小山実稚恵 サントリーホール・シリーズ Concerto<以心伝心>
小山実稚恵 (ピアノ) インタビュー
音楽で思いを「以心伝心」
この秋より、日本を代表するピアニスト小山実稚恵の年1回4年にわたる協奏曲演奏会、サントリーホール・シリーズを開催します。毎回異なるオーケストラ、指揮者をパートナーに迎え、小山実稚恵が愛してやまない協奏曲の数々をお聴かせします。これまで『12年間・24回のリサイタルシリーズ』、『ベートーヴェン、そして...』、室内楽シリーズなど考えぬかれた企画で話題を提供し、高く評価されてきた小山実稚恵が、サントリーホールを舞台に協奏曲シリーズに取り組む注目の企画となります。
第1回は、デビュー25周年、30周年記念演奏会においても共演した大野和士指揮 東京都交響楽団を迎えます。記念すべき第1回目の曲目に小山実稚恵が選んだのはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番、そしてメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番。そして学生時代からの盟友、大野和士が愛らしい序曲「美しいメルジーネの物語」を添えます。
〝日本を代表するピアニスト〟として誰もが認める彼女は、今何を思い、何に向かっているのでしょうか。コンチェルト・シリーズのスタートにあたり、お話を伺いました。
──2025年のデビュー40周年に合わせたコンチェルト・シリーズのスタートですね。
長く心に温めていた企画でしたので、実現することが出来てとても嬉しいです。東日本大震災やコロナ禍を経て、音楽によって思いを伝えることの重要性を再認識しました。私は自分の音楽の礎は、オーケストラとの共演にあると感じています。だからこそコンチェルト(協奏曲)をやりたいという思いになりました。毎年60回のコンサートを行っている中で、半分以上がオーケストラとの共演ですので、そういう中で私自身が考えるコンチェルトのシリーズを組みたいと思ったのです。
──それは重要なポイントですね。協奏曲の魅力はどこにあるのでしょう。
協奏曲は自分だけでは消化できません。オーケストラを通じて他の音楽家の方々と共演しながら〝感じる力〟を学んだ気がします。オーケストラの音を聴きながら、ピアノの音を創っていくというのでしょうか。ピアノは鍵盤を打った時点で音が出ます。つまり点から始まる概念です。弦楽器や管楽器のように音を出した後に音量の増勢はできませんし、音程の調整もできません。つまり「音が出た瞬間が始まり」ではなく「音の出る前に、出したい音を感じて弾くこと」が重要だと知ったのです。シリーズを作る際にも、スタートが始まりではなく、スタートの前に考えたり用意したりすることこそが大切だと思っています。
──ピアニストとしての小山実稚恵の起点はいつになるのですか?
1985年の「ショパン国際ピアノコンクール」と思われていますが、気持ちでは「チャイコフスキー国際コンクール」かな、と感じています。コンクールであるけれど、すべてがコンサートのような印象だったので、カルチャーショックを受けました。自分の意識が変わったことを覚えています。
──それが今に至る入り口ですね。2006年から2017年までに亘る壮大な「12年・24回リサイタルシリーズ」をやり終えた感想はいかがですか?
うーん、やり終えたという感覚はないのですが、感じたことはたくさんあります。全国6カ所の違った響きのホールで、同じプログラムを演奏することによって、見えてくるものがあるのです。それぞれのホールにあるピアノの感覚などもそうですね。そしてなにより、ピアノや音楽が一層好きになりました。
──あの膨大なレパートリーを手掛けたこと自体が財産なのでは?
あのような企画はピアノという楽器にしかできないことだと思います。他の楽器にも名曲はたくさんありますが、24回の違う内容のプログラムを名曲で作るのは相当難しいこと。ピアノはまだまだ溢れんばかりにレパートリーがあるのです。その中の〝弾きたい曲〟と〝弾いておかねばならない曲〟を意識しながらプログラムに盛り込んだ感じでした。
──コンチェルト・シリーズ4年間で8曲の選択基準は?
私が好きな曲であると同時に、共演する指揮者への想いも含めての選択です。大野和士さんも広上淳一さんも同世代の親友ですし、コバケン(小林研一郎)先生とは数えきれないほど共演させていただきました。第1回目のラフマニノフの3番は、技巧的にも大変ですから、いつまで弾けるかという大曲です。ラフマニノフ3番のお相手は?と、もう1曲を考えていた時に「メンデルスゾーンは?」という大野さんの一言で即決となりました。でも、実は過去に1度しか演奏したことがないんです。
──ピアノ作品は協奏曲も豊富で恵まれていますね。
でしょう。ピアニストって信じられないくらいラッキーですよね(笑)
──今回の表題「以心伝心」にはどのような思いが込められているのですか。
受けるのにも渡すのにも〝言葉はいらない〟という意味です。これは、指揮者との関係だけでなく、聴衆との関係、作品との関係すべてを含めてイメージしています。
──その想いがサントリーホールで実現するのですね。
はい、サントリーホールは、非日常のときめきが感じられて最高です。この空間で素敵な企画が実現できる自分は幸せだなと心から思います。
インタビュー・文 田中 泰 (日本クラシックソムリエ協会 代表理事)
小山実稚恵 サントリーホール・シリーズ Concerto<以心伝心>
第1回 出演者メッセージ
大野和士 (指揮)
小山実稚恵さんの偉大なキャリアの大元には、
彼女がピアノという楽器を通じて、何かそれまでにない喜びを常に見つけ出し、
それを聴衆に届けてきたという歴史がある。
あの空前絶後の12年間24回に及ぶリサイタルシリーズでも、
24回すべてのプログラムに明確なテーマを掲げていた。
例えば第5回、“黒・漆黒の夜・闇への不安”という題が、
最終曲のシャブリエの「ブーレ・ファンタスク」のちょっと危なっかしく騒がしい主題と、
憂いと湛えた中間主題を表すのに、これ以上の表現はないように。
その彼女が、デビュー40周年を記念して、4年間に渡り、4人の指揮者とオケと共に、
<以心伝心>という4文字をタイトルにしてピアノ協奏曲の特別演奏会を開催する。
今までにもコンサートのプログラムに、ある特定の陰影を湛えた色を結びつけた演出をしたり、いろいろな形で私たちを魅了してきた彼女だが、
この4年間にまたどんな嬉しい驚きを与えてくれるか、
私も第1回目の指揮者として、また一聴衆としてシリーズ開始を心待ちにしている。
小山実稚恵 (ピアノ)
「伝える想いと 受け止める心」
音楽に託された気持ちを受け止めたい、そして伝えたい。
そういう一念で、このシリーズConcerto<以心伝心>を企画しました。
私が尊敬する音楽家、同級生であり真の心の友である
指揮者大野和士さん、東京都交響楽団との共演で、
シリーズ第1回を迎えることができるのは大きな喜びです。
その大野さんからの提案を受けて即答で「演奏したい!」と希望した、
初共演のメンデルスゾーンのコンチェルト第1番。
大切な機会に共演を重ね、時々の想いを音楽で語り合った
最愛のコンチェルト、ラフマニノフの第3番。
今回、この2曲を私はいったいどんな気持ちで演奏するのだろう、
どのような音楽になるのだろう・・・
音が始まるまでは何も解らない、それがコンサートです。
一期一会の演奏を、皆さまに感じていただけたら
これ以上うれしいことはありません。