サントリーホール室内楽アカデミー第6期 開催レポート
京トリオに聞く、コロナ禍での室内楽アカデミー
サントリーホールが主宰する室内楽アカデミーの第6期は2020年9月にスタートしたので、新型コロナウイルスの流行期とアカデミーの開催が重なってしまった。そのために、過去のアカデミーとは少し違っていた部分もあり、フェロー(アカデミーに参加している若手演奏家たちのこと)たちにも少し戸惑いがあったのかもしれないと思う。
第6期で唯一のピアノ・トリオ(ピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏)として参加していた京(ミヤコ)トリオの3人、ピアノの有島 京、ヴァイオリンの山縣郁音、チェロの秋津瑞貴に話しを聞いた。
室内楽アカデミー第4期と第6期の違い
京トリオの3人のうち、ヴァイオリンの山縣郁音とチェロの秋津瑞貴は実はアカデミーの第4期にも参加しており、その違いをよく感じていたふたりでもあった。
「第4期のように通常のスタイルであれば、なるべく多くの機会を作って、他のグループの演奏を聴くことが室内楽アカデミーの基本でしたし、私自身も他の方の演奏を聴くのが好きだったので、それが出来ないことは少し寂しかったです」
と語るのはヴァイオリンの山縣。
「まったく違った方向性のグループが自分たちと同じ作品に取り組んでいる時に、ああ、こういうところが逆に難しいんだと感じたり、それを休み時間に話し合ったりするのも楽しい経験でした。フィンガリングなども伺ったり。そして現在では、色々な演奏の現場で同期生に再び出会った時に、お互いに『どうしてる?』とか、コミュニケーションを取れるのも楽しいです。第6期では、そういうことが出来なかったことがちょっと残念だったかもしれないですね」
と続けてくれた。
チェロの秋津はこう語る。
「実は山縣さんも僕も、第4期は途中参加だったのですね。山縣さんはあるクァルテットのヴァイオリン奏者がグループを抜けて交替で入り、僕は個人参加のグループのチェロ奏者として参加しました。そして最終的にはピアノ・トリオに落ち着いたのですが、その時は初めて出会う方々との演奏だったので、お互いに演奏の方向性などを確認するために時間がかかってしまったという経験がありました。そこで第6期はこの3人でオーディションを受けようということでスタートして、オーディションに受かり、アカデミーに参加出来たので、とても充実した2年間を過ごすことが出来たと思っています」
ピアノの有島京はこの第6期が室内楽アカデミーへの初めての参加だった。
「ピアノ・トリオが1組だけだったので、他のトリオとの切磋琢磨という感じにならなかったのは残念でしたが、これまでピアノのマスタークラスなどに参加すると本当にピアニストばかりの環境の中で勉強するということが多く、この第6期のアカデミーでは私以外はみんな弦楽器奏者という環境だったので、それはとても新鮮でした。弦楽器の世界、そのコミュニケーションの取り方、本番前の雰囲気など、ピアニストとは全然違っていて、逆にピアニストとしての自分の位置を教えられた感じがしました。そして、チェンバーミュージック・ガーデンでは韓国出身のピアニスト、ソヌ・イェゴンさんと出会って、改めて他のピアニストが演奏する姿を間近に体験することも出来て、それも同じように新鮮な感覚でした」
と語る。続けて、
「他に、ファカルティのなかでは練木先生だけがピアニストだった訳ですが、練木先生の世界はもうピアニストという枠を超えて、音楽全体について、常に新しい視点を提示して下さり、それがとても刺激的でした」
とも語る。
3人の出会い、そしてトリオ結成
さて、この3人がどうやって出会ったのだろうか。ちょっと順番は後になったが、その経緯を聞いてみた。
「実は偶然かもしれないです」と有島。山縣がより詳しくフォローしてくれた。
「実は私と有島さんは桐朋学園の高校の時の同級生で、当時から仲が良かったのですが、でも有島さんはポーランドに留学されてしまい、私はこのアカデミーの第4期が終わった後に、少しだけイタリアに留学していた時に、彼女が住んでいたビドゴシチ(ポーランド中央部の都市)を訪問して、旧交を温めたことがありました」
有島も続ける。「その頃は大学も終わって、ポーランドやドイツの各地でちょっと活動をしていた時期だったのですが、ちょうど山縣さんがイタリアでの留学を終える時期に、ミラノでのコンサート、山縣さんが親しくしていたファッション・デザイナーの方のアトリエで行われたコンサートに呼んでくれて、初めて彼女と共演をしたのですね。それ以降、日本に一時戻って来たのですが、コロナの影響でヨーロッパに戻るのも難しく、そういうタイミングでこの第6期のオーディションを受けようと思いました」
「コロナの影響は大きかったかもしれませんね。こんな時期だからこそ、じっくり室内楽に取り組んでみようか、という気持ちにもなっていましたし(笑)。そして、第4期の時もピアノ・トリオの方々の演奏に大きな関心を持っていたので、自分でもピアノ・トリオをやってみたいという気持ちがありました」(山縣)。
そこで選ばれた(?)のがふたりの先輩であるチェリストの秋津だった。
「ピアノ・トリオをやりたいという話を有島さんとしていた頃に、たまたまあるオーケストラにエキストラで参加した時に、隣のチェロの席に居たのが秋津さんだったのです」(山縣)
偶然とは言え、なかなかタイミングの良過ぎる話ではある。これが運命というものだろう。
「その時に、メールとかよりも、直接話してしまえ、という感じで秋津さんにお願いしたら、それを受け止めて下さいました」
「僕にとっても年齢的にこの第6期が室内楽アカデミーに参加する最後のチャンスだったので、ぜひ3人でピアノ・トリオという形の演奏をより深めてみたいという気持ちがありました。もちろん初めてこの3人で演奏をした訳ですが、やはり次第にそれぞれの考え方や音楽性を理解して行きました。特に、富山での集中した合宿以降、トリオとしての方向性が見えて来たような気がします」(秋津)
トリオとして音楽にじっくりと取り組む
本来なら富山合宿の時は、とやま室内楽フェスティバルへの参加、学校訪問などの形で、自分たちの成果を一般に披露するチャンスもあるのだが、第6期の期間ではそれも十分に出来なかった。
「しかし、トリオとして音楽に取り組む時間がじっくりあったので、かえって良かったかな、とも思っています」(秋津)
「確かに時間的な余裕があったことで、身体的にもコンディションが良く、音楽にゆっくり取り組むことが出来たと言えます」(山縣)
「ポーランドに居た時代も室内楽を演奏するチャンスはあったのですが、なかなかうまく継続出来ませんでした。自分がやりたいというだけでは出来ないという状況だったので、この2年間は自分にとって大切で贅沢な時間となりました。3人で音楽を積み上げて行く事が出来たのは本当に良かったですね」(有島)
トリオとして、赤坂区民センターでの演奏会でのコンサートなどの機会を得ることも出来たという。また、有島と山縣は堤剛氏と共に、<子供 夢・アート・アカデミー>(日本芸術院による社会貢献事業)の活動で、鹿児島県の志布志市などを訪問し、貴重な経験をすることも出来た。
ピアノ・トリオの魅力
ピアノ・トリオの魅力は、3人の演奏家の個性がよく分かり、その実力も発揮出来るようなレパートリーがたくさんあるという点にあると思う。3人はどう捉えているのだろうか。
「アカデミー1年目は、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスなど、トリオのレパートリーの中心といえる作品にまず取り組みました。1年目を終えたとき、練木先生より、チャイコフスキーやドヴォルザークのドゥムキーなど、違った要素が求められる作品を学ぶことにより、ベートーヴェンやブラームスにまた新たな視点でアプローチできるのでは、とアドヴァイス頂いたことをよく覚えています。より多くの作品への視野を広げることも、このアカデミーを通して学んだことです」(有島)
「僕の場合は、ピアノ・トリオを演奏する機会が意外に多くて、第4期でも常に自分の表現をどうするということは意識をしていましたが、このトリオで今年の4月にチャイコフスキーに取り組んだあたりから、ようやくチェロの存在感をピアノ・トリオのなかでどう出すかについて分かってきた感じがします」(秋津)
「チャイコフスキーはまたやりたいですね。他のレパートリーにじっくり取り組んだ後で、またチャイコフスキーに取り組めば、きっと違った世界が見えて来ると思います。そのためにも、お互いにそれぞれの仕事は持ちながら、3人で演奏をするために、ある程度の時間をきっちり取って、作品に取り組む。そんな関係を持ち続けることが出来たら良いなと思っています」(山縣)
コロナの流行ははやく終わって欲しいが、音楽の追究には終わりがない。社会の様々な状況が変わっても、室内楽アカデミーの中で得た経験を活かしつつ、今後の活動を考えていって欲しいと思う。