公演レポート

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2022

【開催レポート】
CMGスペシャル チャレンジド・チルドレンのための室内楽演奏会
~東京都立品川特別支援学校を訪問して

小島綾野(音楽ライター)

品川特別支援学校での演奏
ヴァイオリン:渡辺玲子、チェロ:辻󠄀本玲、ハープ:吉野直子

サントリーホールの初夏を彩る、室内楽の祭典「チェンバーミュージック・ガーデン(以下CMG)」。梅雨を吹き飛ばす爽やかな調べを、毎年心待ちにしているファンも多いでしょう。
そんなCMGの一環として開催される「チャレンジド・チルドレンのための室内楽演奏会」。都内の特別支援学校の子どもたちをブルーローズ(小ホール)に招き、最高の室内楽を心おきなく味わう体験をプレゼントするという、2013年から続く企画です。ただ、2020年と21年は新型コロナウイルス感染症の影響で中止に。
22年の開催についても議論を重ねましたが、「やはりこの素晴らしい体験を少しでも多くの子どもたちに」という思いで、スペシャルな形で開催することになりました。それは、生徒たちをサントリーホールへ迎えるのではなく、逆に演奏家やサントリーホールのチームが学校へ訪問するという「アウトリーチ」。CMG初の試みに準備が入念に重ねられ、ついに6月23日、その日を迎えました。

品川特別支援学校での演奏
ヴァイオリン:渡辺玲子、チェロ:辻󠄀本玲、ハープ:吉野直子

学校がチェンバーミュージック・ガーデン(CMG)の舞台に!

今日の「コンサートホール」は、東京都立品川特別支援学校の多目的室。普段は子どもたちの活動や先生方の会議などに使われる部屋だそうですが、木の温もりが満ちた内装は、ブルーローズの雰囲気にちょっと似ている感じもします。
そこで中学部3年の生徒たち20名を待っていたのはなんとハープ。生徒たちはまずハープに近づき、いろいろな角度から眺め……興味津々で心を躍らせていることは、彼らの目の輝きからもわかります。
また、この学校では「普段と違うこと」が苦手な生徒たちの特性に応じ、音楽の先生を中心として事前指導が入念に行われ、生徒たちは楽器や曲目について予習していました。だからこそ今日の特別な場でも生徒たちの心の準備が整っているとともに、ワクワクも高まっていたのでしょう。

定刻になると、小滝義浩副校長のお話の後、ヴァイオリンの渡辺玲子さん・チェロの辻󠄀本玲さん・ハープの吉野直子さんが登場。1曲目はデュセック作曲:ハープ、ヴァイオリン、チェロのためのソナタ 変ホ長調 作品34-1より第1楽章。楽器同士のかけ合いがアップテンポで繰り広げられる、心が逸るような曲です。生徒たちも音楽に乗り、自然に体がゆれたり、前のめりになったり……ごく素直なその姿は、音楽を聴く喜びというものを大人たちにも改めて教えてくれるかのよう。
1曲目が終わったところで、奏者の皆さんからもご挨拶。吉野さんはハープを傾けて生徒たちによく見えるようにし「弦が47本、ペダルが7本。手も足も忙しい楽器です!」。
そうしてお話でも生徒たちの興味をかき立て、次に演奏するのはハープのソロでグランジャニー作曲『コロラド・トレイル』。高音域での細やかなパッセージから低音の温かい響き、幅広い音域を駆け巡るダイナミックなグリッサンド、音色のスパイスとなるハーモニクス奏法まで、ハープの多彩な顔を知ることができる曲です。

品川特別支援学校の多目的室がコンサートホールに
渡辺玲子(ヴァイオリン)、吉野直子(ハープ)による楽器紹介

次いで3曲目は辻󠄀本さんと吉野さんのデュオでカステルヌオーヴォ=テデスコ作曲:チェロとハープのソナタ 作品208より第1楽章。この曲を「私が子どもの時に聴いて、すごくかっこいいと思った曲です」と紹介した吉野さん。「子ども時代の経験の大切さ」という意味では、今日の生徒たちが味わう感動も同じです。吉野さんは今日の機会を「『ああ、あの時ハープを聴いたな』という思い出をどこかで覚えていてくれたら」と、子どもたちの心にじんわりと染みわたり、人生に息づくような記憶にしてほしいと願いを込めたそうです。

4曲目はヴァイオリンとチェロの二重奏。渡辺さんと辻󠄀本さんは各々の楽器を並べ「大きさは違うけど形は同じ」と紹介しました。演奏するのはハルヴォルセン作曲:ヘンデルの主題によるパッサカリア ト短調より。渡辺さんが「チェロとヴァイオリンの果たし合いのような音楽を、楽しんで聴いてくださいね」というとおり、緊迫感ある冒頭からメロディーを奪い合うようなかけ合いに続き、ヴァイオリンの高音とチェロの低音が絡み合って波乱万丈のストーリーを紡ぐような、手に汗握る音楽です。間近で展開する音楽の「バトル」に、生徒たちの反応もさらに激しく。それは音楽を全身で感じ取り、味わっている証拠です!

最後はイベール作曲:ヴァイオリン、チェロ、ハープのための三重奏曲より第1・3楽章。極上の室内楽を、奏者からごく近い距離で味わった生徒たち。全ての演奏が終わると、生徒たちから奏者へ感謝の言葉とプレゼントが渡されました。
小滝副校長は「コロナ禍で行事が次々と中止になってしまった中学3年生の生徒たちに素晴らしい経験を」と、この演奏会の実現に尽力されたそう。そのような先生方の思い、そして奏者の皆さんの思いは、この唯一無二の演奏会の思い出として、生徒たちの心にきっと届いたことでしょう。

チェロ:辻󠄀本玲、ハープ:吉野直子
渡辺玲子(ヴァイオリン)、辻󠄀本玲(チェロ)による楽器紹介

子どもたちのためにできることを

今日の公演は、この「チャレンジド・チルドレンのための室内楽演奏会」に毎回出演している渡辺玲子さんにとっても、いっそう感慨深かったよう。終演後、渡辺さんと吉野さんにお話を伺うと、満足げな笑顔で応じてくださいました。

編成や曲目に工夫を凝らしているのも渡辺さん自身です。生徒たちの集中力を鑑みて「1曲が長くなり過ぎないように」と配慮しつつ、楽器の良さが存分に味わえる多様な奏法を使った曲を選んだり、様々な国で生まれた曲を組み合わせてバラエティ豊かなプログラムを構成したりと、渡辺さんは毎回全力でこの演奏会に取り組んできました。「それなのに2年も中止になってしまったのがすごく悔しかったので、今日は思いもひとしお。それに弦楽器とハープという組み合わせは音が柔らかくブレンドする感じで、この学校の環境にもすごく合っていたなと」と、ブルーローズを飛び出しての新たな挑戦にも手応えを感じられていました。
吉野直子さんも「子どもたちの前で演奏すると、やっぱり感受性がすごくストレートなことに感動しますね。だからこそ真剣に向かうことがいっそう大事だと思っています」と、演奏家が自分の持てる限りの力を尽くして子どもたちに音楽を届ける意義を感じています。

渡辺玲子(ヴァイオリン)
    吉野直子(ハープ)

小滝副校長も「生徒たちが音楽に聴き入る姿には驚きました。やはり『体験する』ことは教育においてとても大切。コロナ禍の中ではありますが、この演奏会をきっかけに、生徒たちにより多くの体験をさせたいと思いましたし、生徒たちにはそれができるのだと確信しました」。
演奏中、ある女子生徒が音楽に身を任せて体をのびのびと揺らし、音楽を目いっぱい味わっているその様子には、傍から見ていたスタッフ陣も幸せな気持ちになるほどでした。彼女をよく知る先生によると、普段はとても恥ずかしがり屋で、初めて会う人の前では特に緊張してしまうそう。「それでも聴き入っていたのは、それだけ演奏が素晴らしかったということだと思います」と、先生ご自身も感激されていました。

「チャレンジド・チルドレンのための室内楽演奏会」は、今後のCMGでも開催を検討しています。できればブルーローズの、サントリーホールならではの最高の響きを子どもたちにも味わってほしい。でも、このコロナ禍の中で「できることから始めて、少しでも多くの子どもたちに音楽の喜びを伝える」ことも大事。サントリーホールは、これからも置かれている状況下で子どもたちのためにできることの可能性を模索して活動していきます。

小滝義浩副校長
  • 極上の室内楽を奏者から近い距離で味わう生徒たち
  • 演奏後、生徒たちからのプレゼントを手に

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