サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2022
葵トリオ ピアノ三重奏の世界 ~7年プロジェクト第2回
葵トリオ (ピアノ三重奏) インタビュー
ピアノ・トリオの世界は、私たち音楽好きが漠然と思い描く以上に、多彩で深い。
今をときめく葵トリオは昨年暮れ、川瀬賢太郎指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で、イタリアの才人アルフレッド・カゼッラ(1883~1947)の三重協奏曲(1933)を弾き、大喝采を博した。作曲者を交えたトリオ・イタリアーノ(ピアノ・トリオ)と、エーリヒ・クライバー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団によって初演された秘曲だった。
創造の地平を拓く常設!のピアノ・トリオに快哉を。
葵トリオとサントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)が手を携え、2021年に始まった<葵トリオ ピアノ三重奏の世界~7年プロジェクト>の素敵な選曲を見よ。
初回はベートーヴェンのピアノ三重奏曲第1番 変ホ長調 作品1-1、サン゠サーンスのピアノ三重奏曲第1番 ヘ長調 作品18、ドヴォルジャークのピアノ三重奏曲第3番 ヘ短調 作品65に腕を揮った。
第2回の今年はベートーヴェンのピアノ三重奏曲第2番 ト長調 作品1-2、細川俊夫のトリオ、それにフランクの協奏的三重奏曲第1番 嬰ヘ短調 作品1-1を弾く。
●時空を超えた秘曲や名曲、現代の逸品に想いを寄せた<7年プロジェクト>
2027年のベートーヴェン没後200年に向けて、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲(作品番号をもつ7曲)を順次披露する<7年プロジェクト>は、時空を超えたピアノ三重奏曲の秘曲、名曲、現代の逸品に想いを寄せた、またとない企画でもあるのだ。
常設のピアノ・トリオとして日欧の晴れ舞台を行き来するようになったピアノの秋元孝介さん、ヴァイオリンの小川響子さん、チェロの伊東裕さんも、
「2027年は間違いなく『大公』になると思いますが、ゲストコンポーザー(笑い)も素晴らしいでしょう」と喜びを隠さない。
サントリーホール室内楽アカデミー第3期フェロー(受講生)として出逢い、2016年からトリオとしての活動を始めた葵トリオは2018年、第67回ミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で第1位に輝く──そんなプロフィールはもはや不要だろう。
葵トリオはレパートリーという名の翼を広げ、さらなる高みへと羽ばたく。
「ベートーヴェンのピアノ・トリオを1曲ずつ演奏するのが7年プロジェクトの柱ですが、トリオのレパートリーはこんなにも広いんだよ、というメッセージも込めました。私たちと一緒に旅をしませんか」(秋元)。
●生誕200年のセザール・フランク「協奏的三重奏曲第1番」
2022年のメインのひとつ。フランク若き日の肖像とも言うべき協奏的三重奏曲第1番 嬰ヘ短調 作品1-1を話題にする前に、今年生誕200年のセザール・フランクの歩みを駆け足でご紹介しておく。
1822年ベルギー東部の古都リエージュ出身のフランクは、父親の希望もあり、少年時代からピアニストとして活動。父は「リストのようなピアニストになって欲しい」と願っていたようである。
その後フランクはオルガニストとしてパリのサント・クロチルド大聖堂で弾き、パリ音楽院オルガン科の教授、国民音楽協会の主要メンバーとなるも、作曲家としてはなかなか認められず大器晩成だった──とは、よく知られたフランク・ストーリーだ。
葵トリオが奏でるのは、1843年に出版された協奏的三重奏曲第1番である。
ベルギー国王レオポルト1世への献辞をもつこのピアノ・トリオ、ほの暗い情念を感じさせる冒頭から私たちを捉えて離さない。ピアノによるモノローグ。旋律ならぬ、くっきりとした動機の呈示と繰り返し。一度聴いたら、しばらく耳にこだましそうだ。この動機は曲の根幹を成す。フランクならではの循環形式の萌芽も見て取れる。
「生誕200年を意識した選曲ですが、これがフランクだ、という個性が、完全ではないにせよ、感じられますね。ピアノのパートは、まさにピアノ、オルガンを弾いていた人の発想です。構築的。オクターヴによる劇的な響き、動きが重要ですが、リストのオクターヴとは似ているようで全然違います。
フランクは大器晩成と言われますが、このトリオを書いているときは若く、野心もあるような気がします。何とかしたい、しなければ、という気持ちがビシバシ伝わってきます」(秋元)。
「ヴァイオリニストにとって、フランクと言えば、お客様もそうでしょうけれど、あのヴァイオリン・ソナタ。幸せな曲ですよね。
もちろん循環形式の扱いだけでも難しいソナタですが、フランクの神秘的なハーモニーや流麗な感じが好きでした。それが…。
初めてピアノ五重奏曲 ヘ短調 を弾いた時です。フランクって、むっちゃ(笑い)重厚じゃない?と感じました。内向きのエネルギーが蓄積された感じに圧倒されました。ドイツ的で、きらびやかじゃない世界がありました」(小川)。
*筆者注:フランクのピアノ五重奏曲は1880年、国民音楽協会の公演で、サン゠サーンス!のピアノとマルシック弦楽四重奏団によって初演された。
「具体的には音の重心が低い、下にある感覚です。でも旋律は高い音も使って美しい。細かい動きもあります。
今度のトリオも、ピアノ五重奏曲とは目指している方向が違いますが、むっちゃ(笑い)構築的です。何かを訴えたいのでしょう。そのエネルギー、気迫に圧倒されます。すごい曲です」(小川)。
「昨年(2021年)サン゠サーンスのトリオを弾いて、今年はフランク。トリオのチェリストとして、この流れはうれしいし、とてもやりがいがあります。
サン゠サーンスもフランクも、どこかでベートーヴェンを意識していますよね。その意識の仕方はもちろん同じじゃないけれど、目標みたいなところにベートーヴェンがいる。
トリオでのフランク、若い時の曲なのに筋が通っています(笑い)。重厚ですよ。フレーズの大胆な転換や、嬰ヘ短調から嬰ヘ長調に変わるところなど、何と言うか揺るぎない(秋元、小川、うんうんとうなずく)。
7年プロジェクトではベートーヴェンのトリオを毎年弾くわけですが、フランクが入ることで、ベートーヴェンにもフランクにも発見があると思っています。新しい景色が見たいですね。
トリオの世界はほんとうに広いんです。まだまだ知らない曲があります。昨年ドヴォルジャークのピアノ三重奏曲第3番 ヘ短調 作品65を弾いた時に感じました。深いなと。第4番 ホ短調 作品90『ドゥムキー』は弾いたことがありましたが、同じ作曲家の短調でも味が違うのです。
有名じゃない曲にもいい曲がありますよね。これからもソリスティックで室内楽的な良さもある意外な名曲を、三人の練った演奏でご紹介したいですね」(伊東)。
●細川俊夫「トリオ」
細川俊夫(1955~)が、スペインのBBVA財団とトリオ・アルボスの委嘱で作曲したヴァイオリン、チェロ、ピアノのためのトリオ(楽譜タイトル)も、公演の主役を演じる。冒頭のppppから細川俊夫ならではの幽玄な世界が舞う。時に烈しく、時に優しく。
「細川さんの曲は、前にイサン・ユンの追憶に、と題された『メモリー』(1996)をケルンで演奏しています。ラジオの放送もありました。
細川さんの曲は、ひとつかふたつの音で、細川さん、と分かる曲が多いですが、『トリオ』は感情の幅があり、彼の室内楽としては規模が大きいと言えます。三者の役割分担が興味深いというよりも、トリオとしての一体感が生まれる、トリオの面白さを追求出来る『トリオ』かな。葵トリオ向きですね(笑い)。
サントリーホールのブルーローズ(小ホール)でぜひ体感、ええ、聴くというよりも感じていただきたいのですが、精妙に、かつシンプルに書かれたトレモロにも『もや』がかかったかのような美しさがあります。粒が揃った美しさではなく、霧のよう」(秋元)。
「僕は何度か、細川さんが音楽監督をなさっている武生国際音楽祭に参加しています。細川さんの曲を聴いたり、打ち上げでお話をしたり、美味しいお鮨をごちそうになったり、楽しい思い出がたくさんあります(笑い)。
細川さんの曲では、フラジョレット(倍音の効果を利用して、高く澄んだ音を奏でるハーモニクス)が素晴らしいのですが、弦楽器が笙や尺八のような音に聴こえる時があります。静寂、小さな音の波、あの空気感はほんとうに独特。東洋的、日本的なものを感じますが、それ以上に弾いていて不思議な感覚を覚えますね」(伊東)。
「微分音も美しいです。西洋の音階にとらわれない和声感、不思議な時間の軸があります。空間の美を大切にする方です。
烈しく動かない曲ですが、筋力は使います。体幹も大事」(小川)。
ここで葵トリオとサントリーホール チェンバーミュージック・ガーデンのファンに喜ばしいお知らせを速報でお伝えする。
「細川俊夫さんに新作を委嘱しました。7年プロジェクトの最後、2027年に演奏する曲です。細川さんは『そんな先まで僕、元気で書いているかな』と冗談をおっしゃっていましたが、細川さんの新作世界初演と没後200年を迎えるベートーヴェンの『大公』まで、葵トリオの<7年プロジェクト>にいらしてください」(3人)。
2022年6月8日、ブルーローズで葵トリオ、ベートーヴェン、細川俊夫、フランクの円環に抱かれたいものである。開演が待ち遠しい。