衆の方々から頂くコメントの中には、「ヨーロッパ音楽の演奏は素晴らしいが、日本のピアノ音楽を弾いてはもらえないか?」というものがよくある。実に、日本の音楽との接点がこれまでに殆ど無に等しかったので、これから開拓していかなくてはいけない分野であると実感している。そして女性作曲家作品同様、これらの分野は追求すればするほど、興味深くなっていくのである。
山田和樹氏が指揮するNHK交響楽団の定期演奏会で演奏したピアノ協奏曲がきっかけで、余りにも若くして他界してしまった邦人作曲家、矢代秋雄氏の作品と出会うこととなった。フランスの音楽の匂いを漂わせながらも、自身のアイデンティティーとオリジナリティーが旺盛に練り込まれた音楽で、私のレパートリーの大事な一部を位置づけするものとなった。矢代氏がフランス留学から帰国した5年後に完成させたピアノソナタを今回の受賞記念コンサートのオープニングに演奏する。

盟友、指揮者の山田和樹と 

普段の音楽会では余り取り上げられない作品を弾く時、聴く時、ドキドキ、ワクワクとするが、よく知られている作品を演奏する時も、また違った緊張感でドキドキ、ワクワクしている。そして、ホッとすることもある。今回は、その味わいをシューマンのピアノ五重奏曲ブラームスのピアノ協奏曲第2番で聴衆の皆様にも体験していただきたい。
英国のドーリック弦楽四重奏団の演奏を聴いていると、音楽の会話がここまで鮮烈で純粋なものだったのか、と常に感銘を受けてしまう。和声の授業を大学で受講するより、彼らの音楽を聴くことをお薦めしたい!和声と色彩、それらの情景に敏感な音楽を楽しむことが出来るだろう。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番は大変スケールの大きいピアノ協奏曲ではあるが、室内楽の延長線にある様な作品で、オーケストラとピアノが溶け合う音楽だなあ、といつも実感してしまう。勿論ピアノがソロ楽器として活躍する場面が沢山登場するのだが、ピアノ三重奏、四重奏、五重奏でよくあるように、他の楽器の伴奏に回る場面も少なくはない。情熱と愛情に溢れる一方で、哲学の宇宙にぶっ飛んだり、ウィーンのカフェに遊びに行ったり…。
この作品は、ロックダウンになる寸前に演奏した思い出の曲。なかなか共演する機会がない山田和樹氏と素晴らしいプレーヤー達が揃う読売日本交響楽団と共に、この大室内楽曲を共演する一夜を心待ちしている。

©George Garnier
ドーリック弦楽四重奏団