アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2022
フォルテピアノ・カレイドスコープ Ⅰ/室内楽のしおり~ピアノと弦楽器のアンサンブル

小川加恵(フォルテピアノ) & 角谷朋紀(コントラバス)に聞く
「デンハーグピアノ五重奏団の魅力」

林田直樹(音楽ジャーナリスト、評論家)

デンハーグピアノ五重奏団 
※今回の公演と一部メンバーが異なります。 ©浦安音楽ホール

昨年(2021年)のチェンバーミュージック・ガーデンに初登場し、1835年にプラハで作られたシュヴァルトリンク製のフォルテピアノの美しい響きをブルーローズ(小ホール)の隅々にまで満たす細やかな演奏で鮮烈な印象を与えた小川加恵さん。今年は本来の活動のベースとなっているデンハーグピアノ五重奏団として2つのコンサートに参加する。
彼らがユニークなのは、19世紀前半に隆盛期を迎えたコントラバスを交えた室内楽にフォーカスしているところで、知られざるこのジャンルに着目することによって、室内楽のみならずクラシック音楽の歴史についての、全く新しい視点を与えてくれる。

デンハーグピアノ五重奏団 
※今回の公演と一部メンバーが異なります。 ©浦安音楽ホール

「デンハーグピアノ五重奏団は、19世紀にヴィルトゥオーゾピアニスト兼作曲家によって書かれた、フォルテピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという、シューベルト『鱒』と同じ楽器編成による作品をレパートリーとしています。
ただ、『鱒』は少し特別な曲で、それぞれの楽器に対等な、平等な役割を与えて、それぞれがちゃんとこう、組み合うようなテキストの作りになっているんです。でも、我々が普段弾いているデュセック、フンメル、リジェル、リースといった作曲家たちの作品は、いわゆる伴奏つきソナタというものの歴史的な流れを辿った中で書かれたソナタなんです。
この、伴奏つきと呼ばれている部分がいかにうまく装飾され、演奏家同士の丁々発止的なところが効果的に書かれているか。そこは我々生きている演奏家でしか表現できない部分だと思っています」(小川さん) 

彼らのレパートリーにはモーツァルトやベートーヴェンのピアノ協奏曲の室内楽編曲版も多く入る。そこには、「室内楽的協奏曲」(小川さん)という美学への意識がみてとれる。実際に彼らの演奏を聴いてみると、コントラバスの入った室内楽はスケール感と深みにおいて、オーケストラに匹敵すると感じられるだろう。その秘密の一端は、コントラバスにある。

「コントラバスがあると上の音域の楽器の自由度も広がるんです。まずチェロがより独立した動きになってきますし、ピアノとコントラバスとチェロがしっかりと低音を演奏するときは、ヴァイオリンとヴィオラがもっと自由に弾けるようになって、バランスが取れる。よりダイナミックな方向に斬り込まれる」(角谷さん) 

CMG2021公演より 小川加恵(フォルテピアノ)の演奏
     角谷朋紀(コントラバス)

角谷さんは、コントラバスに張るガット弦にもとてもこだわっていて、既製品では満足できず、自分で作っているのだという。

「一般的なスチール弦と比べて、ガット弦ははっきりと発音できるんです。特にコントラバスの場合、発音のクリアさはアンサンブル全体にテンポ感を与えるのにすごく大事になってくる。ボヤッとした感じで響いているバスなのか、クリアな音でバスがくるかどうかって、結構大きいです。
現在販売されているガット弦というのは、必ずしも昔使われていたガット弦と同じというわけではありません。第一次世界大戦の影響で、それまで楽器のためにガット弦を製造していたメーカーが、手術の縫合する糸の方に生産ラインが切り替わったんです。その後も、音楽を作るためのガット弦ではなくて、縫合糸のためのガット弦という作り方に若干シフトしていったわけなんですね。それを音楽用のガット弦にしようと、なんとか自分で作れないかと思って、歴史的な文献を参考にしながらやっています」(角谷さん) 

今回の2つのプログラムでは、ショパンやベートーヴェンのみならず、彼らの得意とする19世紀前半の室内楽の多彩な曲目が盛り込まれている。その意図は?

「やはりコントラバスが入っていることによってシンフォニックな響きになり、さらに華やかな世界を楽しんで頂けると思うんです。デュセックもフンメルもリジェルもリースもそうですけど、ヴィルトゥオーゾのピアニストたちが書いているだけあって、どの曲もまるでショパンのコンチェルトみたいなスタイルで書かれていますから。19世紀前半までに書かれた知られざるピアノ五重奏の世界を少しでも多くご紹介したく、アラカルトで選んでいますけれども、違和感なく続いているような曲にも聴こえると思います」(小川さん) 

デンハーグピアノ五重奏団 
世界的にも珍しいフォルテピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの編成によるピアノ五重奏団。2009年ユトレヒト古楽祭でデビュー。第16回ファン・ワセナール国際コンクール(オランダ)第1位。バルセロナ、サント、アントワープ、ヨークなど、ヨーロッパの主要な古楽音楽祭に招聘されている。12年デビューCDをリリース。日本各地でも活動の幅を広げるほか、17年よりNHK-BSプレミアム「クラシック倶楽部」にてデンハーグピアノ五重奏団~古楽器で聴く19世紀の響き~が放送されている。
フォルテピアノ:小川加恵、ヴァイオリン:池田梨枝子、ヴァイオリン&ヴィオラ:秋葉美佳、ヴィオラ:中田美穂、チェロ:山本徹、コントラバス:角谷朋紀

「華麗なピアノに対して、シンプルな音符で弦楽器は伴奏するわけですけれど、ピアノの表情が変わったときに、弦楽器も一緒にどういう風に変わるか。そういうところをぜひ聴いていただければと思います」(角谷さん) 

こうした流れの中に現代の人気作曲家・藤倉大さんの新作『Past Beginnings』(ソロ・フォルテピアノのための)が入る。

「フォルテピアノという過去の遺産を再創造するとどういう表現になるか、ということで作られた曲なんです。ベートーヴェンでも使っていないような奏法ですとか(笑)、普段歴史的な奏法をもとに演奏している者としては、おっ、そういう奏法を使ってくるか、みたいな、十分に刺激的な曲になっていると思います。私もずっと20年以上フォルテピアノを弾いていますけど、新しいフォルテピアノの音色の魅力をこの曲から学ばせて頂いています」(小川さん) 

いま目の前にある新しい楽器から、未来を感じるという意味では、ベートーヴェンがかつて取り組んでいたことと響き合う曲になりそうだ。そして、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番のラハナー編曲による室内楽版、これはオーケストラ・ファンにとっても恰好の室内楽入門にもなる曲だ。

「オケ対ピアノではなく、奏者たちが一人ひとりになることによって、楽曲の構造がくっきりと浮かび上がって来ると思うんです。その丁々発止のところが…ピアノがこう来ているから弦楽器がこうきているんだ…といったテキストの会話のようなところが、すごくわかりやすい構造になって聴こえてくると思います」(小川さん) 

「オーケストラは人数がたくさんなだけに、どういう風にピアノと関わっているか、もしかしてわかりにくいこともあるかもしれない。それが1本ずつになることで、それぞれの弦楽器がピアノを活かすためにどういう風に動いているか。そういうところもすごく見えやすいんじゃないかと思います。室内楽で全員のエネルギーが一致したときの迫力は、オーケストラに勝るものさえあると感じています」(角谷さん) 

最後に、「デンハーグピアノ五重奏団」という名称に込めた思いについてうかがってみた。

「オランダにあるデンハーグ王立音楽院は、世界でも一番、古楽科の人数が多いところで、アンサンブルの経験というのをたくさん積ませてもらった場所なんです。室内楽のベース、我々が活動の指針としているものっていうのを、たくさん学ばせてもらいました。そこにはいろいろな国籍の人たちがいて…国とかメンバーが変わったとしても、そういった精神は残したいのです」(小川さん) 

「日本では、生徒の方から先生に質問したり、議論したり、ってなかなかできない部分があったりするかもしれないですけど、デンハーグ王立音楽院では先生と対等に、先生はこう思うけど、僕はこう思う、じゃあどうしようか、っていう、音楽が自発的になれる環境があると思っていて…。すごく大事なことだったと思っています」(角谷さん)

いまクラシック界を席巻しているピリオド楽器の潮流の一つはオランダから来ているが、その理由が少し納得できるような話である。自由に隔たりなく、場所や出自を超えて、アンサンブルしていくこと。それは今の室内楽の最も大切なテーマであろう。今年のチェンバーミュージック・ガーデンの台風の目といってもいい、デンハーグピアノ五重奏団のコンサートが楽しみである。

(左から) 林田直樹さん、小川加恵さん、角谷朋紀さん

使用楽器: A. シュヴァルトリンク(1835年製)

1835年にプラハで製作され、ピアノ作りの中心であったウィーンの伝統的な軽やかさと柔らかな東欧の薫りも感じられる。
この頃から新しい機構として今日のグランドピアノと同様に底板が張られないようになり、響きにいっそう拡がりが生まれた。
6オクターヴ半の音域を持ち、最低音から5鍵は鉄線の上に真鍮線を巻いて質量を大きくし、より強い張力で、重厚な低音を得ようとした。
鍵盤のナチュラルキーの表面には真珠層を持つ貝が張られ、シャープキーには金箔が下地に張られ、その上にべっ甲がかぶせられている。

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