サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2022
クァルテット・インテグラ リサイタル/ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会
クァルテット・インテグラ インタビュー
「バルトークを中心に、夜のイメージへと広がっていくプログラムを」
2021年10月ブダペストで行われたバルトーク国際コンクール弦楽四重奏部門で第一位を獲得し、国際的規模での活躍が期待されるクァルテット・インテグラ(ヴァイオリン:三澤響果/菊野凜太郎、ヴィオラ:山本一輝、チェロ:築地杏里)。
6月6日には、モーツァルト「弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K. 421」、デュティユー「夜はかくの如し」、バルトーク「弦楽四重奏曲第5番」という意欲的プログラムでリサイタルをおこなう。公演を控えた彼らに話を聞いた。
6月6日公演のメイン曲目はバルトークの5番ですが、今後のインテグラにとってバルトークは勝負レパートリーになっていくのでしょうか?
山本 僕たちは古い作品から新しい作品までを取り上げるなかで、ある意味バルトークという作曲家は、ちょうどその一番中心点にあたるのかなと考えています。年代的にも、バルトークは決して“現代曲”ではないという考え方をしています。
菊野 バルトーク自身も、自分より前の作曲家たちへの強いリスペクトがあったでしょうし、他の現代曲に触れたあとでバルトークを演奏すると、そんなに現代っていう感じはしないですね。
6曲あるバルトークの弦楽四重奏曲のなかから、コンクールのファイナルでも、今回のコンサートでも、5番を選んでいますね。
三澤 5番は楽章ごとに本当に音のキャラクター性がはっきりしていて、なおかつ最終楽章に第1楽章にあったものが戻ってくることもあって、何も知らなくても全体にストーリー性を感じられる作品です。バルトークが人生と自然の中で体験してきた世界がぎゅっとつまっていて、ハンガリーの香りがしますし、そういう空気感の中で私たちとお客様がストーリーに入れるという意味で、きっと好きになれる作品かなと思います。
ブダペストのコンクールでは、ハンガリーの香りも体感できたんですか?
三澤 個人的には、食べ物がほとんど茶色で土臭いというか。自然にある色にたとえられるかもしれません。ハンガリーってスープが有名ですが、いろいろ入って煮込まれているスープみたいなイメージですね。
山本 うん。自分たちが食べたものはみんな茶色かった。でかい肉料理とか。
築地 ブダベストに行くまでの飛行機の中でアナウンスの言語が変わったとき、街に着いて道端の人が喋っている言葉のアクセントを聞いたとき、ハンガリーってこんな感じなんだっていうのがわかりました。その異国感は、結構好きな感じでした。
菊野 素材って感じがします。素材そのままみたいな、料理されたっていうよりは、掘ってきたジャガイモのような。なんか割と素材がそのまま使われているなっていうのはときどき感じます。
5番の第2楽章で、まるでUFOが飛んでくるようなトリル(装飾音)があるじゃないですか? どこからああいう音が出てくるんでしょうね。
山本 バルトークっていう作曲家がどういう人かというと、例えば黄金比率であったり、そういう数学的な美しさを音楽に持ち込んだ人です。5番もそうで、シンメトリカルなものを持ち込んだ。その一方で、土着の民謡を集めて、田舎の人々の生活の要素をベースに音楽に取り込んで、芸術として作り上げた。
そういう意味でいうと、茶色いとかハンガリーの街や香りがどうとかいったことは、ある意味バルトークの半分であって。もう半分はもっと学者肌で美というものを見ていたんだと思います。だからこそバルトークはバルトークになった。確かに2楽章のトリルも虫の羽の音だなと思うし、色んなところに自然の音みたいなイメージもありますが、そういうものをあくまで芸術として作ったわけです。
おっしゃる通りですね。もうひとつ、バルトークの音楽の中には、激しく血が騒ぐようなところも必ずあります。その辺はどういうふうに捉えていらっしゃいますか?
菊野 バルトークが民俗音楽を収集していたっていうのもあって、やはりそこは土着的な祭りの要素があって、それが血を掻き立てるし、聴く側も心がざわざわするっていうのはあるのかなと思います。
バルト―クが全体のレパートリーの真ん中という発言がありましたが、モーツァルトとデュティユーをそこに組み合わせた理由は?
山本 今回のプログラムを作るにあたって考えたのは、バルトークの5番をベートーヴェンの後期のような感じで聴かせたいということです。そういう意味で、まず、バルトーク以前の作品と、以後の作品があることが重要でした。バルトークが突出して新しいものに聴こえないように。
最初にモーツァルトのニ短調を持ってきたのは、バルトーク以前の中でも、ある意味異質な、特別な作品からスタートしたかった。バルトーク以後としてデュティユーがなぜいいのかというと、すごく夜の感じが出るんですね。現代曲だけれども、背景にあるものはすごく静かです。モーツァルトにも夜の感じが少しある。そういった意味でモーツァルトから割ときれいにつながる作品だと思う。
それで休憩を入れてバルトークの5番を弾くと、コンサートが始まってからだんだん広がっていくような感じで、バルトークが一個の大きなテーマになりうる。ちなみに5番の第2楽章は夜のイメージだし、第4楽章はその裏返しで「ナイトメア」なんです。そういう意味で、「夜」を通じて普遍性を持った、さらに大きなものに聴こえるんじゃないかというのが狙いです。
「クァルテット・インテグラ」の名付け親は、元・東京クヮルテットの磯村和英さんですね。
三澤 磯村先生が私たちの特徴、強みとして一体感があって、4人で一つになっているみたいなことで命名してくださったのですが、インテグラの名前になってから、やっぱり私たち、同じところに向かっている強さや調和=インテグラというところを、コンクールでも評価してもらったのかなと思います。
山本 本当に一体感を持って弾くには、個人の持っている音楽をどれだけ生かせるかだと思う。何かに合わせて作っているというのは、一体性を持っているわけではなくて、ある意味それは小さくする作業になってしまうこともある。僕たちはそういうことはしたくなくて、むしろ4人が違うものを持っているということを前提として、それを大事にして、それをいかにすべて生かせるか。それで結果的に1つのものにできるか。そういうことが大前提だと思っています。
菊野 4人で一つの楽器というよりは、ひとつの巨大な物体を金づちとノミで作るというイメージかな。曲の形の完成形を目指すというよりは、全員でぶちまけまくって「できたね」「できちゃったね」という風に変わりました。前は雛型があってそこを目指していこうよというやり方だった気がする。
築地 私的にはインテグラの名前をもらって、ずっとカルテットを続けていくということを強く意識するようになったというか、未来を見ながら生活、活動していくようになりました。意識がもっと先まで届くようになったという気がします。
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取材を振り返って:
インタビューでは訥々と語るクァルテット・インテグラだが、いざ演奏の本番となると俄然スイッチが入る。その切り替えはすさまじい。
彼らが優勝した昨年のバルトーク国際コンクール弦楽四重奏部門のファイナルの動画は、コンクールの公式YouTubeチャンネルで視聴することができる。そこからは、彼らの著しい進境をうかがうことができる。狂気と紙一重なくらいの緊張感と集中力。良い意味で聴衆や審査員を全く意識していないのでは、と思えるほどの極度の音楽への没入。一人ひとりが表情豊かで自由でありながら、精確・強靭でうねりのあるアンサンブルを実現していること。すべてが尋常ならざるこの団体の可能性を示している。
映像を観て改めて思ったのは、弦楽四重奏とは耳で聴くだけの音楽ではなく、目で見る音楽であり、演劇的なスペクタクルでもあるということ。それを如実に感じさせてくれるという意味でも、インテグラの演奏は抜群に面白い。
彼らの自信あるプログラムを通して、ベートーヴェンに匹敵するバルトークの世界をぜひライブで味わってみたい。