サントリーホール室内楽アカデミー第6期
2021~22年 開催レポート
サントリーホール室内楽アカデミー第6期の2年目は、2021年9月のワークショップ(レッスン)から始まった。フェロー(受講生)たちにとっては、1年目の研鑽を発展させて、まとめる年であり、クァルテット・インテグラのような第5期から継続している団体にとってはまさに室内楽アカデミーでの集大成の1年となった。
堤剛(チェロ/サントリーホール館長)がアカデミー・ディレクターを務め、ファカルティは、昨年度と同じく、原田幸一郎、池田菊衛、花田和加子(以上ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、毛利伯郎(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)が担った。
クァルテット・インテグラがバルトーク国際コンクールで優勝 (2021年10月)
2021年10月にハンガリーで開催されるバルトーク国際コンクールにクァルテット・インテグラ(ヴァイオリン:三澤響果/菊野凜太郎、ヴィオラ:山本一輝、チェロ:築地杏里)が出場することになり、10月のワークショップで、彼らは、課題曲のレッスンを受けた。岡本伸介の「カリグラフィ・フォー・エア・アンド・グラウンド」では、池田氏は「よくできている。ただ“カリグラフィ”だからもっと躍動感があってもよいかもしれない」とアドバイスがあり、堤ディレクターは、「こういう作品はイメージが大事」と述べ、イマジネーション力を発揮してのプレゼンテーションを勧めた。また、ハイドンの「日の出」では、池田氏は「優秀な学生ではなく、何百回も弾いたプロのように弾いた方がよい」と助言した。
そして、10月25日から31日までブダペストで開催されたバルトーク国際コンクール弦楽四重奏部門で、クァルテット・インテグラは第1位を獲得した。
とやま室内楽フェスティバル (21年11月)
11月には、室内楽アカデミーのフェローたちは、ファカルティとともに「とやま室内楽フェスティバル」に参加し、レッスンとコンサートの日々という合宿のような時間を過ごした。
フェローにとってはコロナ禍で練習や本番が思うようにできない時期もあり、富山での1週間は集中して演奏に取り組む良い機会となったようだ。魚津市の新川学びの森を拠点とする集中ワークショップのほか、富山市民プラザでのスペシャルコンサートや富山県美術館でのミュージアムコンサートに出演し、最終日には新川文化ホールでのジャンプスタートコンサートで1週間の学びの成果を披露した。コンサートには富山ゆかりの若手演奏家も出演し、アカデミー生同士も含め良い交流の場となった。
チェンバーミュージック・ガーデンに向けての選抜演奏会 (22年4月)
2022年に入り、4月5日と6日に、6月のチェンバーミュージック・ガーデン(以下CMGと略す)に向けての選抜演奏会が赤坂区民センター区民ホールでひらかれ、フェローたちが2年間にわたるワークショップでの成果を披露した。筆者は6日の演奏を聴いた。
なかでも、ドヌムーザ弦楽四重奏団のバルトークの弦楽四重奏曲第2番とレグルス・クァルテットのベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番が見事であった。演奏後、ドヌムーザのバルトークには、「成長ぶりが心にしみた」(磯村)、「第3楽章が心を打った。とても良かった。君たちは自分たちのクァルテットの音を持っている」(池田)、「素晴らしかった」(練木)、レグルスのベートーヴェンには、「グレート・アチーヴメント!」(堤)、「見事!」(原田)、「クァルテットとして良い音を出している」(毛利)、とファカルティ陣も絶賛した。この日の名演によって、「CMGフィナーレ」でドヌムーザ弦楽四重奏団がバルトークの第2番の第2・3楽章を、レグルス・クァルテットがベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番第3楽章を演奏することになる。
クァルテット・インテグラは、ブダペストのコンクールのファイナルで弾き、CMG内でのリサイタルでも演奏するバルトークの弦楽四重奏曲第5番を取り上げた。グループとしての一体感はフェロー全団体のなかでも随一である。ファカルティ陣も「ムーヴィング・パフォーマンス!」(堤)、「お見事」(原田)、「伝わってくるものが多い」(池田)、「君たちに会えてよかった」(練木)と称賛した。
カルテット・リ・ナーダのボロディンの弦楽四重奏曲第2番は、「もう少しすきっと弾いた方がよい」(原田)と「もっと泥臭くてもよい」(池田)というようにファカルティの間でも意見が分かれた。唯一のピアノ三重奏での参加であった京トリオのチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」には、「水を得た魚。昨日(ベートーヴェンの「幽霊」)より素晴らしかった」(練木)、「三人が共感しながら弾いていた」(原田)との評価。ポローニア・クァルテットは、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番「春」を演奏。「決して汚い音を出さないのがいい」(原田)、「よく弾けて、まとまっている」(堤)、「上品で心地よいけど、モーツァルトはもっとワイルドな人間では?」(練木)、「すごくきれいだけど、音楽が通り過ぎている感じ。もったいない」(花田)などのコメントが付いた。
アトリウム弦楽四重奏団のマスタークラス (22年6月)
6月には、ゲスト・ファカルティとして、CMGに出演しているアトリウム弦楽四重奏団のマスタークラスがあり、カルテット・リ・ナーダがボロディンの弦楽四重奏曲第2番、クァルテット・インテグラがモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番のレッスンを受けた。アトリウム弦楽四重奏団は、2000年にサンクトペテルブルグ音楽院に学ぶ4人で結成され、近年、ソリストとしても著名なニキータ・ボリソグレブスキーを第1ヴァイオリン奏者に招いて、新たな展開をみせている。
まずはボロディン。ボリソグレブスキーは「長いフレーズを作ってください」「もっとレガートに」「同じことの繰り返しは良くない」と、アントン・イリューニン(ヴァイオリン)は「ロマン派だからボウイング(弓遣い)はもっと自由に考えてもいいですよ。書いてある通りでなくてもよいくらいです」「ロマン派だから楽譜にないことも想像してください」、ドミトリー・ピツルコ(ヴィオラ)は「ヴィブラートについては決めていますか? ロシアの夢物語だから、ヴィブラートがないとフレーズが切れてしまいます」、アンナ・ゴレロヴァ(チェロ)は、「チェロがメロディのとき、ヴィオラはバスになるので、それを意識して」「ハーモニーを作って」とアドバイス。モーツァルトでは、ボリソグレブスキーは「第1ヴァイオリン、時間通りで。待ち過ぎない」、ピルツコは「第1楽章冒頭、もっとレガートに」、ゴレロヴァは「時間を取り過ぎ。ドイツ音楽は常に進まないといけません」と指摘。とりわけイリューニンが細かく止めて指導。「第2楽章冒頭はpであって、ppではない」「ピッツィカートにもヴィブラートをかけて。かけないと空虚になる」「余計な時間を取らず、時間通りに」とアドバイス。
アトリウム弦楽四重奏団とクァルテット・インテグラでは、モーツァルトの演奏様式に違いがあって、アトリウムのメンバーにとっては、インテグラの音楽が停滞しているように感じられたようであった。アトリウム弦楽四重奏団が日本の若いクァルテットに対して、ロシア音楽では「もっと自由に」とアドバイスし、モーツァルトではより厳格な演奏を求めているのが興味深かった。
「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」開催 (22年6月)
そして、6月にCMGがブルーローズ(小ホール)で開催された。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、2020年は無観客のオンライン開催になり、昨年はいくつかの公演が中止や出演者変更になっていたが、今年は、中止や延期もなく、無事すべての演奏会がひらかれた(全招待のCMGスペシャルは、日程・会場を変更して開催)。 また、入国制限の緩和により、アトリウム弦楽四重奏団、ホルンのラデク・バボラーク、ピアノのソヌ・イェゴンら、海外からのアーティストも予定通り来日した。
CMG恒例の弦楽四重奏曲全曲演奏会を今年はアトリウム弦楽四重奏団が担った。ベートーヴェン・サイクルの初日には、弦楽四重奏曲第3番、同第16番、同第7番「ラズモフスキー第1番」が演奏された。第1ヴァイオリンが極めて洗練されていて、全体のアンサンブルも、どんなに激しくとも決して粗くはならないのが印象に残った。
今年は、クァルテット・インテグラと葵トリオという、室内楽アカデミーで研鑽を積んだアンサンブルが続けてリサイタルを行ったことが特筆される。
クァルテット・インテグラは、モーツァルトの弦楽四重奏曲第15番で彼ららしい一体感と表情豊かな演奏を披露。デュティユーの『夜はかくの如し』ではグループとしての一つの響きを示す。バルトークの弦楽四重奏曲第5番は、彼らが最高レベルで楽しんでいるのがわかる、これぞライヴ!というべきセッションであった。
葵トリオ(ピアノ:秋元孝介、ヴァイオリン:小川響子、チェロ:伊東裕)は、三人とも室内楽アカデミーで学び、2018年のミュンヘン国際音楽コンクールで第1位を獲得。国際的に演奏活動を行い、CMGでは今年が第2回となる「7年プロジェクト」に取り組んでいる。毎年1曲取り上げるベートーヴェンのピアノ三重奏曲から、今年取り組んだ第2番は動的で弾むような演奏。細川俊夫の「トリオ」ではダイナミックスの幅の広さが示され、生誕200周年のフランクの「協奏的三重奏曲第1番」ではフィナーレの高揚を見事に再現。葵トリオは、グループとしてのスケールの大きさが増したように思われた。
そして、ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会は、6月11日と18日に開催された。
6月11日には、カルテット・リ・ナーダ(ヴァイオリン:前田妃奈/福田麻子、ヴィオラ:有賀叶、チェロ:菅井瑛斗)がハイドンの第67番「ひばり」第1・4楽章、レグルス・クァルテット(ヴァイオリン:東條太河/吉江美桜、ヴィオラ:山本周、チェロ:矢部優典)がモーツァルトの第15番第1・3楽章、ポローニア・クァルテット(ヴァイオリン:東亮汰/岸菜月、ヴィオラ:堀内優里、チェロ:小林未歩)がベートーヴェンの第1番第1楽章、京トリオ(ピアノ:有島京、ヴァイオリン:山縣郁音、チェロ:秋津瑞貴)がブラームスのピアノ三重奏曲第1番第1楽章、クァルテット・インテグラ(ヴァイオリン:三澤響果/菊野凜太郎、ヴィオラ:山本一輝、チェロ:築地杏里)がベートーヴェンの第6番第3・4楽章、ルポレム・クァルテット(ヴァイオリン:吉田みのり/深津悠乃、ヴィオラ:古市沙羅、チェロ:和田ゆずみ*客演)がドビュッシーの弦楽四重奏曲第1・2楽章、そして、ゲストのソヌ・イェゴンと選抜フェローたち(吉江美桜、堀内優里、矢部優典)がブラームスのピアノ四重奏曲第1番第3・4楽章を弾いた。ソヌ・イェゴンの音が際立ち、日韓の若い4人の交歓が楽しめた。
6月18日はまさに第6期の修了コンサート。京トリオがシューベルトのピアノ三重奏曲第1番第1楽章で作品にふさわしい親密で濃やかな演奏を披露。ルポレム・クァルテットは第14番「死と乙女」第2楽章を弾いた。チェロが代役であったが、第1ヴァイオリンの卓越した演奏が印象に残る。ドヌムーザ弦楽四重奏団(ヴァイオリン:木ノ村茉衣/入江真歩、ヴィオラ:森野開、チェロ:山梨浩子)がベートーヴェンの第5番と第10番から2つの楽章を取り上げた。第5番第3楽章では、艶のある音でメロディを歌う第1ヴァイオリン、そしてそれを一つの呼吸となって支える3人が素晴らしかった。クァルテット・インテグラは、ドビュッシーの弦楽四重奏曲第3・4楽章を演奏した。結成時から取り組んだ、彼らにとって特別な曲。細部まで練り込まれ、格別な味わいがあった。ポローニア・クァルテットはスメタナの第1番「わが生涯より」第1・4楽章を弾いた。まとまりがよく、美しい演奏。カルテット・リ・ナーダはボロディンの第2番の第1・3楽章。とりわけ第1ヴァイオリンとチェロの魅力が引き出されていた。最後にレグルス・クァルテットがヴェーベルンの「5つの楽章」を弾く。チェロ以外の3人が立奏で、洗練された演奏だった。それぞれの団体が、修了にふさわしい、一体感とまとまりを増した演奏を示した。
6月19日のCMGフィナーレは音楽祭を結ぶ盛り沢山のプログラム。なかでも、レグルス・クァルテットの集中度が高く純度の高いベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番第3楽章、原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫らファカルティ陣によるフランクのピアノ五重奏曲第1楽章の熱演が印象に残った。バボラークは、ホルンを演奏するほか、室内楽アカデミー選抜フェローによるCMAアンサンブルを指揮(バルトークの「弦楽のためのディヴェルティメント」より第1・3楽章)。最後は、堤剛館長のチェロ独奏、吉野直子のハープ、CMAアンサンブルで、ブルッフ(ベン=アリ編曲)の『コル・ニドライ』。第6期生が集って演奏する最後の機会。クァルテット・インテグラの三澤響果がコンサートマスターを務め、ディレクターとフェローたちとが一体となった感動的な名演が繰り広げられた。まさにそれぞれの旅立ちに向けての“卒業演奏”であった。そして、7月の80歳の誕生日を祝して堤館長に花束が手渡され、2022年のCMGは盛大に締め括られた。
フェローの誰もが、同世代の音楽家たちの演奏に刺激を受けたと語る。2020年9月に開講した第6期は、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から他団体のワークショップのリハーサル室での聴講ができなかった。早くフェローたちがお互いの演奏に自由に触れ合えるような状況になることを願わずにはいられない。