アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2022
プレシャス 1 pm/CMGフィナーレ 2022

吉野直子(ハープ) インタビュー
 ~ホルンのラデク・バボラークと共演 

山田治生 (音楽評論家)

CMG2016 吉野直子(ハープ)、ラデク・バボラーク(ホルン)

吉野直子さんは、2011年の初回から毎年、サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(以後CMGと略す)に出演している。
今年は、「プレシャス1pm」でホルンのラデク・バボラークと共演するほか、「CMGフィナーレ 2022」にも出演。吉野さんにCMGへの思い、今年の公演の聴きどころなどをきいた。

CMG2016 吉野直子(ハープ)、ラデク・バボラーク(ホルン)

吉野さんは毎年、CMGに出演されていますが、特に印象に残っている演奏会をあげるとすると、どれになりますか?

CMGはクラリネットのリチャード・ストルツマンさんとのデュオ(2011年)が最初でした。いろいろな方と演奏しましたが、チェロのマリオ・ブルネロさん(2012年)のようにここで初めて共演した方もいます。
特に印象に残っているのは、サントリーホール室内楽アカデミーの方々と指揮者なしで演奏したドビュッシーの「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」(2018年)です。ハープのコンチェルトのような曲なのですが、指揮者がいなかったので、私がリハーサルをリードしなければならなかったのは、チャレンジングでした。ドビュッシーの作品は繊細にテンポや音色が変わりますが、リハーサルでいろいろなやりとりをして、若い世代の方たちと一緒に音楽を作っていく過程はとても楽しいものでした。

また、CMGとは別に、2016年から毎年ブルーローズ(小ホール)で続けているリサイタルは、2020年2月22日に開催できたのですが、それがコロナ禍前、最後の演奏となりました。その翌週からは次々にコンサートがキャンセルになり、すべてが止まってしまいました。コロナ禍の最初の頃は何もする気が起こらなくなり、籠っていました。その後、コロナ禍での初めての演奏は、6月21日のCMGオンラインの「フィナーレ2020」での、ヴァイオリンの白井圭さんと共演したサン=サーンスの「幻想曲」でした。コロナですべてが止まる前の最後の舞台がブルーローズで、再開後の初めての舞台もまたブルーローズだったことには、何か不思議な縁を感じています。

CMG2011 リチャード・ストルツマン(クラリネット)と共演
CMG2012 マリオ・ブルネロ(チェロ)を迎えて

昨年、プレシャス1pmでフルートのセバスチャン・ジャコーさんと共演できたのはとてもうれしかったですね。これは、もともと2020年に予定されていた演奏会の延期公演でした。20年はアトリウム弦楽四重奏団のメンバーも参加することになっていて、それが実現できなかったのは残念でしたが、21年の公演では弦楽器のメンバーが変わり、白井圭さん、ヴィオラの田原綾子さん、チェロの佐藤晴真さんとの共演が叶ったのも、うれしいことでした。ジャコーさんとのコンサートは本当に実現したいと思っていたプログラムだったので、当時は入国後2週間の隔離が必要でしたが、それでも彼が「是非、来たい」と言って日本に来てくれたことに感謝しています。室内楽の一番の喜びである、みんなで一つの空間で一緒に過ごして、対話するということを、思う存分楽しむことができたコンサートになりました。

CMG2021 セバスチャン・ジャコー(フルート)、白井圭(ヴァイオリン)、田原綾子(ヴィオラ)、佐藤晴真(チェロ)と共演

今年は「プレシャス1pm」でホルンのラデク・バボラークさんと共演されますね。

バボラークさんとは長く共演させていただいています。CMGでは2016年に共演していますが、彼と知り合ったのは、サイトウ・キネン・オーケストラだったと思います。二人で初めて演奏したのは2002年、ちょうど20年前になります。2007年にはプラハで一緒にCDのレコーディングもしました。
バボラークさんのホルンは、“ホルンを越えたホルン”といいますか、音楽の流れが自然で、音色が美しい。一緒に演奏していても無理がなく、相性がいいのです。やはり彼は天才です。
二人で演奏しているときは真剣勝負ですが、彼との演奏では良い意味で肩の力が抜けます。バボラークさんとのデュオは、まるで二人で会話をしているかのようです。

CMG2016 ラデク・バボラーク(ホルン)と共演

今年の「プレシャス1pm」でのプログラムについて、お話いただけますか?

ホルンは、金管楽器のなかでも音が柔らかく、ハープと相性が良いと思います。音域も合うし、バランスも無理なく取れ、良い感じで溶け合います。
今回は、バボラークさんの故郷のチェコの音楽も入りますが、基本はフレンチですね。サン=サーンスのオーボエ・ソナタは、ピアノ・パートがハープに合う感じに書かれているので、もともと私のレパートリーでした。2007年の彼とのCDにも入っています。ドビュッシーの「スラヴ風バラード」はもともとピアノ曲で、ダニエル・ブルグさんの編曲版を演奏します。ソロ・フルートの名作であるドビュッシーの「シランクス」は、バボラークさんのホルンで聴いたらどんな新しい景色が見えるのか、私自身とても興味があります。トゥルニエの「森の中の泉のほとりにて」は、描写的なハープのソロの作品。アンドレの「晩秋の歌」は、ハーピストでもあるアンドレが書いた、ホルンとハープのためのオリジナル作品です。「ドヴォルジャーク・ポプリ」では、よく知られた作品をバボラークさんの編曲で演奏します。
バボラークさんとは、リハーサルも充実していますが、本番でないと生まれない何かがあるので、今回もそれを楽しみにしています。

CMG2016 バボラーク(ホルン)とトークも披露

「CMGフィナーレ2022」にも出演されますね。

今年のフィナーレでは、バボラークさんの編曲で、マーラーの交響曲第5番から第4楽章「アダージェット」をホルンとハープと弦楽四重奏で演奏します。弦のメンバーは、2020年に共演できなかったアトリウム弦楽四重奏団!

イベールの三重奏曲はオリジナルの編成です。長く弾いてきたレパートリーで、CMGでは16年にもヴァイオリンの池田菊衛さん、チェロの宮田大さんと演奏しました。今回は、渡辺玲子さん(ヴァイオリン)と辻󠄀本玲さん(チェロ)との共演です。辻󠄀本さんとはサイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管でご一緒したことがありますが、小編成の室内楽では今回が初めてなので楽しみです。

ブルッフの『コル・ニドライ』は、チェロやコントラバスとのデュオでは演奏したことがありますが、チェロと弦楽合奏とハープの編曲があるとは知りませんでした。なんと言っても堤剛さんとご一緒できるのがうれしいですし、堤さんをサポートするように、アカデミーのみなさんと一緒に音楽を作っていくのも楽しみにしています。

アトリウム弦楽四重奏団
辻󠄀本玲(チェロ)、渡辺玲子(ヴァイオリン)

近年、吉野さんは、毎年、ブルーローズでリサイタルを開催されていますね。ブルーローズに対してはどのような印象をお持ちですか?
また、吉野さんご自身の今後の活動についてお話ししていただけますか?

デビュー30周年記念として始めた2016年のリサイタルから今年の2月まで、7年連続で使わせていただきました。大きさがちょうど良く、私はCMG同様に会場を横使いにしているのですが、お客さまとの距離感がほど良いのです。もちろん、響きも素晴らしく、ハープの繊細な表現が細かいところまでよく聴けます。ブルーローズは、親密さとフォーマルな雰囲気とのバランスがとても好きです。

ここ最近の活動の軸になっていたのは、自分のレーベル(「グラツィオーソ」)を立ち上げて、毎年、CDを作るということでした。ブルーローズでのリサイタルと連動するかたちで、自分にとって大切なハープのソロ作品を系統立てて6枚録音し、今年は7枚目として、小品を集めたアルバムを出しました。昔から弾いてきた曲をあらためて系統立ててレコーディングすることによって、今まで見えなかったことが見え、とても勉強になりましたし、レパートリーを見直すこともできました。今年の7枚目で、いったん一区切りとなりましたが、今後また何か少しずつ拡げていきたいと考えています。たとえば、他の演奏者が加わると自主レーベルでは難しいところもありますが、室内楽の録音も残していきたいと思っています。その第一歩として、今年のリサイタルで白井圭さんと佐藤晴真さんと演奏したイベールとルニエの三重奏曲を秋に録音することにしています。

また、近年は、自分の今までの演奏活動で培ってきたことや、ハープ以外の楽器の素晴らしい共演者から教わったことや経験を次の世代に還元したいと、強く思うようになりました。昨年、実験的にこぢんまりとしたハープの勉強会をして、演奏とはまた違う手応えを感じることができました。

©Akira Muto
吉野直子(ハープ)
ロンドン生まれ。第9回イスラエル国際ハープコンクールに参加者中最年少の17歳で優勝。ベルリン・フィル、イスラエル・フィル、フィラデルフィア管、小澤征爾、メータ、クレーメル、パユなど、国内外の主要オーケストラ、指揮者、ソリストと数多く共演を重ねている。また、ハープの新作にも意欲的に取り組み、武満徹『そして、それが風であることを知った』、細川俊夫『ハープ協奏曲』など初演した作品は数多い。CD録音も活発に行っており、2016年からは自主レーベルのグラツィオーソ(grazioso)による新たな録音プロジェクトを開始。最新盤は『ハープ・リサイタル~Intermezzo~』。21年度毎日芸術賞特別賞受賞。

最後に、吉野さんにとってCMGはどういう存在なのでしょうか?

私は室内楽が大好きなので、サントリーホールが室内楽にフォーカスしてCMGを開催するのは素晴らしいことだと思いますし、必要なことだとも思っています。CMGに毎年参加させていただけているのはとてもうれしいです。

CMGでは出会いが楽しみです。同じ曲でも違う共演者と演奏すると違うものになります。
たとえば、昨年初めて共演した佐藤晴真さんとは年齢が離れていますが、一緒に演奏をしているときは完全に対等ですし、私が教えられたり、気づかされたりすることがいろいろありました。お互い年齢に関係なく、音楽上の会話を通して刺激を受けたり与えたりできるのが、音楽、そして室内楽の素敵なところで、私はそれがとても楽しいのです。そういうことを続けていける場所が、このCMGなのです。

※チラシPDFはページ下部にてご案内しています
  • CMG2018 堤剛(チェロ)とのリハーサル風景
  • CMG2018 サントリーホール室内楽アカデミー・フェローと共演
  • CMG2017 上野由恵(フルート)、亀井良信(クラリネット)、渡辺玲子/池田菊衛(ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、毛利伯郎(チェロ)と共演  
  • CMG2019 池松宏(コントラバス)と共演

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