主催公演

サントリーホール オペラ・アカデミー 2021/2022シーズン レポート3

「サントリーホール オープンハウス」 オペラ・アカデミー生による名曲コンサートの満足度

香原斗志(オペラ評論家)

リラックスしたムードで
 桜の季節に0歳の子供から大人までがクラシック音楽を分かち合える「サントリーホール オープンハウス」。残念ながら2年続けて、コロナ禍のために開催できなかったこの無料イベントが、3年ぶりに帰ってきた。
 ブルーローズ(小ホール)では13時から13時45分、15時半から16時15分の2回、室内楽アカデミーとオペラ・アカデミーのメンバーによる「弦楽四重奏&オペラ名曲コンサート」が開催された。この日はホールのレイアウトを、長辺に舞台を置いて客席が取り囲むように変更し、歌も楽器もより間近で楽しめるように工夫されていた。私は15時半からの部を鑑賞した。
 室内楽アカデミーの演奏後、歌ったのはアドバンスト・コースの岡莉々香(ソプラノ)、萩野久美子(ソプラノ)、石井基幾(テノール)の3人で、ピアノはプリマヴェーラ・コースの横山希が弾いた。
 これまで日本人のコーチング・ファカルティによる個別の指導と、エグゼクティブ・ファカルティであるジュゼッペ・サッバティーニによるオンライン・レッスンを何度か見学してきたが、音楽にかぎらず、なにかを修得するとは、一歩進んでは半歩後退することの連続にほかならない。学んだことを定着させるためには時間と根気が必要である。
 3月9日の「オペラティック・コンサート」も、緊張も手伝って、リハーサルでは到達していたレベルから後退したパフォーマンスも散見された。しかし、それが学びであり、失敗の積み重ねこそが本物になるための近道だろう。
 しかし、この日の公演は、家族連れの多い客席の和やかな雰囲気もあってのことか、みなリラックスしたムードが感じられ、好演だった。

サントリーホールのあるアークヒルズ周辺の桜並木。公演日直前にちょうど見ごろを迎えていた。
大ホールではオルガン&オーケストラコンサートを開催。ライブ配信も同時開催し、5月3日(火・祝)18時までリピート配信中。(動画は本記事の最下部からご覧いただけます)

聴きとれる確かな成長のあと
 愛好家から初心者までが広く楽しめるコンサートなので、曲目も多くの人に馴染みがあるものが選ばれている。室内楽アカデミーが2曲を演奏したのち、最初に石井基幾がヴェルディの『リゴレット』からマントヴァ侯爵の「女心の歌」を歌った。
 なめらかな声で歌われ、音のつなぎ方もまたなめらかで、息を一定の高さに保てているために、どの音域でも声質が一定している。最後のカデンツァに加えられる最高音のH(シ)は、さらに輝きと広がりが得られるといいが、石井の歌は最近、安定度を増している。
 続いて、萩野久美子がプッチーニの『ラ・ボエーム』からムゼッタの「私が街を歩くと」を。こちらも華やかに歌われ、耳に心地がよかった。低中音域の音の支えをもっとしっかり保ち、声を張る際に力強い輝きが得られるようになると、さらによくなるだろう。
 岡莉々香はヘンデルの『エジプトのジューリオ・チェーザレ』からクレオパトラの「この胸に命ある限り」という難曲に挑んだ。歌いはじめる前に、客席で子供が泣きだし、親が急いで外に連れていくという微笑ましいハプニングが起き、和んだムードのなか歌い出された。
 ヘンデルの時代のいわゆるバロック・オペラのアリアの多くはダ・カーポ・アリアと呼ばれ「A-B-A’」の形式で歌われる。つまりA、Bと歌った後に「ダ・カーポ(始めから)」の指示でもう一度Aを歌うのだが、その際に歌手が即興で変奏やヴァリエーションを加えるのが通例なので「A’」と表記される。岡は歌う前に「(AとA’の間に)心情の変化を感じとってもらえれば」と話していたが、実際、感情の変化が上手に表現できていた。
 この時代の曲に欠かせない、連続する小さな音符を敏捷に歌うアジリタもうまくこなし、そこに力強さを加えることもできていた。もっとも、一音一音をさらにクリアにする必要があるし、ピアニッシモを活かすためにも音のコントロールをさらに磨く必要があるだろう。しかし、イタリア語もすべて聴きとれるほど明瞭で、確実に成長している。

石井基幾(テノール)、横山希(ピアノ)
萩野久美子(ソプラノ)

小さな子供も夢中で拍手
 再び萩野が登場し、プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』からラウレッタの「私のお父さん」を歌った。抒情性の高い声に陰影をつけての好演だった。
 続いて石井が『ラ・ボエーム』からロドルフォのアリア「冷たい手を」を。最近、石井は声を後頭部の一定の場所で響かせながら、まろやかに作り上げるのが上手くなった。また、やわらかさと強さが両立し、最高音のC(ド)も、ここぞとばかりに響いた。ロドルフォはサッバティーニの十八番でもあったから、よい指導が受けられているのだろう。
 そして最後は室内楽アカデミーのルポレム・クァルテットも加わり、ヴェルディ『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』から「乾杯の歌」で締められた。ヴィオレッタのパートを萩野はしなやかでロマンティックに歌い、岡はコロラトゥーラ・ソプラノらしい軽く弾む声で表現する。そんな対比もおもしろかった。
 この日、あいにくの雨ではあったが、聴き手がみな笑顔で、いずれの曲も小さな子供までが夢中で拍手をしていたのが印象に残った。初心者も、オペラがいかに味わい深いものであるか、感じとったに違いない。
 それは間違いなく3人の歌と、歌に寄り添ったピアノの力である。オペラ関係の多くの研修所でなおざりにされがちな発声、発音の基礎からひとつひとつ積み重ね、本場のマエストロの徹底的な指導が加わるサントリーホール オペラ・アカデミーで得られるものの大きさが、この日も確認できた。
 コンサートの模様(13時開演の部) は無料のオンライン配信も行われているので、その場に居合わせなかった方はぜひ聴いてみてほしい。

岡莉々香(ソプラノ)
  • 【リピート配信 5/3 18:00まで】サントリーホール オープンハウス~今こそ音楽をわかちあおう!
    ※『弦楽四重奏&オペラ名曲コンサート』は、2:30:00あたりから始まります